Collateral Calls-コラテラル・コール-
鰤(クワドラプラス/宮尾武利)
第一部:ザンクト・ツォルン襲来
01 First Contact-接触-
空は誰のものでもないし、誰のものでもあってはならない。本音を言えば僕はそう言う風に考えているのだけれども、それは僕一人の勝手な理屈でしかなく、世界は空を巡って争っているわけであるし、結局僕も空を守るために戦わざるを得ないのは、僕自身この時代この世界この国に生まれた以上受け入れなければならないことなのだと自分に言い聞かせる日々を繰り返している。
「ザンクト・ツォルンはどう出ますかね?」
監視飛行艇の側面からやや雲の多い空を見下ろしながら、【制空権】を争う相手の名を出して、僕は横にいた先輩に問いかける。
「数が違うんだ。奴等だって愚かじゃあない」
「ラインキルヒェンの上空が、奴らは欲しいのでしょう? じゃあ狙うのはセブンスだ」
「だから俺たちが監視している」
「そうなんですけど、そうじゃなくて」
セブンス・サテライト・スカイル――第7高高度衛星飛行島は僕たちが住む人工飛行島の名だ。セブンスはこの世界に存在する複数の巨大人工飛行島のひとつである、本島ガイスト・スカイルの周りに浮かぶ小さな衛星島のひとつであり、民間人が多数住む住宅島ではあるのだけれども、ラインキルヒェンを含む未だ資源豊かな大地の上空に浮遊していて、防衛の意味でも重要な拠点のひとつでもあった。
汚染や水没で住める地表が劇的に減少し、宇宙への移住にも間に合わなかった人類は、その間に発達した重力制御の技術と【もう一つの技術】を使って、高空開発に乗り出し、今や人口の殆どは各国が建設した人工飛行島に移り住んでいた。
「フィフスは本島や地上とのラインを絶たれて、孤立したんですよ。制空権を取っていたはずなのに。あれだって、数はこっちが上だったはずです」
「そうして、ザンクト・ツォルンの主力はフィフスに駐留している。すぐに攻めてくることは無いさ」
「僕が心配性だって言いたいんでしょう」
「そうは思いはしないさ。その視点は、上に上がってから初めて意味を持つという話なだけであってな」
先輩はそう言ってまるで子供を相手にするみたいに僕の頭を撫でてきた。僕だってもう17なのだから子供ではないわけで、3つしか違わない先輩にこういうことをされるのは少しばかり不愉快であったけれども、先輩はこういう人だから悪意が無いのであろうということは理解していたわけであるし、僕も大人である以上大きく反発するものではないなと思い何も言わないことにした。
「お前は、いずれ上に行く男だからな。考えるのはいいことだろうさ」
「何も決まってはいないですよ。皆さんそう言うけれど、僕はそれほど特別じゃない」
元幕僚長の祖父を持つ僕は、この一警備隊に属しているだけであったとしても周囲からは特別視されて見られがちで、いずれは本島の正規軍に属して、幹部になるのだろうと思われているのだけれども、僕としてはそんな気はさらさら無いので少しばかり迷惑な話でもあった。
父は正規軍はおろか、警備隊や予備役にすらなったことのない民間人だったというのに、父を飛び越して僕に期待されても困ってしまうというところはある。
「ゾアスア! ヨエク! こっち来てくれ!」
不意にブリッジから先輩の名と僕の名を呼ぶ船長の大きな声が聞こえてきて先輩と僕はブリッジの方を見る。
「只今! 行くぞ」
「何でしょうね、急に」
先輩と僕はブリッジに向かって駈け出しながら言葉を交わした。ブリッジに入ると、11人いる船員の殆どがすでに集まっていた。
「敵襲です?」
「かもしれないし、違うかもしれない」
索敵を担当するカセキさんが端末を操作しながらそう言うと、中央の映像投影装置に僕らの船と周囲の物体との位置関係を示したレーダー映像が浮かび上がった。
