ナンパ勇者と魔物たち〜カワイイは世界を変える!?〜

図らずも春山

「結婚しよう」

……

……………………

………………………………………………………



『魔物は人間の敵である。』



 誰が言ったかもわからないそれは、いつのまにかこの国、この世界の常識となっていた。





………………………………………………………

……………………

……




 ルカは鬱蒼と生い茂る草木の中を突き進んでいた。その草木の纏わりつくような感覚にイラつきが貯まる。

 彼の腰には鞘に収められた剣がぶらぶらと下げられていた。そのような格好はこのご時世そう珍しくはない。なにせ自分の身は自分で守らなければならないのだ。人里離れ、魔物がいつ襲ってきてもおかしくない森の中をたった一人武器を持たずに行くなんて正気の沙汰では無い。


 男がこんな獣道を歩いている理由はただひとつ……。


「……くそぅ! 美女はどこなんだ!!」



♦♦♦



 事の発端は七時間前の友人との会話であった。

 夜の繁華街。いくつもの外灯が夜の寒さを暖かくし人々を照らし出す。王宮のある街というだけに辺りは大勢の人間で賑わっていた。

 人混みの中ルカは一人で宛もなくその場をさまよっていた。夕食はまだ済ましていなかったが特別何処かの店へ行こうなどとは考えていなかった。

 そんな彼の肩を突然叩く者がいた。


「よぉ、ルカ」


 ルカが振り返るとそこには見知った友人が立っていた。少しウェーブの掛かった髪の毛を風になびかせその聡明そうな顔に笑みを浮かべている。


「おお! ヨハンじゃないですか!」


 男とルカは互いにハイタッチを交わす。


「この人混みの中よくわかりましたね」

「まあな、目は良い方なんだよ。ま、とりあえずどっかで飲もうや」


 丁度いい。そこで夕食を済ませてしまおう。ルカはそう考え承諾した。二人は近くの居酒屋に足を運んだ。運良く二人席を見つけヨハンは席につくと早速エールと焼き鳥二人前を注文した。すかさずルカもエールを頼む。


「いやぁー、久しぶりだな」

「ええ、そうですよね」

「ホントだな。なんか、こう……大人びたか?」

「そんなこたぁないですよ」

「そうか? ハハハ。」


 そこに2つのエールが運び込まれてきた。

 二人は無言でジョッキを取ると互いに軽くぶつけ合った。

 カコン。

 そんな音が周囲の喧騒のなかに溶け込んでいく。


『乾杯!』


 エールはジョッキを伝い胃の中へと流しこまれる。


「……で。どうよ、ルカ」

「どうよって……なにがです?」

「どこかに冒険出たりだとか探索とかしたのか?」

「いや……どこにも行ってませんよ」

「えぇ!? なんでだよ? お前はその剣の腕を見込まれて勇者の一人に選ばれたんだぞ!?」


 ルカは乾いた笑みを浮かべる。


「剣術に優れてるからってなんですか……」


 ルカは1口エールを飲むと続けた。


「それに、目的がないじゃないですか。誰かを守るわけでもないですし」

「そりゃあお前、魔王討伐して人類を守るってがあるじゃねぇか。勇者なんだし」

「じゃあヨハンさんがやってくださいよ。ヨハンさんの方こそ剣強いですし」


 ルカはジョッキについた水滴を手で拭き取りながら黙ってしまった。そういう話はあまり興味がないらしい。

 やっぱり変わった男だな、とヨハンは感じた。

 そこへ二人前の焼き鳥が届く。機嫌が悪いのかルカは次々に口の中へ放り込んでゆく。

 そんなルカを見ながら彼はなんとなしに新しい話題へと移った。


「そういやこの前ギルドにいた時にな、そこにいたよれよれのじーさんと話したんだけどな。どうも聞いた話によると魔族には美形がおおいんだってよ」


 ガタッ!


 ルカはその言葉を聞くといきなり席を立った。


「ど……どうした? ルカ」

「ヨハンさん……それ、本当ですか……?」

「……え?」

「俺……行ってきます。美女探しに!」

「は……?」


 そう言うとルカは颯爽と店を後にしたのだった。


 残されたヨハンはつくづく変わった男だな、と再び思いつつ焼き鳥の皿に手を伸ばした。


「あれ……。あいつ焼き鳥全部食べやがったのか………」


♦♦♦



 ガサガサガサッ!


