第22話
激しい炎の攻撃を何とか避け、ティグは軽く舌打ちをしました。目の前にいるのは、小さな炎の鳥――ティグ達に倒された事で生まれ変わった、サウヴァードです。まだ若く小さい為に攻撃力はさほど高くはありませんが、それでも触れればただでは済まないであろう炎をぶつけてきます。
ちらりと横を見れば、フィルは小さなノスタートゥルに苦戦を強いられているようです。肩の傷が気になるのでしょうか? いつもよりも少々動きが鈍いように思えます。そんな中でノスタートゥルは何処からともなく水を呼び出してはフィルに浴びせかけます。自らとヘイグに近寄らせる隙を与えません。
そこで鳥のけたたましい鳴き声が聞こえ、ティグはハッと我に返りました。炎を纏って突進してくるサウヴァードを辛うじて避けます。
避けてばかりではどうにもならないと、サウヴァードに向かって剣を振るってみますが、やはり魔獣の身体は硬く、中々傷を負わせる事ができません。しかし、今手元にあるパルの薬は回復薬だけです。剣を強化する事はできません。また、できたとしてもサウヴァードは倒れたすぐそばから蘇ってしまう魔獣です。倒して蘇って、倒して蘇って……を繰り返していては、キリがありません。
ティグは、苛立ちや焦りを抑えきれないまま、がむしゃらに剣を振りました。ですが、やはりサウヴァードは倒せません。もしこのままイストドラゴンやウェスティガーまで出てきたら……と思うと、ますます焦る気持が強くなります。
そう言えば、何故イストドラゴンとウェスティガーは出てこないのだろう、とティグはサウヴァードの攻撃を避けながら考えました。サウヴァードとノスタートゥルが蘇っているのなら、あの二体も蘇っている筈です。ただ単に、呼びだす必要が無いだけなのでしょうか? 傷を癒したり身体を鉄のように硬くするだけならば魔獣達をわざわざ呼び出す必要はありませんので、二体がこの場にいない事に納得はできます。
ですが、ティグは腑に落ちません。ヘイグならきっと、蘇った魔獣の力全てを見せつけて、ティグ達を絶望の淵に落とそうとする筈です。その為には、以前ティグにしてみせたようにまずは自らを攻撃させ、回復能力と鉄の身体を見せつけてからサウヴァードとノスタートゥルを呼び出す方が自然であるような気がします。
「ひょっとして……イストドラゴンとウェスティガーは蘇っていない……のか?」
確信が無いまま、呟きました。その声が聞こえたのか、聞こえなかったのか……ヘイグが一瞬、ぴくりと表情を歪めたような気がします。これはひょっとすると、本当にイストドラゴンとウェスティガーは蘇っていないのかもしれません。
「けど、だとしたらどうして……」
何故イストドラゴンとウェスティガーは蘇らなかったのでしょう? ティグは、サウヴァードをかわしながらも考えました。二体が蘇らなかった理由がわかれば、サウヴァードとノスタートゥルを倒す方法が見つかるかもしれません。
「何か、あの二体の共通点は? イストドラゴンは東の河にいて、ウェスティガーは西の道にいた……。違うな、そんな理由で蘇れなくなるとは考えにくいし……」
ブツブツと呟きながら、考えます。そして、必死に二体の共通点を探し始めました。
「イストドラゴンは木を操っていて、ウェスティガーは風と金属を味方につけていて……これも違うな。大体、イストドラゴンなんか木の力でヘイグを回復させる事までできるじゃないか。回復能力を持っているのに、何で蘇らないんだ……?」
呟き続ける間にも、サウヴァードは執拗に攻撃を繰り出してきます。熱い炎に辟易しながら、ティグは剣を振るって応戦しました。
「パルがいれば、前と同じ方法で倒せるかもしれないのに……」
ティグは、歯がみをして悔しそうに言いました。パルがいれば、また大量の水を出してサウヴァードの目をくらまし、隙をついて倒す事ができるかもしれません。倒してもすぐに蘇ってしまうサウヴァードの前ではその場しのぎにしかならないかもしれませんが、それでも今の防戦一方の状況よりはマシである筈です。
