Scene05「戦場を知る者達」
「クラッシャーバトル、ですか」
「ああ、雇い主からの依頼だ」
如何にも怪しい【
二階の一室で少年は放課後買ってきた食糧。
主に軍用レーションと野菜、塩、砂糖+サプリメントの類を冷蔵庫に仕舞い込むと送られて来たメールの内容を見て、隣室の台所でさっそく夕食の準備をし始めている居候にそう伝えた。
研究者達の護衛と輸送、その際にアビス獣に襲撃されるというアクシデントから一週間程が過ぎていた。
再度の依頼は研究者達の予算と諸々の都合で数ヵ月後に見送られ、今のところ七士は夜の運び屋としての仕事だけをこなしている。
彼に力を与えた機体。
剛刃桜も今はフォーチュンの倉庫で未だ解析中。
組織との関係は契約書によって、ビジネスライクなものとして成立し、現在の七士は緊急時の応援要請を受けるまで自由待機の臨時職員という立場に落ち着いていた。
「智識はあるな?」
その声に振り向かず。
アイラがフライパンに油を引きながら答える。
「はい。クラッシャーバトル。カバリエ級を改造した徒手空拳もしくは近接武器のみしか使えないクラッシャー級ガーディアンによって行うスポーツ。その成り立ちはガーディアン・メーカーが行なった民間人へのプロパガンダ。つまり、ガーディアンへの意識向上を担うものとして大規模に成立した経緯を持つ。尚、ガーディアンの人体的可動を可能とする複数の機構、モーションはこれらのクラッシャー級の実験稼動データからフィードバックされている……以上です」
「その通りだ。本来、裏家業には関係ない話のはずだった」
「ならば、何故七士様はお引き受けを?」
「……この間、研究員達を乗せた車両の修理費と壊したミーレスの賠償請求が来た」
クルリと振り返ったアイラがペコリと頭を下げる。
「車両を損壊してしまい申し訳有りませんでした」
「構わない。必要経費だ。ただ、今の手持ちで一括払いは出来ないと伝えた際に分割払いにする条件がそれだったわけだ。今回新たに鳳旧市街地に出来る地下闘技場。その開会記念のバトルに参加しろと」
「クラッシャー級をお持ちですか?」
「いいや。アルティメット・リーグ方式での開催という話だ」
「アルティメット・リーグ?」
「火器を外したガーディアンなら種別を問わず参加出来るタイプの規定を用いた大会というのがある」
「為になります。ですが、機体はどうするのですか? 発注してから数日、未だ届いておりませんが」
「それはあちらで用意すると言われた。ライトニング級には元々パイルバンカーの追加装備もある。近接格闘用の各種兵装を付ければ、一応は戦える」
「ですが、ミーレスでは限界があるのでは?」
「大会のマッチは全て無差別級として行う。つまり、弱そうな機体が勝つ、というのが受ける要素としてある。だが、地下闘技場を立ち上げた興行主はまだ盛り上げ役の機体を保有していないそうだ。参加を募ってみたが、クラッシャー級以外でやってくるのはスーパーやカバリエ、ファンタズムばかり。強者の中に弱者の顔をしたエースが必要らしい」
「……どういう事でしょうか?」
「道化役をやれという話だ」
それ以上は何も言わず。
少年はいつものソファーに背を預けると片手でテーブル上のデスクトップ型端末を操作し始めた。
画面に映し出される映像や画像、資料はこれから少年が地下闘技場で戦う事になるだろう機体の戦績と詳しい武装のデータだった。
地下で行なわれる大会だけあって、反則スレスレの武器を使う者が多い。
しかし、彼の目に止まったのは何の変哲も無いクラッシャー級だった。
「………」
何処と無く剛刃桜にも似ている東方の甲冑をモチーフにした機体は薄緑色をしている。
頭部の兜後方へ伸びる髪のようなチューブ状センサー。
片腕が竜のモチーフを生かした可変式の中距離武装。
もう片方の腕には大きなハルバードが握られている。
