第27話

「宮間くん、こんにちは」


「こ、こんにちは……」

 彼女達に挨拶されると、僕はさっきまでの気分が吹き飛んでしまい、いつものように怖ず怖ずと挨拶を返した。


「宮間くん、もしかしてデート中~?」


「あ、いや……その……」

 そう聞かれて、僕が上手く答えられないでいると、


「あんた何言ってんの? そんな訳ないじゃんー。

だってその娘、本当は宮間くんの彼女なんかじゃないでしょ?」

と、もう一人の女子が答えた。


「え? どういうこと? だって、一緒に登校してるし、学校でもあんなにベタベタしてるのに」


「だぁーからぁ、そんなの宮間くんが我慢してるに決まってるって。

 宮間くんは、優しくて断れない人なんだから。それに、その娘さあ……」


「その娘が何? 写真部の娘なんでしょ?」


「あたし、その娘知ってんのよ。同じ中学だったから」


 何か、二人の話が不穏な流れになってきているような気がして、僕はチラッと横にいる遥さんの顔を見た。

 

 でも、彼女の表情に大きな変化はなく、そこから特別な感情は読み取れない。

 強いて言えば、敢えて感情を表に出さないようにしているようにも見えるけど……。


「その娘、中学の時に彼氏がいてさ。またその彼がイケメンだったのよ。

 どこか線が細くて、宮間くんに少し似てるような感じの」


「へえ、うらやましい~」


「でもある時、二人がめっちゃ喧嘩して言い争ってるのを見た人がいて、その頃から、彼が学校来なくなっちゃってさ。

で、しばらくしたら、その彼が、学校来ないままで転校することになっちゃったのよ」


「え?? それって……」


「そう。だから皆、彼が転校したのは、その娘のせいだって噂になったの。だって、そうじゃない?

学校来ないのも変だし、しかもそのまま転校するなんて、尋常じゃないでしょ?

きっとその娘が何かやったんだよ。自分が振られた腹いせにさ」


「うそー、ホントに?? ちょっと怖いよ……」


「だから、宮間くんも危ないって思うわよ。どう考えても変じゃない。大人しい性格の宮間くんが、

こんな自己中な感じの不思議ちゃんと付き合うとかさ」


 二人の話を聞いていて、僕はどう考えて良いのか迷った。

 もし、これが本当のことだとしたら、これは大変なことかもしれない。

 事実、僕も写真を撮られ、それを盾にこうやって半ば強制的に彼氏のフリをしているのだから。


 とは言え……同時に、だけど――とも思う。

 確かに最初は余りにも酷くて、何でこんなことをするのかと思ったけれど、彼女と接している内に、

僕はなんだか――この娘は思った程悪い娘じゃないような気もしていたからだ。

 彼女のやっていることは結局、学校でベタベタしたり一緒にデートをしたりという他愛のないことばかりで、

今日のデートもお金がないからという理由で、定期券を使った通学路コースだったりするのだ。


 もし写真を盾にゆするなら、例えばお金をむしり取るとか物を盗ませるとか、

もっと酷いことはいくらでも出来そうな気がするのに……。

 

 そもそも、僕に彼氏のフリをさせているということも、どこか微妙だ。

 彼女は僕が隆を好きなことを知っている訳で、それを治療するとか言っているけれど、

そこに関しては強制的に何をするでもなく、単純に一緒にお弁当を食べたりすることを楽しんでいるだけなのだから。


「ねえ。ところで、あんたさあ。さっきから何黙ってんの?

 自分のこと言われてんだよ? あんた、宮間くんに元彼と同じ事しようとしてんじゃないの? なんとか言いなさいよ!」


 僕がそんな考え事をした矢先、女子生徒の一人が遥さんのことを指さして怒り始めた。すると、


「要するにぃ、アナタ達って妬んでるだけなんですよねぇ? 自分がモテないからって僻んでるんでしょぉ?」

と、遥さんが不敵に答えた。


「な、なんですって? じ、冗談じゃないわよ! あんた本気で言ってんの??

中学の時のこと警察に言ったっていいんだからね!

あたしの友達のお父さんに警察官だっているんだから!」


「言いたいなら言ってもいいですよぉ? まぁ、被害届の出されていない事件性も証拠もないものなんて、

警察が調べてくれる訳ないですけどねぇ~」


「あ、あんた……調子に乗ってんじゃないわよ! 何いい気になってんのよ!

大体何よ、その赤い眼鏡! 全然洋服に似合ってないじゃない! 外しなさいよ!!」


 そう言うと女子生徒は、遥さんの眼鏡に勢い良く手を掛けて強引にむしり取った。その瞬間、


「……あっ?! か、返して……!!」

 遥さんのそれまでの余裕が一変して、焦燥に駆られた必死の形相へと変わった。


「何? こんなに安っぽい眼鏡がそんなに大切なの? ありえないんだけど?」

 その反面、女子生徒は打って変わって楽しそうに、眼鏡の端を持ちながらクルクルと回し始めた。

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