Scene10「其々の戦場」


―――イヅモ特区鳳市地下闘技場。


 レディースエーンジェントルメーン!!!


 本日、今日、これから、大会屈指の好カードが始まります!!!


 ご来場の皆々様!!


 もうご存知ですね?


 そう!!


 青コーナー!!!


 常識を超える型破りな能力を見せた小さき逸材!!!


 そのドラゴンロットが吼える時ッ!!


 相手が見るのは残像か敗北か!!


 大いなる“ヤワラ”の伝道者!!!


 鋼ッ、鉄ッ、武ッ、侠ょおおおおおおおおおおおおおッ!!!!


 見参ッッッ!!!!


 カッと左の入場口から入ってきた機体が腕を突き上げると会場内の熱気が一気にヒートアップしていく。


 無論、観客席にいるのは殆ど全てが新型のヘッドマウンドディスプレイで違法な裏クラッシャーバトルを見ている者達だ。


 だが、それにしても会場の音響装置が再現する観客の声は凄まじい。


 彼らの目の前にいるのはこの一週間で幾多の海千山千の兵達を尽く下した小さき武人。


 まだ歳も十代前半だと言うのにまるで古強者の如く全ての壁を打ち砕いた少女なのだ。


 無理も無いだろう。


 通常、この手の裏クラッシャーバトルにおいて操縦者の情報は隠される事の方が多い。


 例外は操縦者のパトロンが操縦者そのものをアイドルのように売り出す場合だけだ。


 表のリーグではよく美男美女の操縦者が背後の企業から打診されて本当にその手の仕事をする場合もある。


 昨今では多人数戦のリーグで本業や芸能人顔負けに歌って踊れてガーディアンにも乗れるリンケージがグループでデビューする事も普通だ。


 正に今は“リンケージ・アイドル”戦国期。


 裏クラッシャーバトルの殆どがむさ苦しいオッサンやゴツイ傭兵の活躍によって成り立っている現実を考えれば、観客達は一種の伝説を見ているに等しいのである。


 このまま勝ち続けるにしろ、負けるにしろ、負傷するにしろ、死ぬにしろ、何がともあれ、相手はまだまだピチピチの可愛い盛りなお嬢さんなのだ。


 そんな少女が鋼鉄武侠とかぶち上げれば、熱狂くらいするだろう。


 二つの意味で不健全極まりない少女に熱を上げる会場の様相に溜息を吐いたのはアーリ・ベルツマン。


 鋭い顔に中年太りの腹を揺らした戦争の犬。


 いや、傭兵団の元団長だった。


 子供が戦場にいるのは彼ら傭兵にしてみれば、よく目にした光景だ。


 実際、その手の子供兵から成り上がった傭兵達も数多く彼は見てきた。


 子供の頃から人を殺す機械か、人と共に自爆する機械にされる第三世界の子供は決して少ないとは言えない。


 村から村を襲う反政府ゲリラや宗教の過激派、他にも軍事独裁国家の軍人崩れ、諸々が自爆用や兵隊の人員に子供を使うなんてのは珍しい話でもない。


 適性があれば、そのグループの色に染める為に様々な訓練や薬物で“飼う”し、適性が無ければ弾除けか性の捌け口にされるというのも毎度の話だ。


 それらの半分程の屑は国際社会という名の暴力によって壊滅させられるか半壊させられて、現地の同じような連中の餌食になる。


 もう半分の屑は生き永らえて今までのように振舞うか、または単に身分や顔を捨てて別人に成りすまして悠々自適ライフというのが相場だ。


 戦場で命のリスクヘッジを行う連中は多い。


 が、金を積んだからと言って唐突に空爆に巻き込まれたりして死ぬ輩もあるので、最後の最後にモノを言うのは資金力+情報収集能力と運を持ったやつに限る。


 テロやアビスの脅威に脅かされているとはいえ、それでも十二分に平和なイヅモという土地で何故ワザワザ裏クラッシャーバトルへ参加する意味があるのか。


 鋼鉄武侠と名乗る少女がアーリにはまるで分からなかった。


 飲める水が“ただ”で平和な時間が“ただ”で治安はテロやガーディアン犯罪を除けば、犯罪率は他国と比較しても極端に低い。