「………」
「七士様。今日の夕食は鶏肉の甘酢揚げとリーフサラダ、生姜風味のコンソメスープになります」
次々にテーブルへ夕食が並べられていく。
予め朝に下処理を終えていたのだろう。
出てくるのに十分も掛かっていない。
「頂こう」
少年は端末をソファーの横に移動させて、その一人身の男には過ぎた夕食に手を合わせた。
*
第一次大戦後の暗黒期より、実は人々のガーディアンに対する感情は決して良いものとは言えなかった。
それはアビスにも負けず劣らずガーディアンによる戦争の長期化が誰の目にも明らかだったからだ。
しかし、現実にはガーディアン無しに人々は生存圏を確保する事すら覚束なかった。
また、ガーディアンの製造メーカーにしても、ガーディアンへの嫌悪をどうにか取り去らねば、人々の中で生産活動を続けるのは難しいという側面もあった。
故に生まれたのがクラッシャー・バトルというガーディアンを用いたスポーツだった。
それは多くの時間を費やしながらも、人々から悪感情を取り除き、生活や娯楽にも影響を及ぼす程の規模にまで膨れ上がって、今では世界中どこでもリーグが設けられるまでになっている。
それに付随する利権は恐ろしく高額であり、企業側もガーディアンの開発機会の創出という点で多大な恩恵を受けるものとなった。
これに目を付けない裏社会では無い。
違法な地下闘技場でのクラッシャー・バトルは今ではスポーツ界における最大の関心事。
その摘発動向は必ず世間の報道を賑わせる。
ミーレスの登場以後はガーディアンより安価な機体を使った違法クラッシャー・バトルが花盛りであり、治安が悪い国や地域、周辺の地方自治体を抱き込んだマフィアや裏社会の組織が
イヅモは比較的治安が良く。
裏社会の影響力が低いせいもあって、違法なクラッシャー・バトルが行なえる場所はとても少ない。
しかし、少ないという事は未だ需要が喚起されていないという事であり、潜在的には供給を待っている状態であるとも言える。
そのように考えた興行主がいて、それを支援する裏社会の組織や機関が存在し、違法なクラッシャー・バトルを望む需要側の人間がいるならば、半ばそのリーグが現われたのは必然であるかもしれなかった。
「ったくよぉ……監視任務の次は違法クラッシャー・バトルで内部調査……人使い荒ら過ぎだろ。あの支部長」
薄暗く狭いコックピット内で四十代の腹が弛んだ視線の鋭い男が一人。
キュィイイイイイイイイ。
ライトニング級の独特な駆動音。
ローラーダッシュによる高速機動で巨大な円形闘技場内部に土埃が上がる。
巻き上げられた砂塵はセンサー類があれば、無駄な目隠しに過ぎないが、男はまだロクに見てもいない敵機の反応をレーダー状の点として認識しつつ、突撃を掛けた。
楽なものだ。
突撃しても遠距離から擲弾も弾幕も飛んでこない。
迫るのは中距離用の近接武器か。
あるいは徒手空拳。
無勿論、当れば一撃でお陀仏には違いなかったが、接近中にショットガンの散弾や地中のクレイモアを気にしなくていいのは男にとってまったく緊張感に欠ける状況に違いなかった。
高高度からの無慈悲で無差別な爆撃が行なわれるわけでもない。
ならば、酒が呑めない事を除けば、戦場の類としては天国にも等しい。
そんなわけで鼻歌交じりに薄暗いコックピットには第一次大戦前の気だるげなナンバーがリピートで流れているし、男の瞳は寝起きのように胡乱だった。
「べいびー~どうしてお前は~~オレより先ぃに~逝っちまったんだ~べいび~べいび~」
繰り返されるテーマ部分が終わる度、ターンした機体は様々なアングルから観測した相手の映像を処理し、CGを画面に映し続けた。
男はトリガーを引きつつ、アームパンチを目標に叩き込んでいく。
『そこまで』
内部への通信に男が機体の動きを止めると丁度頭部を破壊された敵のクラッシャー級が機能を停止したところだった。
