第6話
黒い雲で空が隠されています。昼だというのに辺り一面が暗く、夏だというのに空気がひんやりと冷えています。
何か冷たく重い物がズシリと胃の中に落ちてきたような錯覚に陥りながら、ティグは眼前に聳える巨大な宮殿を見上げました。マジュ魔国の中央に位置する王の居城は、「何人たりとも侵入するべからず」とでも言うように固く門を閉ざしています。
「着いたは良いけど……どうするかな?」
ティグは、誰に言うでもなく呟きました。すると、律儀に背後から答が返ってきます。
「決まっとるがね。まずは人目に付かない場所に移動しやー」
「パル!?」
聞き覚えのある声の聞き覚えのある訛りに、思わずティグは大声を発しながら振り向きました。すると、パルはティグを睨みつつ、更にティグの脛を蹴りながら言います。
「ちょっと! 大声を出したらあかんがね!」
パルの物理攻撃は、地味に痛いようです。ティグは思わず脛に手を遣りながら、物陰に隠れました。
辺りをきょろきょろと見渡しながら、パルはひそひそと言いました。その眼は、いつになく緊張しているように見えます。
「わかっとろーが、ここはもう敵陣の真っただ中だがね。しかも、相手は魔術師ヘイグ。ちょっとでも油断すれば、命取りどころか魂まで消し飛ぶと思っときゃー」
その言葉に、ティグはごくりと唾を飲み込みました。嫌な汗が首筋を伝っていきます。同じような表情で、パルは言葉を続けました。
「そんな訳だから、気を付けやー。自分は宮殿内に逃走用の抜け道を掘っとくがね」
「え。パルは来ないの?」
てっきり一緒に来るものだと思っていたティグが、眼をぱちくりさせながら問いました。すると、パルはティグの額をぺちんと叩きながら言います。
「たわけ。ヘイグを倒すって言い出したのはティグ兄ちゃんだがね。自分は、フィル爺ちゃんと同じようにまだ早いと思っとる。急いだのはティグ兄ちゃんだけだがね。一人でやりゃー」
冷たく言い話すような言葉に、ティグはぐっ、と言葉を詰まらせました。それに追い打ちをかけるように、パルが言います。
「それに、抜け道を作るのは大事な仕事だがね。いざって時に、自分らしか知らん逃げ道があると安心だがや」
そう言って、パルはどこからともなく杖を取り出しました。杖を一振りすると、突然二人から少し離れた場所にぽっかりと穴が開きました。
「これ……僕を逃がしてくれた時の……」
ティグが呟くと、パルは胸を張りました。そして、自慢げに言いました。
「そう! 時間をかけてこつこつとこの場所にも掘っとったんだがね。今はまだ宮殿内まで貫通しとらんけど、完成すれば自由にこの宮殿内に出入りできるようになる、しかも自分にしか開閉ができない魔法の通路だがね」
言いながら、パルは穴の中にするりと入り込みます。そして、穴の中からティグを見上げて言いました。
「じゃ、しっかりやりゃーよ、ティグ兄ちゃん。お姫さんの幸せがかかっとるんだから、気張らなかんよ」
「わかってるよ。パルこそ、見付からないように気を付けるんだよ」
ため息をつきながら言葉を返し、ティグは穴に背を向けました。その姿を穴の中から見送りながら、パルはぽつりと呟きました。
「一度、現実って奴を見てきやー。そうすれば、きっとわかるに。ヘイグに戦いを挑むのはまだ早いのも、ヘイグの強さも……」
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