 その上、ALの一大産出地域で本当の明日の食事どころか数日に一回食事に有り付けるかどうかという貧困とはまるで無縁だ。


 自然環境は奈落の影響があるので何処もそう変わらないが、海に囲まれた地域という特性も相まって未だに動物や植物に恵まれている。


 もしかしたら借金を返す為とか。


 誰かに脅されて無理強いされているのかもしれないとも思ったが、アーリが見る限り、鋼鉄武侠少女は自分の意思で戦っている。


 それは人間の動きがダイレクトに反映されるクラッシャー級を見れば一目瞭然の事だ。


 だから、彼は自分が赤コーナーで呼ばれても、観客達が絶叫しても、何処か虚しさで一杯だった。


 彼のような戦場の屑がこんな裏クラッシャーバトルの会場で誰にも何とも思われずに死ぬなら、それは正しく天命であって、運命であって、相応の報いであって、同時に自業自得なのである。


 が、まだ前途の有りそうな小さな少女がガーディアンで非合法バトルに手を出した挙句に死んだり、障害を負ったり、人生に傷を持ち続ける事になるとしたら悲劇だ。


 だから、彼は久方振りにちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、ありもしない良心というやつを思い出して、下らない人生の下らない男の下らない技術と智識と資産とコネクションを総動員したりもする。


 ガコンッ。


 アーリのグレイハウンドのハッチが開き。


 彼は鋼鉄武侠と同じく姿を晒した。


 持ち込んだ拡声器の音量を目一杯に上げて、道化師気分で漢は叫ぶ。


『これからオレはオレの全財産をオレの勝ちに賭ける。締めて8938338383Crだ。鋼鉄武侠のお嬢ちゃん。アンタがオレに勝てば、オレの全財産をくれてやる。これは大会の主催者様にも話して許可を貰った話だ。掛け金はもう事務局に届けてある!!』


 独特な衣装を着ている少女が思わず目を丸くしていた。


『せ、せ、宣戦布告だぁあああああああ!!! 此処に来てッ!! グレイハウンドの操縦者。え~何々アーリ・ベルツマン? はい。分かりました。アーリ・ベルツマンが自分の全財産を掛けて鋼鉄武侠に宣戦布告したぞぉおおおおおッ!!!?』


 司会の声に会場内の熱気が更に上がっていく。


『だから、アンタにも何か賭けて貰いたい!! もしも、あんたがこの申し出を受けるなら、大会は更に盛り上がるだろう!! だが、これを断れば、あんたは武侠を名乗るような度胸も持ち合わせちゃいない甘ちゃんてな事だ!!』


『―――』


 コックピットの外に出ている少女の顔色が変わった。


『アンタは自分の勝ちに何を賭けられるッ!! 自分の強さと経験に一体、何を捧げられる!! 答えろッ!!』


 アーリを鋭い視線で見つめた少女が自分もコックピット内のマイクの感度を最大にして外部スピーカーに回線を切り替えた。


『僕は―――僕は自分の流派の名前と誇りを賭けるッ!!! もしも、負けたなら、僕はもう鋼鉄武侠とは名乗らない!! その時から負け犬と呼んで貰って構わないッ!!』


 アーリが真っ直ぐな瞳と声に思わず笑った。


『良い度胸だッ!! だが、足りないなッ!! そこまで言うならアンタ自身を賭けたらどうだ!! 負け犬と呼ばれてもどうでもよくなるようにオレが可愛がってやるぜ!!!』


 一際悪辣に皮肉げな顔で嗤って、挑発したアーリに少女の瞳から炎が奔った。


『いいだろう!! もしも、負けたなら僕の事を好きにすればいい!! どんな事でもしてやる!! 僕は、僕はお前みたいな下種には絶対負けないッ!!!』


 ドッと会場が更に盛り上がる。


 観客席からは『な、なんだってー!? 鋼鉄武侠ちゃんの薄い本が分厚くなる展開ッ!?!』だの『はぁはぁ、まさか僕がこんな下種に負けるはずがないというタイトルなんだなッ!!』とか『ろ、ロリコンだぁあ嗚呼!?! おまわりさーん!! ここです!! ここですよぉおお!!?』だの好き勝手な罵詈雑言?が聞こえてくる。