『ミスター。貴方の素晴らしい操縦技術は見せてもらいました』
サウンドオンリーの文字の先から聞こえてくる渋い男の声。
それは彼が自分を売り込んでいる最中の興行主のものだ。
『合格です。では、開会記念大会への出場を許可しましょう。それと機体のチューン用に幾らかお出ししますので。後で事務で受け取りを。では、大会での活躍を期待していますよ』
一方的に言うと通信が途切れる。
まったく相手の話を聞こうという気は無いらしい。
(ま、これで条件は満たした。さて、これから何処を探索するべきか)
バイザーを弄り、たぶん探している相手とは別人だろうとは思いつつ、男は記録した音声を暗号化して所定の基地局へと送った。
機体をリングから格納庫へ続く通路へ滑らせるように移動させて、ハンガーに置いた後。
ハッチを開けた彼はその肉体からは想像出来ない身軽さで機体表面の突起に足を掛けるとワイヤーも無しにスルスルと降りた。
すぐ傍に階段付きのハンガーがあるのだから、そちらを使用すればいい。
なのにそんな事をした男へ視線が集まる。
周囲にはクラッシャー級が十体ばかり並んでいて。
そのどれもに機体の整備士や操縦者が群がっている。
だが、男は一人。
乗っているのも場違いな戦場御用達たるライトニング級。
動く火薬庫もしくは棺桶として悪名高いグレイハウンドなのだから、まるで血統書付きの犬の群れに一人だけ雑種が混じっているような違和感を覚えるのは正常な反応だろう。
しかし、そんな奇異の視線も何のその。
男はまるで意に介さず。
通路を折れて曲がって数分歩き。
地下闘技場の事務前に辿り着いた。
「アーリ・ベルツマンだ」
『伺っております。ベルツマン様。こちらをお受け取り下さい』
対弾使用の窓硝子の縁にある穴からカードが一枚渡された。
『試合は四日後となっております。それまでに金額は使い切ってくださるようにとの事です』
「ああ、構わない。それで他には?」
『整備及びチューン時には詳細を記した書類を提出下さい。それ以外はこちらとして干渉する事は何も無いと支配人からの伝言です』
「オーケーオーケー。じゃあ、な。可愛子ちゃん」
係りの女にウィンク一つ。
唇の端を曲げて。
男はスタスタ出入り口へと向かって歩いていく。
エントランスから外に出れば、其処は鳳市の旧市街地端。
それも廃館となった映画館前だった。
外からはまるで廃墟にしか見えないが、しっかりとした内装と厳重なセキュリティーは軍施設並み。
私有地とあって、周囲には人の影も見えない。
ただ、周囲にある路面の剥げた駐車場には数台の車両が止まっていた。
無用心極まりないと思うなかれ。
車両周辺半径2km圏内には高度なセンサー類がしこたま仕込まれている。
招かれざる客かがやってきたとなれば、すぐにでも厳戒態勢が敷かれ、地下に駐在している警備部隊が隠密で行動を開始するのだ。
私有地への不法侵入となれば、現行犯逮捕という名目で相手を排除する事も可能。
賭けに来る客にしてみれば、心配無用だろう。
そもそも違法クラッシャー・バトルを開こうという興行主はイヅモ政財界とも太いパイプを持っているとの噂で警察にしても大規模な捜査は圧力を受けて、握り潰される可能性も高いとの事だった。
違法でこそあるものの、白い粉やテロ用の兵器販売を行なっているわけでもない相手だ。
警察としてはどちらかと言えば、経済面からの捜査。
つまり、脱税や会計の誤魔化しという面から当った方が検挙出来る可能性は高いと敢えて見逃される可能性は大きい。
と言うのも、殆どの違法クラッシャー・バトルは地方経済を抱き込む形で行われるのが常だからだ。
役人への賄賂なんて旧い。
今では違法に稼いだ利鞘を貧しい貧困地帯の現地行政府に納付する事で赤字の地方財政に貢献し、地方からの税収依存度を上げて、丸ごと抱き込むという組織も多い。