「領空の外ですが、ガイストに向かって物体が4体接近しているのを確認しました」
「敵襲としては、数が少なすぎますね」
つい、カセキさんの説明にかぶせるように思ったことを率直に言ってしまって、慌てて船長の顔色を窺った。
「小さな衛星島でも、4体で攻め落そうなんざ考える輩はいないだろうからな」
「早くて、どれぐらいで領空に入る?」
船長の言葉を受けて、先輩はカセキさんに問いかけた。
「15分、もしかしたら10分かも」
「こっちが境界まで行くのには?」
「ゾアスアさんとヨエクくんなら、5分かからずってところですかね」
「所属は? ザンクト・ツォルンか?」
「4体とも未登録で把握できませんが。ザンクト・ツォルンにこの速度で迫れるのがいた記憶はないですし、先頭のは我々が把握している一般的な個体よりもちょっとでかいようにも見えますね」
「分かった。船長どうします、出る準備します?」
先輩は船長の方を振り返ってそう問いかけたけれども、船長はかすかに唸り声を上げながら問いかけに答えず、じっとレーダー映像を見つめていた。僕もそんな様子を一瞬横目で確認したけれど、すぐにレーダー映像の方を注視するようにした。気になる点が、いくつかあった。そして沈黙そのまま数十秒経った。
「何か言いたいことがあるなら、言っていいぞ。ヨエク」
船長の声を聞いて、僕は船長の方を振り向いた。その表情は何か言いたいことがあるなら言っていいぞ、というか何か言え、って感じにも思えた。
「先頭のと、他の3体と。編隊になっていないですよねこれ」
「追われてるってことか」
「飛んでくる方向も、ザンクト・ツォルンの拠点がある方向じゃないです」
「我々が知らない拠点が存在している可能性は十分考えられるぞ」
「それは知りませんよ。知っている限りでの話なのは勿論です」
「どちらにしろ、確認しなきゃ分からないなら、出るしかないでしょうに。船長」
僕と船長の会話を制止して先輩がそう言ったけど、その通りだと僕も思った。結局のところ、相手が領空に入ってくる恐れが高い以上、相手が何物であろうと出ざるを得ないのが僕たち警備隊の仕事だ。もし攻め込まれようとしているのなら、逃げて犠牲を出したくないと、僕と先輩を失いたくないと考えているから、船長は慎重なのだろうけれども。船長と先輩のやり取りは続く。
「確認が済んだら、すぐ戻ってくるか?」
「それは相手の出方次第でしょう」
「その出方次第で、戦争になるかもしれないんだぞ。先に船を近づけて警告をする手もある」
「じゃあ、何のための俺とヨエクなんです。出方次第で、船を失う方がよっぽどコトですよ」
「しかしだな」
「どう思う、ヨエク」
先輩にしたって船長にしたって、何でもそうやって僕に意見を求めようとしてくるのは責任を感じて少し重たいのだけれども、僕も僕の立場として思ったことは確かに言うべきだろうと思う。
「出るしかないですよ。船を危険にさらせません」
「戦闘経験は無いだろう」
「だったら最初から、経験者を船に乗せるべきって話じゃないですか。でも、いないから僕たちがここにいるんですよ。そしてここにいる以上、僕たちだってやることは一緒だ」
「やれるのか」
「自信の有無じゃないですよ」
「やむなしか、恨むなよ」
「じゃあ!」
「出撃の準備をしろ、準備出来次第出ていい。目視次第報告。並進して領空離脱を説得しろ。戦闘になったら無理に戦おうとせず、離脱だ。お前たちを失えない」
「ッハイ!」
僕の返事を聞いた先輩はにやっと笑い、船長はため息をついていた。
「出るなら、そろそろ出ないと!」
カセキさんがそう叫ぶのを聞いて、僕と先輩は顔を見合わせてブリッジの外へ飛び出した。