 それに内心ゲンナリしながらも、どうやら挑発に乗ってくれたようだとアーリが最後に少女へ向けて言い放つ。


『じゃあ、ゴングを鳴らそうぜ!! 鋼鉄武侠“ちゃん”』


 そのままコックピットに収まったアーリの瞳には瞳を怒らせた少女の燃えるような闘志だけが見えていた。


 それはガーディアンにすらも伝播したか。


 すぐに乗り込んだ【王竜ワン・ロン】から吹き上がるAL粒子の量からも明らかだった。


 呼応しているのだ。


 主の怒りに、義憤に、正義の心に。


『それではさっそく逝ってみましょう!!! クラッシャァアアアアアアッッ!! バトルゥウウウウウッッッ!! レディィイイイイイイッ!! ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!』


 カァアアアアアアアアアアン。


 小鐘ゴングが鳴った。


 そうして、アーリ・ベルツマンは久方振りに……人間という生き物が取り得る最低のド汚い“蹂躙の仕方”というやつを思い出して―――即行で自分を叩き潰しに来る“お嬢ちゃん”に戦場の流儀を向ける事とした。


 *


 先行を取ったのは王竜だった。


「ハッ!!」


 神速の踏込みと真っ直ぐな拳打は最短距離で頭部へと彼女の動作を模倣トレースする。


(絶対に負けられない!!)