それらの大規模な犯罪行為の背後には違法と知りながら、クラッシャー・バトルにかなり危うい新技術を投入する軍需産業複合体の影がチラチラ見える。
イヅモも一枚岩ではない以上、政治と金と技術という三つの力が働けば、鳳市さえ犯罪の温床が芽吹くのに時間は要らないのだ。
「♪~」
軍用のオフロードカーに乗り込んで、男が一路旧市街から繁華街の方向を目指し始めた。
途中、銃こそ持っていないが強面の警備員の詰め所を素通りし、舗装された道に入って二十分弱。
人気のあるモール街の一角にある立体駐車場の屋上へ車両が止まる。
心地良い風が吹き抜けていく其処で彼は落ち合う事になっていた相手を探して、フェンス端で街を見下ろしている背中を発見した。
「よう。お嬢ちゃん」
「ベルツマンさん」
璃瑠・アイネート・ヘルツ。
儚げな少女は振り返ると彼の傍までやってきておもむろに。
「メモリーを」
掌を出した。
「あいよ」
アーリが情報を記憶した黒く小さな円筒形状のメモリーを渡す。
「受領しました。では、これで」
「おいおい。素気ねぇな。これでも同僚なんだ。少しはウィットに飛んだ会話ってのをしていかねーか?」
「生憎と昼休みに抜け出して来てるもので」
「学生か。いや~思い出すな。オレの麗しい学生時代」
「それ、長くなりますか?」
「少しだよ。ほんの少し」
ニヤニヤしながら、バイザーが軽く上げられた。
左側の瞳が完全に黒く染まっているのを見て、璃瑠が微かに驚く。
「………」
「ん? ああ、そういやお嬢ちゃんには見せた事無かったな。実は片方しか見えてねぇんだ」
「何か、その……事故か病気で?」
「はは、そんなもんなら良かったんだけどなぁ……アビス汚染だよ……」
「アビスの?」
「ああ、お前さんと同じ歳頃にな。戦場でお勉強してた最中に運悪く小型のアビス獣と遭遇。仲間が援護した時に鉛弾がゲート内部に入り込んで、極小の群体奈落獣が発生。あっと言う間に全員食い尽くされた」
「そ、その、ええと……不用意な事を聞いて―――」
「謝るなって。随分と懐かしい良い思い出さ。オレが助かったのは唯一リンケージの素質があって、近くにALの集積所があったって偶然のおかげだ。ま、加護が発動する直前に片目だけ汚染されちまったがな」
腕は確かだが、戦うのは金の為と言って憚らない傭兵。
それがフォーチュン内でのアーリ・ベルツマンの評価だ。
それを本人はまったく何とも思っていないし、陰口を叩かれても平然とした顔をしているし、そもそも金に穢いハイエナを自称する男は陽気でこそあるが、いつ他の組織に引き抜かれて裏切るかとフォーチュンの内部調査でブラックリストに載っている。
「オレが言うのも何だが学生はいいぞ。仲間やダチと馬鹿やってられるってだけでも十分にな。オレの喰われたクラスメイトも気の良い奴らだった。まぁ、死ぬのが少し伸びただけだったんだろうが」
「え……」
「はは、実は自爆テロ御用達のキャンプでな。貧しい連中から子供を金で買って、薬や教義、女の味を覚え込ませて歩く爆弾にしようってな学校だったんだよ」
カラカラと笑う男は正気だ。
だが、まったく哀しそうには見えない。
「オレは助かった後、リンケージの素質有りな高額商品に化けたからな。途中でキャンプ連中に別の団体に売り渡された。そこが傭兵集団でな。それからこの歳までこの稼業さ」
絶句している璃瑠にニヤニヤしながら、男が続ける。
「意外か?」
「いえ……ただ……」
「ただ?」
「どうして、そんな事を?」
アーリがバイザーを再び掛けた。
「まぁ、お前さんみたいな奴を見るとちょっと構いたくなる性質でな。自分に似てる奴を見たら、声掛けたくならないか?」
「―――」
自分とアーリが似ている。
そんな事を露程も思った事が無かった彼女だったが、言われた途端に自分の胸の奥を貫かれたような気がした。