 ルカが黙々と獣道を歩いていると奥の方からなにか大きな音がした。何かが空から落ちてきたようだ。ルカは急いでその音がした方へ駆ける。


「この辺からだと思うけど……」


 あたりを見渡してみると背の高い草の一部分がヘコんでいた。近くまで草を掻き分け進む。するとひょっこりとヒトの頭のようなものが見えた。


「人間か……?」


 確かに人間そのものであった、その胴体は。

 だが、その腕には立派な翼が生え、下半身は体毛で覆われ、猛禽類の様な足には鋭い爪が付いていた。


 そう、そこに居たのは半分は人間、半分は鳥の紛れもないハーピーであった。


「!!」


 ルカは思わず息をのむ。


 ルカの存在に気がついたハーピーはキッ、とルカを睨みつけ、そして言う。


「来ないで!」


 しかしルカは更に一歩ハーピーに近づき片膝をついた。そして片手をハーピーに差し出して言った。



「結婚しよう」



「え……え?」


 ハーピーは突然の求婚に驚きを隠せなかった。なんせ今あったばかりなのだから。それに相手は人間である。そんなハーピーに追い打ちをかけるようにるルカがしゃべる。


「どうしたんだいハニー。そんな固まっちゃって」

「は、ハニー!?」

 ハーピーは素っ頓狂な声を上げた。

「何!? 何なのあんた! いきなりあって結婚だなんて!」

「ええっ!? ダメですか!? やましい事しか考えてないのに!!」

「ダメに決まってるでしょ! 私は魔族、あなたは人間なのよ?」

「だからなんだって言うんだ!! そんな種族の壁なんて二人が愛し合えば関係ないんですよ!」

「はぁ!? 無理よ無理! あたしはあんたのこと好きでもなんでもないのよ!? ていうか誰よあなた!!?」

「申し遅れました。私、ルカと申します。キリッ」


 ルカは自己紹介をしてキリッと言った。自分で言った。ハーピーは呆れている。


「なんなのよあんた……」

「あなたの夫です」


 もはやこの男に恥ずかしいという感情が欠如しているのではないかと思えてくる。


「なんであたしなのよ……」

「好みだからです。好きだからです。あぁん、もうたまらないっ!」


 ルカは体をクネクネとさせる。

 はぁ……、とひとつため息をつくとハーピーは無意識に脚をさすった。


「もう……帰ってくれない?」

「………………」

「……はやく」

「……わかりました。では失礼します」


 そう言い残すとルカは足早にその場を去ってしまった。辺りに静寂が訪れる。


「一体全体何なのよ、あいつ……」


 ハーピーは立ち上がろうとした。脚に鋭い痛みが走る。


「ッ!」


 そして再び座り込んでしまう。


「もう……なんなのよ今日は」

「僕とあなたの出会った日ですよ」

「え!?」


 声のした方を振り返るとそこにはルカの姿があった。


「いやぁー、何の日か?って記念日に聞かれたら答えるしかないですもんね」

「…………」


 再びいきなり現れたルカをハーピーは鋭く睨みつけた。ルカはそんな彼女に手を差し伸べた。


「なによ……」

「脚、怪我してるんでしょう?」

「…………」

「違いますか?」


 二つの視線がぶつかりあった後、ハーピーは顔を背けて呟いた。


「……ニンゲンには…………頼らない……」

「なんでそう種族が違うだけで拒むんですか?」

「……ニンゲンはヒドイ……から……嫌い」

「あなたにヒトのなにがわかるんですか?」

「……仲間が被害をうけた……から……ヒドイ……」

「そんなやつが居たから僕もそういうやつだと?」

「…………」

「あなたのその考えで行くと僕にとってハーピーは麗しい種族ってことに……あれ? あってる……」

「…………」

「なにか言ってくださいよ」

「…………」

「まったく、素直じゃないんですから」

「…………」

「まぁ、そこも可愛いんですけどね」

「…………」


 ルカはハーピーの正面で背中を向けた。


「ほら、乗って。おぶってあげますよ」

「いや、あたし飛べるんだけど……」

「!? 怪我してるんじゃなかったんですか!?」

「それは足だけよ。羽根はなんともないもの」


 ハーピーはバサバサと羽を動かしてみせた。


「なんでケガしてないんですか! おんぶさせるとこでしょ今のは!! それで体全体で『女の子』を感じたいんですよこっちは!!」


 ルカはすごい剣幕でハーピーをまくしたてる。


「………………」

「はぁ…………」


 と、ここでルカにあるの脳内にある仮説が浮かび上がった。


(もしかしてこの子、飛ぶことが苦手なんじゃ……!)