 会場の司会者は彼女の事をイヅモ特有の武道である“ヤワラ”と言っていたが、その半分は不正解だ。


 何故なら、彼女の流派は拳法の類であって、実際にはイヅモのものではないからだ。


 それでどうして半分は正解なのか。


 全ては彼女の生い立ちにある。


 彼女、【王小虎ワン・シャオフゥ】はイヅモにも近い大陸からの難民だった。


 と言っても彼女自身はイヅモ産まれのイヅモ育ち。


 彼女の両親と祖父母は奈落汚染の影響で不毛の土地と化した故郷で最後まで戦った民兵の一家で軍の格闘術クロスコンバット指南役でもあった。


 家族はその当時の事を彼女に何も語らなかったが、遥か昔より続いて来た格闘技を修める家だったのだ。


 そんな事は露知らず。


 小さな頃は平和なイヅモにおいて普通の女の子として小虎シャオフゥはお人形遊びに興じていた。


 それが変わったのは彼女の父親が他界した時からだ。


 大陸で奈落汚染に晒されながら最前線で戦い続けていた父親は既に寿命をかなり縮めていたのである。


 大黒柱を失った一家は移民として未だイヅモでも不安定な職にしか就けずにいた。


 大戦が終結して以降。


 普通の一家として単純労働に従事していた父母達は争いを嫌って一般的な職を求めた為だ。


 しかし、このご時勢移民が技能も無しに高級職へ就く事は奇蹟に等しい。


 拳法道場でも開けば、また現状は違ったのかもしれないが、父母も祖父母も戦争というものから遠ざかろうとしていた為、そういった事にはならなかった。


 故に収入は激減。


 母が健気にパートで働いていたが、祖父母が同時期に病気を患った事で家計は火の車となった。


 そんな時だっただろう。


 小虎に祖父が先祖伝来の拳法を教え始めたのは。


 それはこっそりとした伝授だった。


 祖母にも母にも秘密にしておいておくれと肉体を病みながら笑った優しい顔が今も彼女には忘れられない。


 やがて、母も身体を壊して、臥せがちになるといよいよ一家は食べるものにも困る有様となった。


 移民が社会保障や公的セーフティーネットを使うにはそれなりの理由と然るべき審査がいる。


 当たり前の話であったが、それが彼女達にとってトドメになったのは何とも皮肉な話だろう。


 生活に困った彼らの前に役人が下した判断はまったくケチの付けようも無かったが、同時に小虎を奈落の底に突き落とすものに違いなかった。


 高等技能。


 この場合は彼女の一家が拳法使いであったという事実がネックとなったのだ。


 役人達の言い分はこうだ。


 高等技能を使って生計を立てられる事が証明されれば、公的扶助と軍か民間での格闘術の講師業務を斡旋する。


 普通なら断る理由なんて無かっただろう。


 そうすれば、一家が今病んでいたとしても、少しずつではあるが、暮らし向きは楽になっただろう。


 しかし、だが、しかし……その提案を祖父母も母も蹴ってしまった。


 それは戦争というものへの忌避もあったのだろうが、何より自分の為だったのだと彼女は、小虎は知っている。


 言葉も不自由な一家にどうやら当時役場の人間は数年後の彼女を軍学校に入れるようにと勧めたらしい。


 それが嫌ならば、格闘技などが有名な公立への特待推薦もあったのだとか。


 これに家族達は全員が反発した。


 彼女以外は大陸でずっと生活していたという事も相まって、イヅモでのニュアンスや世間的な話に疎かったのだ。


 当時、戦時下の故郷では軍学校に入れる=戦場に送るという意味だった。


 ニュアンス的にも格闘術の強い学校に入れるというのは同じような話に聞こえたのだろう。


 自分達の生活の為に娘を戦場になど送れない。


 そう決意した一家は最後の頼みの綱を自ら断ってしまった。


 それからも何度か役場の人間達は一家を訪れたが、娘を軍に取られまいと必死になった家族は誰も聞く耳を持たなかった。


 それからどんどん家計は悪化して祖母が亡くなるとついに母も倒れた。


 祖父は病に侵されながらも気力のみで彼女を育てようと必死になり、日雇いの単純労働や塵拾いで僅かな収入を家計に入れるようになった。


 娘だけは守りたい。


 そう必死になる家族の困窮する姿に、母と祖父が自分達の食事を蔑ろにしても彼女へしっかりと食べさせてくれる姿に、彼女は……何よりも強く家族を守りたいと思うようになった。


 そんな中でも祖父が先祖伝来の拳法を伝えたのはいざという時。


 奈落や戦乱の影の中でも生きていけるようにとの最後の贈物だったに違いない。


 彼女は祖父が最後の技までも教え尽くした後に安らかな顔で息を引き取った日、ようやく理解した。


 幸いにして彼女はイヅモの言語が母国語であり、学業もそれなりに出来た。


 特待生とまではいかなかったが、イヅモの奨学金制度を使えば、就職までしっかりとした保障が出る。


 母にきっと楽な暮らしをさせるのだと。


 恩返しするのだと。


 そう思っていた。


 これからの日常はきっと幸せな日々に違いないと……思っていた。


 母が意識不明の重態となるまでは。


 長年の重労働と身体を壊していたところに家族の死が重なったのだ。


 心労を増やしていた身体が限界を超えたのは正しく必然。


 学校への入学を見届けた翌日。


 起きない母に気付いて救急車を彼女は泣きながら呼んだ。


 病院に搬送され、植物状態と診断された母親の医療費は到底……未だ学生の彼女に払えるような金額ではなかった。


 だから、彼女は頭を下げた。


 額を冷たいリノリウムの床に擦り付けて、土下座した。


 病院の医師に医院長にお願いだからと、殺さないで欲しいと、助けてくれと何も構わず、患者や噂する診察者の前で心底に叫んだ。


 一端、料金を保留にして高額医療に付いての様々な法令や制度を彼女は教わったが、最後に分かったのは一つだけ。


 金が無ければ、最後には延命を止めて自然に逝くのを看取るしかない。


 いつまでも同じ病院には要られない。


 頭を下げても、土下座しても、制度を使っても、母の行き先に待っているのは終幕デッドエンド


 彼女が一般の職に付いてすら医療費が到底払い切れる金額ではないと知れただけだった。


 だからだろう。


 そんな彼女の下に怪しい男がやってきたのは。


 事情も何もかも見透かした男がやってきたのは。


 男は言った。


 裏社会のクラッシャー・バトルに参加すれば、医療費を全額払い切れるだけの金が手に入ると。


 もしも、リーグで優勝したならば、“君の流派を売り物にも出来る”と。


 父親が居れば、止めただろう。


 母親が居れば、止めただろう。


 祖母が居れば、止めただろう。


 祖父が居れば、止めただろう。


 しかし、彼女は一人だった。


 彼女にとって母を幸せにする事は人生における当然の事だ。


 同時に一族が伝え、祖父に教わった流派を再興する事は生きている間の目標でもあった。


 それが例え薄汚い金に換えられてしまうのだとしても、もう誰も彼女は失いたくなかった。


 死んで欲しくなかった。


 目の前から消えてしまうなんて耐えられなかった。


 だから、彼女はその裏社会のスカウトに乗った。


 そうして、それからの数ヶ月……彼女は戦う為の教育を受けた。


 拳法だけではクラッシャー・バトルに出るのは不可能だったからだ。


 というのも、流派に使う全身の関節と筋肉の動かし方は現存するクラッシャー・バトル用の機体では未だ表現出来ない部分を複数含んでおり、動きの再現性に問題が生じたのである。