本来なら一緒にしないで怒るところなのだろう。
しかし、璃瑠は男の言わんとしている事に少なからず自覚がある。
「任務、仕事、そりゃあ大事だ。やらなけりゃお
「………何となく」
「オレはもうこの歳だからな。金以外は信じられないってのが染み付いちまってる。だが、お前さんは違う。若者ってのはそれだけで特権なのさ」
「………」
「さて、退屈な大人の話に付き合わせて悪かったな。これは小遣いだ。取っておけ」
男が軽く小さなチャージ式のカードを璃瑠の手に渡した。
「それで女を磨くなり、あの坊主とデートするなり、大いに学生ライフを満喫してくれ。悪い大人からの餞別だ」
軽く掌をヒラヒラと振って、アーリが再び車に乗ると陽気なナンバーを掛けて車両を発進させた。
その後ろ姿には悲壮さの欠片も無い。
いや、それこそが男の強さの証明であるのかもしれなかった。
「……アーリ・ベルツマン」
世界は広い。
それを身を持って知るようになり、数ヶ月。
ああいう男もいるのだと。
ああいう生き方を貫ける者も存在するのだと。
彼女は自分の未熟さを思い、小さな謝罪を口にした。
それから数分後。
学校に戻る途中。
端末にメールが届いて。
その発信者の名前に少女は今日の放課後どうしようかと思いを馳せた。
*
―――数日後。
七士は違和感を覚えて、周囲を見渡す。
地下闘技場。
半径1kmにも及ぶ円形のリングの端にはズラリとクラッシャー級のガーディアン達が並び、その中には複数の別系統の機体が混じっていた。
異彩を放つのは弱過ぎる彼のグレイハウンド・ミーレスと普通のグレイハウンド。
だが、自分以外にもいたライトニング級参加者に気を取られたわけではなく。
七士はリング周囲の観覧席で屯する数千人の観衆にそれを感じていた。
一種のバーチャル観戦というやつだ。
違法クラッシャー・バトルが花盛りとはいえ、数千人もの人間が集まってはさすがに摘発対象とされるのは避けられない。
故の措置だろう。
近頃は量子コンピューターだけではなく。
“ALTIMA”を用いた小型の高性能ヘッドマウンドディスプレイが市販され始めており、遠くの物事を遠距離にいながら、殆ど現実と変わらない認識精度で観測出来るようになってきている。
ただ、それなら観客席には機材だけ置いてあればいいわけで、客達をまるでその場にいるように映し出す手間は必要ないだろう。
それが彼の違和感に繋がっていたのだ。
『レディースエーンジェントルメーン!!』
どうやら司会役が始めたらしいと少年は静かに周囲の機体を見渡す。
スーパー級と思しき機体、明らかにファンタズムと思われる機体、どれもこれも一癖、二癖ありそうな輩ばかりだ。
しかし、彼の意識に引っ掛かったのは情報を見てからと言うもの、気になり続けていた何処かパッとしないクラッシャー級【
『今宵は観客席に客人達を映し出しておりますが、これは選手達の奮起を期待する主催者側からのサプライズであります。やはり、観客の熱気が無いと会場も選手も盛り上がらないという配慮だとお考え下さい』
そういう事か一応は納得して。
しかし、選手側への配慮だけで数千人もの人間を映し出すだけの予算を手配するのだろうかと訝しがりつつ、七士はクラッシャー級達の立ち姿を見つめていた。
戦場におけるクラッシャー級というのはほぼまったく見えないと言って差し支えないような珍しいものだ。
元々がスポーツ用であり、遠距離武装を積んでいないのだから、相手の制圧や殺傷の能力は低い。
だが、時折……本当に時折、クラッシャー級が戦場で確認される事がある。
その大半はガーディアン・メーカーによる戦場での運用試験が殆どなのだが、中には単にクラッシャー級で戦場に参加する輩、というのも稀ではあるが存在する。
多くは遠距離武装も積んでいない為、途中で破壊され消える運命を辿る。
だが、近接格闘術の類を極めた