「それじゃああたし帰るわ」


 そう言ってハーピーは中に舞い上がった。


「飛べるんかーい!」

「さっき言ったばっかりじゃないの……」

「くそぅ……僕の計画が台無しじゃないですか」

「知らないわよそんなの」


 ハーピーは呆れ顔だ。


「あ! そういえばまだ名前教えてもらってませんよ! なんて言うんですか!?」

「えー……」

「人に名前を聞いておいて自分は言わないだなんて!」

「まぁ……名前くらいいいか」


 ハーピーはそう呟くと言った。


「あたしはセラよ。まぁ、もう二度と合うことはないでしょうけど。それじゃあ」


 そしてそのまま飛び去ってゆく。ルカは即座に木に登り始めた。なんとか上まで登り終えると、彼方にハーピーが飛んでいるのが見えた。


「逃しませんよ……フヒヒ……」


 その顔はまさにストーカーの顔であった。






♦♦♦





「ハァ…………ハァ………」


 ルカはハーピーが飛んでいった方向をただひたすら真っ直ぐに進んでいた。彼を動かしているのは最早執念である。


「くそぅ……どこだ、どこにあるんだ」


 ルカがセラの住処を見つけようと奮闘していると、近くから羽音が聞こえてきた。目を閉じ、聞き耳を立てる。それが聞こえなくなるまでルカはその状態を保った。


「……よし」


 顔には満面の笑み。ルカは軽やかな足取りで進んでいった。





♦♦♦




「ここか……。ここが、ハーピーの集落か」


 ルカはハーピー達の集落に堂々とつったっていた。そんな堂々としているからにはすぐに目立つわけで……。


「!?」


 一匹のハーピーと目が合う。ルカはウインクをした。恥ずかしさを微塵も見せずにウインクをした。


「ニンゲンよ! ニンゲンがいるわ!!」


 案の定、ハーピーは叫んだ。その声につられて他のハーピーたちが姿を現した。


「え? ニンゲン!?」

「どういうこと?」

「なんでこんなところに!?」


 ルカの周りを色んな言葉が飛び交う。ルカはそんな中目が合うすべてのハーピーにウインクをしていた。


「くそ……なんでみんな睨み返してくるんだ!」


 ルカは改めて周りを見渡した。沢山の可愛らしい目が鋭くルカを睨みつけている。


「にしてもみんな可愛いな……天国か、ここは……うぅっ!」


 感激の涙がルカの頬を伝う。そんなことをしているとルカを囲うハーピー達の円の中から一匹の凛々しいハーピーが出てきた。



 ハーピー達はその凛々しいハーピーのために道を開ける。


「あなたは……クィーンハーピーですね」

「いかにも」


 ルカはクィーンハーピーと目を合わせた。吸い込まれそうな翡翠色をした綺麗な瞳だ。ルカは思わず息をのんだ。それほどに美しいのだ。


 続々とハーピーたちが姿を現す。気づいた時にはルカはハーピーの円の中に居た。


「わらわの村に何か用があるのか? ニンゲン」

「ルカです。以後お見知り置きを」

「…………それで?」


 クィーンハーピーはルカのことをじっくりとねめまわす。ルカはビシッ、と姿勢を正して言う。



「私、ルカは、セラさんのことを嫁にもらいに来ました!」



 辺りの空気が止まる。


 と、そこにセラがやってきた。


「えっ! なんであんたがここにいるの!?」


 ハーピー達の視線が一気にセラに注がれる。


「セラよ………」

「あ、はい。なんでしょうか女王様」

「おぬしはあのニンゲンと知り合いなのか?」


 あんぐりとした表情でクィーンハーピーが尋ねる。セラは複雑な顔をして答えた。


「さっき森の中で初めて会いました……」

「初めてだと?」

「はい。そしていきなり……」

「いきなり?」

「そっ、その……け、結婚しよう……だなんて言ってきて……」


 セラは顔をあからめながら消え入りそうな声で言った。


「そのうえしつこいんです! 女王様! どうにかしてください!」

「わかった」


 クィーンハーピーはルカの方に向き直った。それまでざわついていたハーピー達も、空気を読み口を止めた。


「ルカとやら、おぬしを信用するために頼まれてほしいことがある」

「はい、なんなりと!」

「最近、ニンゲンの村を襲う魔物の集団がいると聞く。そいつらをどうにかして欲しいのだ。やり方はおぬしに任せる。わかったか?」

「はい。でも、どうして人を助けるようなことを?」

「ちがう」


 クィーンハーピーはキッパリと言った。


「わらわたちのためだ。魔物がニンゲンを襲えば、腹いせに魔物を襲うであろう?」

「なるほど」

「最後におぬしに一つ忠告がある」

「なんですか?」

「他のニンゲンにここのことは絶対に話すなよ?」


 クィーンハーピーは毛を逆立ててルカに迫った。それは目だけで人を殺せてしまうんじゃないかと思うほどの鋭さであった。


「わかってます」

「ならばいい」

「帰ってきたらあなたと一対一で話してみたいですね」

「フッ……帰ってこれるならばな」

「約束ですよ」


 ルカはクィーンハーピーにウインクをするとハーピーの集落をあとにし、例の魔物を探しに行ったのであった。

 ルカの姿が見えなくなるとクィーンハーピーはセラに言った。


「おぬしはあやつを観察しにいけ」

「え!?」

「あやつが話をでっち上げるかもしれぬ。そのために監視するのだ」

「は、はい」


 セラは仕方なしに頷くと羽を羽ばたかせた。




♦♦♦





「ハァ………ハァ………」


 ルカの体力はもうすでに限界を超えていた。それもそのはず、セラと出会った場所からハーピーの集落、そし今いる場所までほとんど止まらずに歩いてきたのだ。気合とは時に強大な力を発揮するようである。


「ふぅ……」


 しかしそれも底をつきた。

 ルカは木の根本に座り込んだ。今の彼にはもはや立ち上がる力さえ残っていなかった。


 ──すこしだけ……休もう……。


 ルカはゆっくりと目を閉じた。

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