「いいか、離脱を躊躇うなよ!」
船長の念を押す言葉に僕は「分かってますって」と答えて、船の一番後ろにある、だだっ広い出撃口まで駆けつける。そこで船員の中唯一ブリッジに現れず、自分の持ち場で待機していた女性、スウケさんに声をかける。
「スウケさん! 僕とゾアスア先輩で出ます!」
「やっぱり敵かい?」
「それを確かめます! アズールを出してください!」
「スウケ、俺はポイズナで頼む」
「分かってる、任せな」
スウケさんは28歳。若いメンバーが多いこの監視船の中では、壮年の船長に次いで年長であり、戦闘に参加したことのある彼女は非常事態でも落ち着いている。それに、この船には絶対欠かすことが出来ない、大切な人材だ。彼女にしかできない、特別で貴重な技術の持ち主だからだ。
「いいかい、呼ぶよ!」
そう言って彼女は首元にぶら下げていたゴーグルを上げしっかりつけると、船の動力パイプに直結している特殊な薄型端末を操作し始める。それと同時に、広い空間に電撃に似た光と音がバチバチと去来し始める。
「来るよ! 下がってな!」
光が強くなるにつれ、その中心には2つの大きな生き物の影が現れ始める。
一つは青い皮膚を持ち、鋭い牙と鋭い爪、薄い皮膜の大きな翼を持った影。もう一つは黒い体で小さな頭を持ち、四対の透明な膜の翼、先のとがった尻尾を持った虫にも似た影。
ただ端末を触っているだけに見えるスウケさんだけど、実際には緻密な計算と操作を求められる、難しい作業をしている。一歩間違えれば、船そのものが吹き飛びかねないとんでもない作業だ。それぐらいのリスクを伴う作業なのだ。
竜を呼び出すと言うことは。
「アズール! アズール!」
「キュイ!」
光が収まり、僕がそう叫びながら青い方の竜に近づく。この竜こそ、彼女こそ、僕の竜。力強さ、しなやかさ、素早さを兼ね備えた、レグルス種のアズール・ステラだ。
「アズール、君の力が必要なんだ。力を貸してくれるな?」
「キュイィ!」
いかつい外見からは想像つかない、かわいらしい鳴き声も、アズールの魅力だ。それだけじゃない、その全てが魅力的な、僕の最高のパートナーだ!
「愛着持ったって、つらくなるだけだぞ」
「旧時代の戦闘機乗りだって、愛機を女性に見立てて大事に愛してたんですよ」
「竜乗りは、竜を道具として扱って初めて」
「一人前って言うんでしょう? 何度も聞いてますし、その考え方だけが唯一の、先輩の尊敬できないところなんです」
「各々の考え方だ」
「先に言ったのは先輩でしょう」
そんなちょっとした口喧嘩をしながらも、僕たちは出撃の準備をする。各々の竜に乗り、ゴーグルを着用し、安全帯をしっかりつけて、簡易ヘルメットを着用し、口元をマスクで覆う。
高高度を高速で移動するのに、旧時代からしてみればこれでも軽装備なんだろうけど、人間の適応能力はすごいもので、僕らはこれでも十分に耐えられるわけだ。
「死ぬんじゃないよ、ゾアスア」
「大丈夫だ、お前が待っててくれるなら」
ポイズナに乗った先輩は、そばに寄ってきたスウケさんに顔を寄せるため、ポイズナを伏せさせた。スウケさんは両手で受け止めるように先輩の顔に触れ、優しくひと撫でした。
「見せつけますね」
「悔しいか?」
「8つ上っていうのは、ちょっと」
「ヨエク! あんまり言うとアズールもう呼んでやんないよ!」
「それは勘弁です!」
「まぁ、それも各々の好き好きってやつだ」
「さ、そろそろリミットだろう? ハッチを開くよ!」
スウケさんが先輩とポイズナから距離をとり、壁面に設置された電子パネルを操作する。同時に船の後ろのハッチが開き、冷たい空気が一気に流れ込んでくる。飛ばされないよう、スウケさんは勿論安全帯を付けたうえで壁面の取っ手にしがみついている。