その殆どに共通するのはステルスシステムと夜戦だ。
重火器を持たず。
また人体に近い動きで機動力に優れ、偽装能力の類を積んだクラッシャー級は夜間の奇襲戦においては恐ろしい難敵と化す。
レーダーに映らず。
赤外線にも反応せず。
音もさせず。
振動センサーの類にすらまったく掛からない。
辛うじて圧力感知式の地面に仕掛けるタイプのセンサーのみが通用する敵は襲撃者として完璧に近い。
闇に紛れて忍び寄るクラッシャー級の操縦者が
機体の数が四倍以上いたとしても逃げろというのが戦場で活躍する古参指揮官の意見であり、それを七士も支持する。
真に格闘へ精通した者が乗るクラッシャー級に立ち向かうという事は超火力でもって相手を殲滅するディザスター級の
【
その情報に添付されていた映像から彼は相手がまだ荒削りだが
故に装備など関係なく。
ずっと開会式の途中、平凡なクラッシャー級を七士は観察していた。
『では、此処に第1回鳳地下闘技場アルティメットリーグの開会を宣言致します』
オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
観客達の熱狂がスピーカーでリング内へ響き渡った。
それと同時にファンファーレが鳴り、第一回戦のカードが電光掲示板に表示される。
【スカーレット・ファングEE】VS【グレイハウンド・ミーレス】
「……はぁ」
たぶん、依頼人たる白衣の女。
その差し金なのだろう事は容易に分かった。
初っ端から会場を盛り上げようという気なのだと。
少年が様々な障害物の置かれたリングの中央。
センターラインの右の定位置に付くと濃い血の色をしたクラッシャー級が左の定位置に付いた。
スカーレット・ファング。
その外見はかなり人体に近くフォルムは少し細い男の肉体のように見える。
曲線的な造形美と紅のカラーリング。
そして、持たれている武装は両肘に付いた湾曲するクラッシャー・ブレイド二本のみ。
典型的なクラッシャー級の高速型だ。
主にイヅモでそのタイプには忍者型と呼ばれるものが多い。
地域の独特な文化で間諜を意味する“忍者”の外見は顔を布で覆い隠すようなフォルムで、装甲の厚さよりも速さを重視する。
今も特区内に限って言えば、人気の高い機種だろう。
だが、スカーレット・ファングはそうしたものとは違う。
何処か古の時代に奴隷ながらも戦った
機体は文句無しに傑作の一つと数えていい。
しかし、七士にしてみれば中の人間の癖が透けて見えて、余程のイレギュラーが起きない限り、負ける要素は欠片も無かった。
クラッシャー級にはDLS《ダイレクト・リンケージ・システム》という操縦者の動きそのものを機体にフィードバックする機能が備わっている。
故にどんなに優れた機体もどんなに高性能な武装も使う相手次第で単なる的に成り下がる。
通常、機体の操縦者には格闘術を修めた者が選ばれるのだが、近頃はフィードバックの高性能化によって、立ち姿一つで中の人間の錬度が推し量れてしまうという欠点も抱えてしまった。
その点で言うと相手となったスカーレット・ファングの中の人間は七士にしてみれば、過不足は無いが、光るモノも無いという評価に落ち着く。
何の躊躇も無く3カウントが周囲の朽ちた信号機によって始まる。
周囲の障害物は全て旧市街地から運び入れたものだ。
些細な演出。
しかし、七士は主催者の意図が測れるような気がした。
戦いとは多くの場合、正義と悪ではなく。
利害と利害。
その結果として発動する戦争の殆どは政治であり、争いの中で終わりというのが見えてくる。
妥協する一点を目指して、相手と共に競うのだ。
軍事力、政治力、経済力、文化力、あらゆるものを注ぎ込んで如何に主導権を握るか。
戦場における七割の事象は始まる前から予測され得る当然の流れの中にある。
残りの二割は戦場における不確定要素。
