第24話
「何があったんだろうな……」
「一気に転校するなんて……」
「絶対何か裏があるぜ?」
その日の学校は、突然の先生の転勤、生徒の転校の話題で持ちきりだった。何があって突然一気にこの学校から消え去ったのか、何か悪いことでもやったのではないか。先生に尋ねた生徒もいたけれど、先生側も突然のことだったらしく、誰もその信実を知るものは居なかった。
当然、私のクラスメイトに詳細を聞こうとする生徒も多かったらしい。当然だろう、今回の騒動の中心にある生徒も生徒も、全員このクラスに関わった人たちばかりだったのだから。でも、私たちも何も知らず、あまりにも突然のことだった、と返す他無かった。
でも、クラスの中ではある程度その真相を察している人たちが何人かいた。
「ほら、あの4人って結構あちこち遊び歩いてたじゃん?」
「それで、その時に何か悪いことをして、それに巻き込まれて……」
「そういえば、不審者も突然消えたよねー」
「でも実際に誰も見てないんやろ?」
「結局は分からない、って事か」
「うーん……」
代理を任されていた先生がそのまま新しい私たちのクラスの先生になり、女子生徒の机もいつの間にか教室の中から消え去り、廊下の近くに積まれていたのを見て、改めて私たちはあの面々がもうこの学校に居ないということを実感した。とは言え、私を含めたクラス全員がいくら噂をしても、この事態の真相を知る人は誰一人としていなかった。今週になってずっと休みになった挙句、突然学校から消え去ったのだから。
ただ、クラスの皆の話を聞いている中で、皆は全然その事について悲しむ様子は無く、むしろ清々した、ざまあみろ、と言う感情のほうが大きいということが分かってきた。あの女子生徒のいじめの対象は、私だけではなかったのだ。
あの日までの私は、女子生徒から『ブタ子』といわれ続け、何かにつけて苛めを受け続ける自分自身を必死に守り、耐えることで精一杯だった。自分の周りで何が起こっていたのかなど、心を配る余裕すらなかった。だから私は、あの女子生徒がクラスの皆から色々と白い目で見られ始めた経緯を知らなかったのだが、私以外にもやはり女子生徒の被害に遭っていた人は何人かいたらしい。少々内気だったり、テストの得点が良かったり、様々な形で目立ち、女子生徒たちが気に食わないことをしていた生徒は、私と同じように色々と酷い目にあわされていたらしい。
そのターゲットはよく変わり、相手が無視を決め込んだり先生にチクろうと察知するや否や、別の誰かを自分たちのからかいの対象にしていたという。そして、最終的に私一人だけに焦点を絞った、と言う流れだったらしい。
「しかし、良かったなお前」
突然声をかけられ、一瞬慌ててしまった私だけれど、クラスメイトは別に責めるためではなく、同情の言葉を伝えるために私を呼び止めたようだ。今まで大変だっただろう、助けてあげられなくて申し訳ない。クラスメイトはそう言って、緊張していた私を慰めてくれた。
悪い見方をしてしまえば、今までずっと苛めを無視し続けてきた言い訳にもなってしまうかもしれない。でも、それは私も同じ事だった。自分の事ばかりを考え、他の人に気を配ることが出来なかったのだ――。
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「……はぁ……」
――どこか吹っ切れたような感じがするとイケメンさんに言われ、そこに至るまでの経緯を思い出してしまった私は、つい大きなため息をついてしまった。こんなことを考えてしまった自分に後悔するかのように。
「なんだ、どうしたんだ?」
変な事を聞いてしまったのか、とイケメンさんは心配そうな声を私にかけてくれた。と言うより、かけさせてしまったのかもしれない。長く苦しい苛めから逃れられたのに、私はついその張本人である女子生徒や先生のことを心配してしまったのだ。一体何故いなくなってしまったのか、その後の生活は大丈夫なのだろうか。せっかく話が良い方向に盛り上がっていたのに、また私のせいで二人の会話は止まってしまった。