「アズール、実戦になるかもしれない。気を引き締めていくよ!」
「キュウキュイイ!」
「ポイズナ、しっかり従えよ」
「ビュウゥ」
ハッチが完全に開いていることを確認して、僕と先輩はドラゴンを一歩、二歩と前に進める。緊張は、している。でも、不謹慎なことは分かっているけど、わくわくしているのも事実だ。僕のこの、胸の高鳴り。
「ゾアスア・メイデイ! ポイズナ・パセム、出る!」
「ヨエク・コール! アズール・ステラ、出ます!」
先輩と僕は自分の乗っている竜を操作して、立て続けに船の後ろから広い大空へと飛び出した。瞬間、目まぐるしく景色が動き回る。この瞬間は、何度体験しても慣れないけれど、すぐにあたりの景色を確認してアズールに姿勢を直させ、謎の物体が迫る方向を向く。
「ヨエク! 竜石の干渉で聞こえるな!」
「聞こえます!」
竜石から、先輩の声が聞こえてくる。竜石は竜の背中に配置された球状の半透明な石で、僕たち竜乗りはこれを使って竜を操作している。召喚と竜石、この二つを合わせた一連の竜関連の技術こそ、重力制御と並ぶこの時代の革命的発明だった。
「少し出遅れた。飛ばすぞ」
「先輩がスウケさんとあんなことしてるからでしょう!」
「お前も彼女を持てばわかるさ」
「だから、悔しくはないですって!」
僕を乗せたアズールと、先輩を乗せたポイズナは羽を軽く震わせ、小さくひと鳴きすると一気に加速する。竜はその身に超自然的かつ超常的な力を持っていて、僕らが旧時代に考え得る物理法則を無視した運動性や高速移動、驚異的な戦闘能力を有している。
高速と言っても、驚異的な戦闘能力と言っても、それ自体は戦闘機には及ばい。それでも、竜は戦闘機に勝ち、歴史は変わった。竜には、人が作り出したあらゆる兵器のその殆どが効かないのだ。勿論それも、竜の持つ力によるものだ。人々は、安直に魔力と呼んで怖れ、そして利用した。
「ヨエク、しっかり見ろよ。目視出来たら報告だ」
「分かってます」
片手は竜石に置いたまま、竜にぴったりと体を密着させ、竜に近い目線で前を向く。早ければあと、十数秒で目視できる距離だ。鼓動が、早くなっていくのを感じる。その時だった。不意に何かが聞こえてきた。
『けて……助けて……』
誰かの声だ。多分、女の子の。でも、聞こえた、って表現があまり適当じゃない。周りに誰もいない。竜石の干渉で聞こえてきた声でもない。今のは僕の頭に響いたんだ。何だこれは、幻聴?
「見えるぞ、ヨエク!」
「ッハイ!」
先輩の声を聞いて、頭を振る。僕は緊張しているのか? 高揚しているのか? 幻聴が、何だっていうんだ! 竜石を動かして、さらにスピードを上げる。
「ヨエク! 逸るな!」
「焦ってはいませんよ! でも!」
猛スピードで接近してくる謎の飛行物体。いや、間違いなく竜だろう。全容を早く確かめなきゃいけない。僕はアズールを操って、どんどん近づく。
「……4体! レーダー通り!」
「竜か!?」
「竜です! 正面で見ても分かる、先頭の、カセキさんの言う通りでかい! 船長も! 聞こえてますね!」
「聞こえている!」
船にも竜を操る能力をオミットし、それ以外の力だけを有した疑似竜石を搭載してあり、それで会話が可能だ。
「転進しろ! 並進するぞ!」
先輩は言いながら、ポイズナを大きく回転させて、船の方向を向いた。向かってくる竜に合わせるため、少し速度を落とす。僕もまた、アズールに同じように転進を促す。
「怯えるなよ、ヨエク・コール」
僕は自分にそう呼びかけた。独り言だって、こういう時は重要なんだ。自分に言い聞かせることで、いい効果が生まれることだって多いんだ。
『助けて……助けて……!』
だというのに、僕の幻聴はひどくなる一方だ! もしかしたら本当に、幻聴じゃないのか? 追われている、あの竜の声なのか?
