第5話「勇者と剣と召喚士」
「ほらリッカ、早く支度なさいな!」
歯磨き途中に母さんがうるさい。どこの国、どこの世界に行ってもそれは同様なのだろう。そしてそれが母親の優しさというものなんだろう。
ましてやどこの家の子でも持て囃されるチャンスのこの日。母さんの肩が少し上がったままになっているのも理解は出来る、できるんだがなあ…俺はなー…
「今日は【写身】だって前から言われてたでしょう、なんで早めに起きないの!」
起きたよ、起こされたよ、部屋に時計はないけど体感1時間は早く起きたね。
だがそう、今日は【写身】がある。決して写真じゃない、読み方はうつしみ。日本語で表すとこんな感じの言葉になるんだと思う。今の俺の状態に合わせて言えばこの一大イベントの名前は
【鑑定】
とでもなるのだろう。簡単にまとめると、王都から誰かくる、占ってくれる、特技わかる。そんな感じだ。
でもさーこんなのやらなくていいんだよー俺に才能ないのはよくわかってるんだよーよくわかんないけどどうせ妖精と話せるから【翻訳】とかか?でももうそれも意味なくなったんだよ。
ついこの間、奴隷紋と契約紋についての本を読んだ次の日。俺はさっそく妖精達に頼んでみた。
『頼む、な!俺を助けると思って!まだどんなもんかよく知らないんだけど!』
『リンク? モウ オハナシ シテル ヨ?』
『コワイ リッカ… ワタシ タベルノ…?』
『アルジ? アルジハ モウイル! カミサマ!』
『リッカ ヤラシーカラ ヤ!』
ぼこぼこだった。言葉の暴力って種族が違ったほうが結構心に響くもんなんだな。というかあれだ、幼稚園児に諭されてる感じ。そんな実質27歳の俺。
だからもう…俺のこの能力には裸の妖精とキャッキャウフフする力しか残ってないんだ…あれ、この能力よくよく考えると最高だな。
「ほら、そんな『いいよどうせ俺は妖精さんしか話し相手がいないぼっちだもん』見たいなこと考えてる顔してないで!早く行くわよリッカ!本ばっかり読んでるあんたでも間違い起こって勇者とかになるかもしれないんだから!そう、あなたはだって、勇者の町に生まれたんですもの!」
そんな少女漫画みたいな大きい目で見つめらても困る。俺にはパンをくわえた女の子とぶつかる妄想くらいしかできないぜクソババア
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この世界には勇者が居た。因みに魔王もいる。聞いたときは驚いたし、俺はこの世界を救うためにこの世に生まれてきたのだと思った。そう思わずにいられなかったのは、生まれた場所が【初代勇者が生まれた町】だったからかもしれない。町の奥深くには勇者の墓として、勇者の剣が刺さったままの場所もある。
俺の生まれた、皆が思う描くであろうファンタジーの世界の田舎。まだ開拓しきってない山と草原に囲まれ、井戸から水を汲み、男は畑へ仕事に出かけ、女もそれを手伝い2人で子を養う。
そんなありふれた自然が満ち溢れているここの名前。
始まりの町、アラハン。
町中央の魔法によって管理されている噴水から放射状に広がっているこの町は、かつて魔王を倒した勇者が生まれた町らしい。だからこの町は、今日この日は特に、次の英雄探しに躍起になっている。
だけどそんなものはファンタジーの話なんだ。10年生きてわかる。この世界は現実にほんのちょっぴり魔法と魔獣っていうスパイスくわえただけの、何よりも現実的な世界だ。
蒸気機関車だって古代ローマの人々が見たらSFだろう。今この町の人が月に向かうロケットの話をしたってとんだおとぎ話に成り代わる。そしてその逆、科学が発達したこの世界は住めば住むほど【たまに驚きがあるだけ】だ。
勇者と魔王の話に戻るけど、これはつまるところ、ただの戦争だ。王都と魔界が仲悪くて喧嘩してる。じゃあめっちゃ強いやつ探そう。んで倒してもらおう。勇者と魔王はそんな貧乏くじを引かされた者に過ぎない。
まあ、そんな異世界でも楽しまない手はない。俺も水泳とかそろばんとか卓球とかバスケとか色々手を出したけど、新しくやってみることっていうのは楽しい。今この世界もそんな感じだ。日常が楽しく新しくなることだけを俺は祈っている。