これが勝ち負けであると語る学者もある。
そして、最後の一割は……人智が予想だにしない結末。
奇蹟、地獄、あるいは数値を超えた何かだ。
運と表現はしなくていい。
言うまでも無く。
最初から其処に無い要素は決して顕れないからだ。
戦場における兵士は予想される七割の予定調和に組み込まれた不確定要素。
その争いの中で奇蹟を見るか地獄を見るか。
それは誰にも分からない。
死んでいた方がマシという事もあれば、九死に一生を得ず永久の寝床へ戻る事もある。
戦場の悲哀。
あるいは残存する気配を主催者は闘技場に持ち込みたかったのかもしれない。
七士にはそんな気がした。
『試合開始です!!』
だが、如何に雰囲気を出そうが、闘技場は戦場ではない。
ならば、己の戦力は予定調和の七割で並みの兵士を凌駕すると彼は知っている。
不確定要素を減らす為に動作は最小限。
相手は最初からミーレスを舐め切っている。
確かに反応速度も攻撃力も機体強度も武装の質も全てにおいて劣っているが、それはガーディアンとその派生であるミーレスにおいて兵士の技量で補う事が可能なものだ。
そうでなければ、何故ゲリラ戦に正規軍が翻弄されるという現実があるのか分かりはしない。
適切な錬度と適切な戦術、相手の動きを見通す観察眼、武器弾薬補給に関する詳細な情報。
これらを総合把握すれば、如何なる寡兵でも戦いようはある。
勝てるかという点では無理だとしても、戦線の泥沼化によって戦費の拡大、祖国での反戦感情の激化、兵士達の厭戦感情、こういったものを引き出すのは決して不可能ではないのだ。
高々一兵士対一兵士ならば、駆け引きも情報も戦場で判断するより余程に少ない。
不確定要素など無きの如し。
『グレイハウンド・ミーレス突撃したぁあああああああ?!』
(一手目。こちらの突撃に対する予備動作は……左肩、引かれるな……そのまま後ろに回り込んで右からのブレイドか)
少年は左半身を引いてファングが右パンチを回避した時点でパイルバンカーを発動した。
この時点では未だ空撃ちにしか過ぎないが、後ろを取った機体はそのまま切り下げるように右肩へとブレイドを叩き込み―――後ろに非人間的な動きで一回転した腕の先から飛び出す
(二手目。一瞬の些細なミスだと相手は判断するだろう。まだ背後を取った余裕で二度目の攻撃に移る可能性が大。相手が前に逃げるのならば、そのまま追撃を掛ければ頭部を破壊出来ると踏んで)
ファングが跳んだ。
ブレイドが一つ破壊されたとはいえ、未だ背後を取った方が有利なのは変わらない。
故に敵との距離を取ろうとする標的をブレイドで的確に貫く為の一撃を用意したのである。
背後の上空。
これ程の死角を確保すれば、勝利は確実というわけだ。
が、ファングを追い掛けるようにその場で足回りの半壊も構わずミーレスがブースターを全開にした。
『な―――!?』
司会が驚いている間にも続けて左腕に仕込まれたワイヤーランチャーがファングの胴体に絡み付く。
そのまま脚部を失ったミーレスがファングの腹部に背部を追突させる。
(相手は完全にこちらを敵と認識した。だが、ワイヤーを引き剥がす方に気を取られる。このまま攻撃すれば相手を密着状態でも倒せると知りながら、最初の時点でブレイドを破壊された事が脳裏を過ぎり、慎重さを増す。故に此処で取る行動は)
ファングが左のブレイドで胴体に絡み付くワイヤーを切断した。
恐怖と懐疑に抗えなかったのだ。
二機の上昇がピタリと止まるまで二秒弱。
だが、この間隙を七士は見逃さない。
(三手目。ワイヤーさえ切れれば、こちらのものだと。一撃を頭部に食らわせ、お終いにしようとする。だが)
ミーレスの右腕の肘がやはり人体では不可能だろう動きで背後の少し上に突き出された。
相手にしてみれば、苦し紛れの一撃。
頭部に当ったとしても、破壊なんて叶わないと思うだろう。