アズールとポイズナは四体の竜のやや前方で、四体と進行方向をしっかり合わせて、再び加速し並進する。でも、4体の竜の方が速くて少しずつ、本当にわずかずつ僕たちは後ろに流れていく。それでも落ち着くことではっきり見えたのは、四体のうち僕らと同じように人が乗っているのは、追っている三体のうちの先頭の竜だけということ。
それともう一つ。逃げている先頭の竜の、見たこともない美しさだった。
体は普通の竜の3倍近くある。顔は、爬虫類に似た一般的な竜の面影もあるけれど、どちらかと言えば肉食の哺乳類にも似ているような気がした。手足も、わざわざ手足と表現するほどに、四本足の体躯ではなく人に近い、直立に向いた長さをしているが、その指先は鋭い爪を持つまさに獣のものだった。
翼は鳥のような羽毛に覆われており、そして何より目を引いたのは、全身が獣のようなふわふわの体毛で覆われていることだった。その色は純白。日の光に照らされて、銀色に輝く。ゴーグル越しにでも、わかる、格別の美しさ。アズールと言うものがいながら、僕は、間違いなく、一目惚れしていた。
「ヨエク、聞こえるな! どう見える!」
「あ、聞こえています!」
「どう見えるかと聞いている!」
「その、一人で三体を操っているみたいです!」
「竜石は、一体しか操れないんじゃあなかったのか!」
「そうですけど! そこの人、あなただって竜石の干渉で聞こえているんでしょう! こちらはセブンス警備隊のヨエク・コール! ここはもう、ガイストの領空ですよ!」
先輩との会話を続けずに、僕は3体の竜を操ってる竜乗りに問いかけた。竜乗りはやや間が空いた後、意外にも返答してきた。
「領空に入ったことは謝罪する。だが、私にはやらねばならないことがある」
「あなた! どこの誰です!」
「答える理由が無い」
「そう言ったって、ユナイトの人間でしょう! 海の方から飛んできて、未登録の、所属不明の竜で、こんなスピード出せる竜なんていないでしょうに!」
ユナイトは、ガイスト同様巨大人工飛行島のひとつであり、最初にして最大の島である。複数の国家が国家総動員の一大事業で作り上げ、そのまま連合国となった、故にユナイト。竜を兵器化した最初の島であり、未だ国力は世界最大だ。
「察しがいい。なおさら、答える理由が無いな!」
「認めているようなもんでしょう!」
どうする、引くことは出来る。でも、引いてどうなる?
「こちら同警備隊、ゾアスア・メイデイ。追っている竜は何だ? 捕まえれば帰るのか?」
「捕まえれば帰る。だが、竜については答えられないな」
「とことん答えない気か」
先輩と相手のやり取りを聞きながら考える。捕まえれば帰ってくれる。そのことに嘘は無いだろう。それは最善の選択肢だ。だが、ここはガイストの領空内。それを許していいのか? でも、戦って勝てる相手ではないだろうし。どうすれば!
『助けて……助けて!』
ああもう! この幻聴が! この声が! 純白の巨大竜の声だっていうなら! 僕は助けるしかないじゃないか!
「ヨエク! 何故接近してる!」
「この純白の竜が! 助けを求めてるんですよ!」
「何を言っている、ヨエク!」
先輩の制止を振り切って、僕はアズールを竜たちの真後ろに移動させる。追い付けなくても、背後から追いかけられれば無視はできない!
「戦い方を知らない子供が、背後を取ることの意味が分かっているのか!」
「その竜が、助けてって言ってるんです! だったら、助けますよ!」
「何っ……貴様、アイラムの声が聞こえているのか!」
「アイラムだって? それは始祖竜の名じゃないか!」
アイラム、その名に僕が驚いている隙に、相手の三体の竜は素早く転進をする。まずい、僕を攻撃するつもりだ! でも、それなら僕が彼をこのまま煽って囮になれれば、銀色の巨竜アイラムは逃げられるかもしれない。
『……あなた、私の声が、聞こえているのですか?』
そしてまた幻聴だ! これで、もしこれがアイラムの声じゃなかったらどうすりゃいいんだ! さっきのあの男の驚きっぷりからしても、これはアイラムの声なんだろうけど、僕には確かめようがない!
いやそれを気にしてたら僕がやられてしまう! 男は三体の竜を散り散りに動かし、僕を挟み撃ちにするつもりだ。
落ち着け、こういう時の初撃は、こっちの出方を見るために……前から、わざと狙って当てに来ないから。下に!
「キュイ!」
僕の竜石の操作に呼応して、アズールが高度を下げる。ほぼ同時に目の前の男が乗った竜は前方に雷撃のブレスを放つ。雷撃の余波と、すれ違う衝撃波で少しバランスを崩したけど、避け切った。
『聞こえているのですか? もし、私の声が聞こえるならこのまま私に付いてきてください!』
聞こえているさ! ああもう、仕方ない! 仕方ないぞこれは! 僕はアズールに、アイラムについていくよう指示をした。
「ヨエク! 船の方向とずれている! その竜を助ける義理は無い!」
「分かってますけど! 助けざるを得ないんですよ!」
「お人よしめ!」
先輩が僕を咎めるのも分かる。それでも、こんな声が聞こえて、助けないわけにはいかないでしょうに!