 イヅモ伝来の“柔ら”に関してはこの点がクリアーされている。


 クラッシャー級が出た当時から、それなりにガーディアン開発が盛んだったイヅモは伝来の格闘技に付いてはほぼ全て機体で再現出来ていたのだ。


 こうして、王小虎はクラッシャー・バトルのパイロットとなった。


 スカウトマンが思っていた通り、彼女は祖父の厳しい拳法の修行でリンケージとして覚醒していた。


 数ヶ月で専用の機体【王竜】も組み上がり、後は試合を待つのみ。


 そんな彼女に初めて無線通信越しに雇い主が聞いた事は自分の名乗りをどうしたいかというもので。


 どんなキャラクターで売っていくにしても、やはりその本人にしっくり来るものが良いとの話。


(お爺ちゃんは言ってた……この世で一番カッコイイのは弱きを助け、強きを挫く。そんな流離いの武侠だって!!)


 だから、彼女は叫ぶのだ。


 力一杯に単なる売り物になるのだろう流派の宣伝プロパガンダに過ぎずとも。


 鋼鉄武侠と!!!


「シッ!!!」


 踏込みへ更に全身の筋肉、この場合はガーディアンの筋肉を代替する機関による重量と加速が乗る。


 一撃は隼が獲物を狙うよう頭部の一点に到達―――しなかった。


 グレイハウンドの片腕が初めから分かっていたかのように頭部を守ったからだ。


 だが、それが何だと言うのか。


 小虎の一撃は明らかに致命打と成り得る。


 腕ごと頭部を粉砕してお終いだ。


(イケる!!!)


 そう、それが単なる腕だったならば、そうなっていただろう。


 本当に哀しい事だったが、怒りに我を忘れて視野狭窄した子供は簡単に薄汚い大人の罠へ嵌った。


 バゴォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!


 王竜のドランゴンロットが肘の半ばまでも弾け飛んだ。


「キャァアアアアアアアアアアアッッッ?!!?」


 まるで絹を裂くような悲鳴が上がり、小虎が左腕の激痛に飛び退いた。


 バラバラになった機体の残骸が周辺に散らばる。


 フシュゥウッと【近接散弾地雷クレイモア】を側面に仕込んでいたグレイハウンドの右手の外装がバコンと外れて内部のシャフトが丸見えになる。


「悪りぃな。大人ってのは穢いんだよ。お嬢ちゃん」


 言っている間にも高速で接近したグレイハウンドが膝を付いていた王竜の首目掛けてクイックターン中に右脚部で回し蹴りを放つ。


「ッッッ?!!?」


 未だフィードバックされた痛みが残っていた小虎が辛うじて残った右手のハルバードで受ける寸前。


 蹴り足が関節部から分離パージされた。


 そのまま片足を失ったグレイハウンドが片足で曲芸よろしくバランスを取りながら背後へと抜ける。


 次の瞬間。


 ガチンッ。


 その音を確かに小虎は聞いた。


 チュゴォオオオオオオオオオオッッッ!!!


「あぐぅううううううううううううッッッ!!?!!」


 持っていたハルバードと右腕が至近で炸裂したボールをまともに受けて、襤褸屑のように千切れ飛ぶ。


「……人間の悪意ってのは兵器にするとえげつないもんでな。AL製ベアリング弾も一緒に詰めといた。受け取ってくれ。人生の先輩から後輩への細やかな贈物だ」


 まるで今日の天気を語るような軽さで外部スピーカーから声が響く。


 戦争屋の戦い方はいつだって、効率重視だ。


 そして、その為の兵器は人類の生み出した至高の醜悪。


 人体と心理の破壊を極める冷徹な効果は奈落獣にすら通用するものなのだ。


 まだ機械も無い頃、大昔の領主は敵軍の兵隊を串刺しにして野に晒し、遠征中の大軍の指揮を挫いたとされるが、そんなとても“人道的なやり口”は現在、戦場の何処にも存在しない。