そこまで考えて、ティグは何かが自分の中で引っ掛かった事に気付きました。今、自分は何と言ったのでしょう? 同じ方法……方法と言いました。
「魔獣四体の倒し方は、どうだった……?」
それが重要である気がして、ティグは記憶を辿りました。
イストドラゴンは、フィルがほぼ一人で倒したようなものです。イストドラゴンに操られる木を飛び渡り、セフィルタでイストドラゴンの喉を一突きにしました。
次のノスタートゥルの時は、ティグがとどめを刺した筈です。フィルがセフィルタで足場を整え、パルの薬で強化した剣で甲羅をかち割った覚えがあります。
ウェスティガーは、パルと二人で倒しました。二人がかりでセフィルタを扱う事ができたのに驚いたので、よく覚えています。
そして、サウヴァード。この時はノスタートゥルの時と同じく、パルの薬で強化された剣でその首を斬り落としました。
そこで、ティグは気付きました。蘇っていない魔獣は二体とも、セフィルタでトドメを刺しています。
「セフィルタは……闇をも切り裂く聖剣……。その剣で斬られれば、魔獣と言えども蘇れない……?」
一言一言、言い含めるように呟きました。それが正解であるとは限りません。ですが、考える限りそれが最も有り得る事だとティグは思いました。
そこで、ティグはフィルを見ました。自分の推測が正しいかどうかはともかく、セフィルタで魔獣を倒す為にはフィルの力が必要です。何しろ、セフィルタを一人で振るう事ができるのはフィルだけなのですから。
「フィルさん!」
ティグの声にフィルが一瞬だけ振り向きました。声が聞こえている事を確認したティグは、そのまま自分の考えを伝えます。
「フィルさん、多分ですけど……魔獣はセフィルタで倒せば二度と蘇らなくなります!」
「……そういう事か」
フィルが、苦々しげに呟きました。わかったところで、今はノスタートゥルの攻撃をかわすのが精一杯のフィルにはどうする事もできません。せめて二人がかりであれば、何とかなるかもしれないのにと考えると、ティグも悔しい気持ちで一杯になります。
そこでティグは、迫りくるサウヴァードの目を狙い、剣で斬りつけました。目をやられたサウヴァードはひるみ、少しの間ティグから気を逸らしました。
その間にティグはフィルに駆け寄り、ノスタートゥルを背後から攻撃します。思わぬ後ろからの攻撃に、ノスタートゥルが驚いて振り向きました。その隙に、フィルがセフィルタでノスタートゥルに斬りかかります。
セフィルタで斬られたノスタートゥルは、アッサリと倒れ伏し、そのまま霧散しました。そのままノスタートゥルの気配は消え失せ、蘇る様子はありません。
「やっ……た?」
ティグは、肩で息をしながらも、ホッとした表情を浮かべました。その時です。
「気を抜くな! 伏せろ、ティグニール!」
「……え?」
緊迫した、フィルの声が聞こえました。しかし、ノスタートゥルを倒した事で安心していたティグは、一瞬反応が遅れてしまいました。
次の瞬間、ティグは腹部に激しい衝撃を感じました。続いて、鈍い痛みが襲ってきます。
腹部を見れば、そこはサウヴァードの炎を纏った嘴で貫かれ、真っ赤な血で染まっています。
「敵を一体倒しただけで油断するとは……。まだまだ青いな、若き騎士」
ヘイグの声が、遠くで聞こえます。
「……はっ……!」
痛みのあまり、ティグは大きく息を吐き出しました。それと同時に力が抜け、身体が床に崩れ落ちます。
「ティグニール!」
霞む視界の中で、ティグはフィルがサウヴァードをセフィルタで斬り落としたのを見ました。そして、フィルがそのまま駆け寄ってくるのを見ると、か細い声で言いました。
「すみません、フィルさん……。僕、油断しちゃって……」
「喋るな、ティグニール! まだ君に死なれては困る!」
フィルの叱咤する声が聞こえます。ですが、ティグの目は力を失い、もはや開いておく事すらできません。
薄れゆく意識の中で、ティグは呟きました。
「ごめん、パル……。死んだら駄目だって、言われてたのに……」
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