『貴様、やはりアイラムの声が聞こえているな!』
また幻聴! と思ったけど、今度はアイラムの声じゃない、さっきの、竜に乗っていたあの男の声だ! ああもうああもう! 何なんだ一体! アイラムって竜もあの男も、何だっていうんだ!
『アイラム、その男を守るつもりか!』
『私が守りたいのは、この世界です!』
『その世界の秩序を、お前が乱そうとしているのだ!』
『秩序が世界を壊しては、本末転倒だと、何故わからないのです!』
僕の頭の中で、男の声と女の子の声が入り乱れる! 耳で聞こえる音と頭で聞こえる声。情報が混乱して、脳みそがおかしくなりそうだ!
「ヨエク、どうした! 高度が下がっている! 何をしているんだ!」
「大丈夫、です。ちょっと、頭が痛いだけで」
「ヨエク、船に戻れ! 戦えないだろ!」
先輩の言葉はもっともだ。でも、そもそも逃げ切れるのか? この状態で、僕が。
『安心してください……私はあなたを探していた。あなたを見つけた今なら……私は、逃げる理由は、無い!』
僕の前を飛んでいたアイラムは体を起こして急浮上し、身をひるがえす。足を下にして、まるで大地に二本足で立つような姿勢を見せる。僕を探していただって? 何だそれ、どういうことだ?
『私の前に立ちはだかるか、アイラム!』
『あなたの力では、私を倒せないと、分かるでしょう!』
『倒す必要は無い、私は、貴様を連れ戻せばよいのだから!』
男はそう叫ぶと、男を乗せていた竜が突然その場で急浮上を始める。そしてその数秒後、男は突然竜の背中から飛び出した!
「何だあれは……何が起きている!」
先輩が驚くのは無理もない。僕も驚いていた。男が飛び出したことじゃない。勿論それも驚いたのだけれども、それに驚き切る前にもっと驚くべきことが起きた。
突然、男の体を黒い光が覆ったかと思うと、男の周りに黒い稲光のようなものが現れ始める。この光景は知っている。この光景は、何度も見たことがある。それは、竜を召喚するときに起きる現象だ。でも、その中心に人間がいるなんてこと、あり得ない!
そういてみてる間に黒い光の中でかすかに見える男の体が膨張を始める。何もない空間に、竜が現れるんじゃない。男自身が、竜になろうとしているのだ!
「人間が、竜に変身するなど!」
「じゃあ僕たちは、何を見てるっていうんです!」
「変身? ゾアスア、ヨエク、何だ! 何を見ている!」
「分かりませんよ!」
竜石の干渉で船長が話しかけてくる。目視しなければ、今起きていることなんて信じがたいことだろう。
そして今、僕たちの見ている前で男は変身を果たして、光の中から現れその姿を僕たちの目の前にさらした。
全身の皮膚は黒く、鱗も荒くごつごつしているが、二本の足を下にして二本足で立つような姿勢をしており、フォルムはアイラム以上にスマートでより人間に近い。長いしっぽと、腕、背中、頭に生えた二対の角には、無数のとげが飛び出している。そしてその体躯は、アイラム同様普通の竜の3倍近くある。人間らしいフォルム、でも、変身の過程を目の当たりにしていなければ、この竜が人間だったことなど想像しがたい、人間の面影を残さない姿だった。
『どうしても、引いてくれないのですか、サドゥイ!』
『貴様が大人しく捕まってくれれば済むのだよ、アイラム!』
対峙する二頭の巨大竜を見ながら、その周りを旋回しながら、僕は高度を戻していく。
「何なんだよ、これは。僕は……何に巻き込まれているんだよ……!」
突然現れた巨大な純白の竜アイラム。
彼女を追っていた男サドゥイは漆黒の竜に変身した。
でもそれは、僕の身に起きることのはじまりにしか過ぎないって、この時はまだ気づいていなかった。
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