だが、あくまで左腕に仕込まれたワイヤーランチャーは補助装備だ。
三次元戦闘を行う為の珍しくも無いもの。
左腕の武装は別にある。
ガチンと肘の可動部位のカバーが外れる。
それと同時に穴がファングの操縦者にも見えるだろう。
(火薬で射出するこちらの攻撃の方が早い)
(随分と旧いものを用意したな。あちらも……)
右腕に仕込まれているワイヤーランチャーが壁際に鉤を打ち込んだ。
そのまま巻き上げれられたミーレスが壁に引き寄せられて、墜落前に激突して止まる。
だが、ファングはそのまま。
頭部を貫かれた衝撃も冷めやらぬまま、落着し、盛大な土埃を上げた。
『―――ひ、肘だぁあああああああ?! グレイハウンド・ミーレス!! 両腕にワイヤーランチャーとパイルバンカーを装備していたぁああ!!!? 更にバンカー自体が両腕の肘と手首、前後に出るようになっているぅうううう!!!』
元々、市街地戦の為に開発されたライトニング級はガーディアンの中でも安価なものが主流だ。
しかも、機動性を確保する為にやたらと装甲が薄く、人体の各部を模倣するクラッシャー級のような高級な関節は使われていない事の方が多い。
故に人体よりもある程度自由度が高く関節の調整は可能となっている。
悪く言えば、古臭い。
良く言えば、機械的である、という事になるだろう。
だから、関節が真逆に回る程度の事はやってのける。
そして、古くからライトニング級は可動部位の余裕が少ない為、機体が攻撃出来ない死角というものを多数抱えていた。
それらは近接格闘時に致命的なものであったが、そもそも高速で火器を叩き込む為のライトニング級には機動力以外必要とはされなかった。
だが、いつも満足に弾薬が戦場で足りているわけではない。
“貧しい戦場”ではしばしばセオリーを満たせない程に困窮した兵士達が身近にあるもので安価なライトニング級を改造していた。
肘と手首から杭打ちを行なう機構もそんな場所で生まれたものだ。
暗黒期と呼ばれる第一次大戦後の世界では俗に【
これはニュアンス的には異端児というより、必要に駆られて生まれてしまった忌み子と言うべきだろう。
そもそもライトニング級に限って言えば、昨今弾薬が尽きても白兵戦そのものを行なう必要性がとても薄い。
世界的な政情が不安定とはいえ、貧しい戦場は世界から姿を消しつつある。
ゲリラ対大国というよりは大国対大国、大国対テロの戦争である。
今の時代パトロンが付いていなければ、戦うテロリストは少ない。
弾薬すら買えない者には戦う戦場すら与えられないのが実際のところだ。
(……良くも悪くも進んではいるのかもしれないな……)
今の世の中、ライトニング級の近接武装なんて造っている企業や組織は殆ど無い。
【双子杭】がどれほど前に廃れた武器かを知れば、客の多くが目を丸くするだろう。
古くからあるライトニング級の武装であるアームパンチを改造したゲテモノ装備はたった一発で関節部のオーバーホールと為りかねない軋みを機体に奔らせる。
過去、使用後の動作不良や関節のメンテは大きな問題となった。
使用そのものが酷く難しい最後の一手。
これを格闘戦で使うのは死ぬ間際か。
どうしても一矢報いたい場合に限るというのが、過去使っていた者達の正直な感想だろう。
『勝負は付いたッ!! まさかまさか!! 緒戦で誰がこのような展開になると予想しただろうッ!! 勝者―――』
観客が一気に沸騰した。
『グレイハウンド・ミーレスゥウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!!』
その声を聞きながら、少年は静かに息を吐いた。
夜はまだ始まったばかりだと。
駆け寄ってくるスタッフに混じったアイラを見つめながら……。
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