すると、イケメンさんは優しく私の頭に掌を乗せた。いつも私が落ち込んだり悲しい気持ちになるとイケメンさんはこうやって私を励ましてくれる。彼の手から伝わる温かみが、冷え込んで凍り始める私の心をいつも溶かしてくれるのだ。
「あんまり、昔の事は考えないほうがいいぜ?」
「え……?で、でも……」
「嫌なことをずるずる引きずっても、解決なんてしないだろ?」
過去に起きてしまった事は、タイムマシンでも出来ない限りはやり直せないし、まずそんなものは存在しない。だから、悪い事は忘れて、新しい未来に取り組めばよいのではないか、そうイケメンさんは私に言った。
その時は、あまりにも残酷すぎるんじゃないか、と考えてしまった私だけれど、今振り返ると、結局はそうやって乗り越えていくのが最善の方法であり、過去を越えるただ一つのやり方なのかもしれない。失敗にクヨクヨするよりも、後の成功を考えた方が、物事は上手くいくものだから。それに、今回の場合、はっきり言ってしまうと私よりも、ずっと苛め続けていた相手のほうに非がある。やはり残酷かもしれないけれど、相手のことを『忘れて』しまう、それが解決方法なのかもしれない。
「……ま、よく分からないけど、せっかく元気になったんだ。もっと楽しまなきゃ損だぜ?」
「……そうですね……そう、ですよね!」
でも、色々と考えなくても、私にとってイケメンさんの言葉は本当に頼りになるもの、絶対的なものだった。頭を撫でられながら優しい言葉を投げかけられては、私は反論することが出来なかった事もそれが原因だろう。でも、悪いことだとは思わなかった。格好良くて綺麗で、そして優しくて、そんなイケメンさんのことが、私はとても大好きだったから。
もう私は『ブタ子』じゃない。学校に通う、一人の女子学生だ。
そんな感じで、今日もたっぷりとイケメンさんと色々な話を弾ませ、助言まで貰ってしまった。そろそろ家に帰る時間じゃないのか、とイケメンさんに言われて時計を見たとき、私の頭に別のことが浮かんできた。
一応、私の本名は以前にイケメンさんに伝えた事がある。その時は、とても良い名前だと褒められ、学校でずっと『ブタ子』とばかり呼ばれていた私の心が癒されたような気がした。でも、逆に私のほうは、イケメンさんがどういう名前なのか、未だに分かっていなかったのだ。それどころか、携帯電話の番号もメールアドレスも、私には一切伝えていなかった。名前も知らず、連絡手段も無い美形の青年と、私は長いことずっと付き合ってきた、と言う事になる。
今まではイケメンさんと一緒にいる時間の楽しさで、そんな疑問は頭からすっかり抜けていたけれど、いざこうやって気になるとなかなか頭から抜けない。以前もイケメンさんの本名を知るために質問をしたけれど、その時は後で説明する、と有耶無耶にされてしまった。もしかしたら事務の先生かもしれない、と考えた事もあったけれど、先生本人の口からそれは否定されてしまった。今度こそイケメンさんの連絡先や名前を知り、もっと仲良くしたい、と言う私の知識欲は湧き続け、そしてとうとう私はそれを口に出し、直接尋ねようとした。
ところが、その時だった。
「すいませーん!」
私とイケメンさんの間に割って入るかのように、図書館の職員の人がやって来てしまった。イケメンさんが図書館で重要物の忘れ物をしてしまい、それが本人のものかどうか確認をして欲しい、と伝えに訪れたのだという。
「あ、すいません……悪い、ちょっと行ってくる。また今度会おうぜ」
「あ、わ、わかりました……また今度……」
私があっけにとられている間に、イケメンさんは職員さんに連れられて図書館のほうに向かってしまった。
「……あーあ……」
まさか図書館の人からイケメンさんの情報を聞きだすわけにもいかないし、それは個人情報を勝手に知る犯罪行為にもなってしまうかもしれない。結局、今回もまたイケメンさんの名前や連絡先を知ることは出来なかった。
でも、一度湧いた願望は、そのまま私の中で渦巻き続けた。イケメンさんを名前で呼びたい、メールで楽しい話をしたい、いつかその夢が叶うように、私はそっと祈った。
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