 貧しい戦争が減ってすら、人は人を生ゴミ以下の肉塊にする為の多種多様な兵器を生み出し続けている。


 その大半は人道、道徳、人倫、国際条約に反しているが、戦場では単なる日常の一コマだ。


 人類の守護者がガーディアンだと言う表向きのオタメゴカシは……裏向けには最悪の殺戮機械であるという事なのである。


 子供やNGOの手足、車両を尽く吹き飛ばす戦後最大の悪魔、地雷。


 それを容赦なく格闘戦で効率よく使うグレイハウンドが次なる突撃を掛け。


 装甲内部へ【反応装甲リアクティブアーマー】のように取り付けた対戦車地雷の改造品が左腕で空手チョップよろしく叩き付けられる。


 両腕が無い以上、避けるか四肢をぶつけて守るしかない。


 だが、痛みはシステムにシャットダウンされても、竦んだ身体は大きく動けなかった。


 辛うじて頭部を蹴り上げた右膝で守った王竜だったが。


 ドゴォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!


 足の付け根から下が吹き飛んだ。


「――――――ッ」


 今度こそ四肢の千切れ飛ぶ痛みに耐えた小虎だったが、根源的な恐怖が内心からせり上がり、唇の左端から泡を吹く。


「僕はッ!! 僕はお前みたいな奴に負けられないんだぁああああああああああ!!!!」


「ああ、そうかよ」


 残った左足だけで王竜が跳ぶ。


 よくそれで動けたものだと普通なら思うのだろうが、攻撃手段を失った手負いの相手が突っ込んでくるというのはアーリにしてみれば、単なる鴨だ。


 もしも、両足が残っていれば、彼は負ける可能性があった。


 しかし、もう片足しかなければ、彼の負ける可能性は殆ど無い。


 正しく今から隕石が落ちてきて死ぬような確率と言って差し支えないだろう。


 チョップした瞬間にまたもや四肢を分離した為、グレイハウンドに残されているのは左手と左足。


 アーリの戦い方は正しく敵の利点や性能を尽く潰して、数の論理で相手を追い詰める戦場式だ。


 例えば、グレイハウンドと王竜の性能差による決着を四肢の数の決着まで引き摺り落とすところなど、泥臭い傭兵ならではと言えるだろう。


 敵はもう片足が一本。


 しかし、彼のグレイハウンドは未だ腕が一本に地雷を仕込んだ足が一本。


 挑発で相手に自分を見誤らせ、使える武器を最初に削り落とし、動揺したところで可能性を潰して、最後に相手の残った手札を封殺して詰みとなる。


 馬鹿にしているのかと言いたいような呆気ない幕切れとなった。


 最初に地雷を炸裂させた腕には未だワイヤーランチャーが備え付けられている。


 動作プログラムを極限まで簡素化シンプルにした壊れ掛けの腕の先から放たれたワイヤーの先にある鉤爪がガチリと胴体部分に巻き付くと上空からの蹴りを加速させるようにして己の方へ引き寄せる。


 本来なら片足でも蹴り技があったのだろうが、痛みの残滓と四肢のバランスが崩れた事で相手は相対速度が合わせられない。


 自分だけの能力で落ちた場合の計算は崩れ、技が出る前にグレイハウンドと交差した。


「じゃあな。鋼鉄武侠」


 刹那。


 アームパンチの薬莢が排出され、ガゴンッと王竜の頭部を拳が打ち貫いた。


「―――――――――――――――――――」


 しかし、それでも最後まで片足で立っていた機体が、数秒の沈黙の後、崩れ落ちる。


 観客も解説も誰も一言も発しなかった。


 それ程までに試合は呆気なく。


 それでも見る者に壮絶なものを焼き付けて。


 ゴクリと唾を飲み込んだ音だけが異様に大きく響いた。


『こ、鋼鉄武侠ぉおおおおおおおおおお!?!!?! 彼女が負けたぁぁああああああああああああ!!! しょ、勝者ッッ!!! グレイハウンドォオオオオオオオオオオオオオオオ!!! アーリ・ベルツマァアアアアアアアアアアアン!!!!!!!!』


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――。


 スピーカーが罅割れんばかりの歓声が上がる。


『え、え~今、大会主催者側から解説するようにとの話が来ました。今回、アーリ氏が用意した武装に関しては全て大会規定内に納まっており、規約上も問題無し。正式に勝者として認めるとの事であります!!』


 それに更なる歓声が上がる中。


 涙声の観客が混じる。


 曰く。


 鋼鉄武侠ちゃんがリアル薄い本状態にぃいいいいい!!!!