だからこんな、戦争被害者を増やすためだけの催しは、正直反吐がでる。
…勇者の剣が抜けなかったからでは決してない。
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「諸君!私が王都ダインアレフ、王国騎士団長ルヴェスタだ!上を見ろ、今日は雲の一つもない!まるで母なる海のような晴天が、君たちの門出を祝っているかのような今日!私はこの場に居合わせることを至上の喜びといわざるを得ない!」
校長の朝礼かよ、と言いたくなるような立ち姿にさせられた俺達。噴水近くに簡易的に立てられたお立ち台の上でボンテージの上に騎士鎧をつけたような女が仰々しい言い回しで場を盛り上げる。それに応える町の皆も、この日を楽しみにしていたのだろう。
「10を迎えるこの年に諸君の人生は大きく変わるかもしれない。特に、幼くして重力魔法の才能を持つスティーブンソン市長のご息女リティナ!そしてそれをも上回るライトニングの魔法を使いこなすという兄ラーク!君たちには特に期待しているぞ!」
そんな言葉が脳をよぎる。別に親子仲が悪いわけじゃないけどこれだけ言われてりゃ嫌にもなるだろうさな。それもこんなに大勢の前で。ちょっと離れたところにいるラークとリティナはあまりいい顔をしていない。
「…飽きた…」
こんなの聞いてるんだったら家で本読んでるほうがずっといい。ていうかそれしかやることがない。魔法と召喚術を使う術がなくなった俺にはやることがあるのだから。
「そういや写身で使うのは銀の食器か…召喚効率どうなんだろ」
今俺が考えていること、それは【素材によって召喚石(ボックス)の容量がかわるのではないか】ということだ。
この間から召喚術(サモン)が使えることが楽しくて家の色んなものに召喚紋を書いて回った。
なんとうか、わからない文字も図形として見れば割と再現できて、結構適当に書きなぐっても召喚石(ボックス)として機能した。召喚紋も色々あるらしいけど召喚石(ボックス)は一つだけみたいだ。書くことに関してだけいえば、俺は召喚紋を一つマスターしたらしい。
そうなったらも好奇心を抑えられない俺は子供の落書きみたいなに手当たり次第に色んなところに書きまくった。家が収納だらけになるかと思いきやそこは流石の召喚石(ボックス)。銅貨を隠すので精一杯だった。サンドイッチを二つも入れることが出来る召喚石(ボックス)は実はすごいやつだった。
でも銅貨が二枚入るものがある。それは鉄。町に置いてあったクワに石で必死に召喚紋を描いて遊んでいただけなのだが(町の中では友達少ないから)偶然それを発見した。これは世紀の発見なんじゃないか?母さんには一個二個は誤差のうちって言われたがね。とりあえずその差のことを召喚効率(コスト)って言っておくことにした。かっこいいから。
その後当然家をインクだらけにしたことを怒鳴られて、泣きながら家中を掃除したのはいい思い出になることだろう。
「さあてーそろそろかな…」
俺はじりじりと後退していく。皆あのボンテージに魅了されて俺が列から外れていくことに気づいていない。この時を、この刻を待っていたんだぜ…!
「あらリッカ君、どこいくの?」
「…隣のおばさん。ちょっと気持ち悪くて…折角の写身なのに銀食器を汚しちゃったら悪いでしょ…日陰で休んでくるよ…」
目ざといなご近所さんは。
「あらあらーお母さん呼ぼうか?」
「母さん張り切って前のほう行っちゃったから多分無理だよ…ごめんなさい、ちょっとだけだから」
「うーん、わかったわ。リッカ君の番が来たら遅らせてもらうようにいっておくわね」
「ありがとう、おばさん…」
ありがとう、見事俺の口車に乗ってくれて。感謝感激雨霰。その善行、来世はきっと異世界転生してるだろう。おれが言うんだから間違いない。
さて問題です。今日は写身の日。写身に使うのは銀の食器。俺は写身が嫌い。鉄は召喚効率(コスト)がいい。さあ俺は一体、何を考えているのでしょーかっ!
正解はそうだな…この晴天の空を見上げればわかるかもしれないな。
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