5

「失礼します」

 そう言って部屋に入ると、もう夜更けだというのに、未だに執務机について書類に目を通している父親を見つけて、ルークは眉をひそめた。

「……父上、そろそろお休みください。皆が困ってますよ」

「わかってる。……これが終わったらな」

「父上……」

 言っても聞かないのはいつもの事だ。ルークはため息をついて、それ以上は何も言わない。 そもそも、ルークは小言を言うために来たのではない。

「父上、ご報告があります。彼女の事です」

 ルークの言葉に、王は手を止め、顔を上げた。

「……どうだった?」

「彼女は確かにリリュートでした」

「やはりそうか……」

 手にしていた書類をおいて、王は息を吐いた。攫われ姿を消した当時も、相当の潜在能力を見込まれ、将来を期待されていた。その彼女が生きていてくれた事は嬉しかった。しかし、その彼女を育てた魔王の意図が気になり、どこか不安が残る。複雑な心境だった。

「彼女はどうしている? まだ眠っているのか?」

「先程、目覚めました。しかし……様子がおかしいのです」

 そう言って少し困惑したようにルークは王を見つめた。

「おかしい、とは?」

「彼女は、一度はリリュートであることを認めました。しかし、自らは罪人であると、すぐにでもここから追い出して欲しい、と言うのです」

 ルークの言葉に、王は眉をひそめた。

「私は彼女を罰する気はまったく無いと、お前には話したはずだ。そう、言わなかったのか?」

「言いました。しかし、彼女はそれを拒絶したのです」

「……何故だ? あの年でライトリアになれるほどの者が、こちらの話を理由もなく断るとは思わんが」

「私もそう思いましたが、なんと聞いても答えそうにありません」

 ルークも困惑しているようだった。それほどまでに彼女の意志が強かったのだろう。王は思案するように、目をつむる。

 眼裏に浮かぶのは、遠い昔の彼女の姿。もって生まれた真紅の瞳は桁外れに強い力の影響。幼い彼女は、その瞳が示すように、当時すでにその年では考えられない力を示していた。力を持つものは、それ相応の精神力も持たなければ力にとり殺されることになる。当時3歳の幼い彼女も、ライトリアだった両親から厳しく鍛えられていた。だからこそ、彼女は生きてこれた。当時ですら、大人が舌を巻くほど聡かった彼女が、10年経った今、こちらの意図が分からないわけがない。わかった上で拒否するのなら、理由があるはずだ。

どうにもいやな予感がした。

「父上?」

 急に黙り込んだ王をルークは不安そうに伺う。

「いかがなさいましたか?」

「いいや、なんでもない。……私も彼女に会いに行こうと思っている。それまで出来るだけ彼女の様子を見に行ってほしい」

「わかりました」

「この事はくれぐれも内密に」

「はい」

 答えたルークは一礼をして、踵を返す。その背を見送った王は、息を吐いてたまった書類から手を離す。

 彼女は、キルリア・リリュート・ファクト。10年前、当時3歳にしてすでにその力は一般の大人の手に負えるものではなかった。もし、そんな子供が一般家庭に生まれていたら、王はライトリアに監視を命じ、必要とあらば、両親からも引き離し、国が育てる事にもなったはずだ。幸い、彼女の両親で王の弟夫婦は共に現役を退いたばかりのライトリアだった。それでも、彼女の力に手こずることがあったらしい。自我の無い、赤ん坊の時など、弟夫婦だけでは力が足りず、何人かライトリアを派遣したことすらあった。

 しかし、彼女は3歳まで何事もなく育ち、晴れて王族としての証であるファーストネームを得たのだ。そして、その報告にここに来る道中、何者かに襲われ、弟夫婦は殺され、彼女は攫われた。

 安心して、油断していた。あの二人ならどんな事があっても大丈夫だと。小さな姫をその力から守ってきた二人が死ぬわけがない。だから、受けた報告が信じられなかった。

 それでも今、小さなリリュートは、生きて、帰ってきてくれた。だからこそ、彼女がなんと言おうと、王は彼女を手放すことは出来ない。

 王は、彼女を苛むものが何なのか調べ上げ、今度こそ、守ってみせると改めて誓った。

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