 許さんッ!! 許さんぞ!? このロリコンめぇええええぇえぇ!!!?


 はぁはぁ、これはあの太い腹のおっさんに組み敷かれるパターン!?!


 オレのぶきょうちゃんに何してんだテメェエエエエ!!?!


 やれやれと肩を竦めたアーリは気を失っているのだろう相手の強さに大きな安堵の息を吐く。


(勝てたのが不思議なくらいだな、こりゃ)


 やってきた回収用のカーゴにグレイハウンドを移動させてから機体の損傷を再度詳しく確認してみれば、まったくもって重症だった。


 一発目の打撃で片腕の関節が限界ギリギリまでダメージを受けていたらしく。


 車両が発進した瞬間にゴギンと金属疲労で破断し、脱落する。


 続いて関節部から伝わった衝撃に罅が入っていた脚部関節部が煙を上げて伝送系をショートさせ、内部の計測機器が装甲表面に複数の凹凸があるのを彼に伝える。


(打撃の瞬間、起爆までの時間が少しでも長かったら完全にアウトだったのか……信管の起動時間を弄ってなかったらやばかったな。衝撃で表面装甲が割れる寸前じゃねぇか)


 機体内部にギミックを仕込むのは戦場では昔ながらの手法だ。


 だが、誤作動が怖く、長時間使う事には向いていないし、機体もすぐ壊れてしまう為、ここぞという決戦時だけよく使われていた。


 ただ、グレイハウンドの戦闘は基本的に市街地や森林地帯等での機動戦である。


 足を撃たれた瞬間に起爆して動けなくなって死ぬというのも馬鹿らしい。


 殆どは地雷なんて物騒なものは使わず。


 予備の銃身を積んだり、弾薬を外向きに詰めて近接格闘に持ち込まれた際の保険、あるいは自爆特攻仕様として改造は行なわれていた。


 機体がギリギリだった事を思えば、アーリが勝てたのは少女が未だ実戦経験に乏しかったからだと分かるだろう。


 相手に試合をさせなかったという一点で彼の戦術は的確だったのだ。


 小さな満足感と疲労感を感じながら、傭兵は前途ある若者をさてこれからどうしようかと思案し、未だ途中の任務を仕方なく金と共に諦める事とした。


 顔と名前を晒して目立ちまくった以上、もう潜入調査も何もありはしないと分かっていたからだ。


 実際のところ。


 彼が払った全財産は戻ってこない。


 というのも、彼が鋼鉄武侠少女を主催者を通じて、所属組織から機体ごと買い取ったからだ。


 ならば何故、回りくどく試合などしたのか?


 簡単な話だ。


 試合主催者と所属組織が全財産よりも更なる高額を吹っ掛けてきた為、ならば試合を盛り上げる分で支払おうという裏取引があったのである。


 もしも、彼が呆気なく負けていれば、組織は払った金額以上が振り込まれるまで彼女を引き渡す事はしなかっただろう。


 が、現在の会場の盛り上がりを見てもイチャモンを付けるとすれば、裏社会でも仁義にもとる。


 そんなのがあるわけないじゃないか、との言もあろうが、実はそういう信用というのは裏社会だからこそ大事にされるものなのだ。


 これで少女の身柄は大丈夫だろうアーリが考えたのは組織に接触した感触から、約束を守るだろう事が感じられていたからだ。


 完膚なきまでに下した事で“その程度の商品だった”という認識を植え付けられた事も大きい。


 個人を裏社会から抜けさせるのは容易な事ではない。


 だが、違法なクラッシャー・バトルで数回伝説を作った程度なら、まだまだ表側に帰る事も可能だろう。


 今回の一件はアーリにとってまぁまぁ納得出来る結果に違いない。


(さてと、またあの支部長につまらねぇ仕事でも貰いに行くか。使えそうな土産も出来たしな……)


 気だるいナンバーがコックピット内に流れ始める。


「おまえ~~だけは~~~このてに~~~だいて~~~べいび~~~べいび~~~♪」


 四十代も超えたおっさんの上機嫌な鼻歌は開かなくなったハッチが焼き切られるまで続いたのだった。

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