第12話:〈狩人〉出陣 【藪の毒蛇】

 既に診察時間は終了し、人が出払っている診療所。その診察室に、バンの姿があった。最低限の灯りの中で、水に濡らした砥石を用意し真剣な眼差しで何かを砥いでいる。

 それは一見、糸のようにも見えた。それほどまでに細く、短い。小気味良く一定のリズムで両手を動かす。時折水を振り払い、切っ先の出来をじっくりと眺める。納得した様子で乾いた布を取り、水気を取っていく。

 普段滅多に使うことのない、特殊な注射針。先端を指先で確認する。肉眼ではほぼ見えないが、凹凸の感触が伝わってくる。異常なまでの細さとこの加工により、刺された時の痛みを極限まで抑えることができるという代物である。

 片手に収まるような短いシリンジに針を取り付け、中身を押し出す棒プランジャを押す。針先付近に指を当て、空気が出るのを確かめる。

 最後までプランジャを押し切ると、バンは戸棚から小瓶を取り出した。貼られているラベルには髑髏どくろのマーク。劇薬である証拠だ。

 蓋を回し開けた先には、ゴムによる厳重な栓がされている。そのゴム栓に針を突き刺し、プランジャを少しだけ引く。瓶の中身が少し引き上げられ、シリンジに溜まったのを見ると、針を抜いて固く蓋を閉めた。

 シリンジ内の空気を抜いて、内容液量を確認する。僅かな量だが問題はない。十分に致死量だ。

 針に蓋をつけて、白衣のポケットに忍ばせる。その裾を翻し、つかつかと闇の中を歩いていった。





 繁華街を少し離れた路地。ランタンを手にぶら下げたロドリゴが、一人フラフラと歩いていた。相当酒を飲んだらしく、その足取りはおぼつかない。時折しゃっくりを出しながら、鼻歌交じりで呑気に歩いていた。

 不意に彼が身震いをする。尿意を覚え、周囲を見渡す。ある建物の裏に、茂みを発見した。良い場所を見つけたとばかりに千鳥足で歩み寄る。

 思ったより大きめの藪を前に立ち止まり、ズボンを下げようとするロドリゴ。そのくるぶしを狙って、茂みの中から白い腕が伸びてきた。

 針が突き刺さり、内容液が注入される。事が終わると針を抜いて、腕が茂みに消えていく。最後の最後まで、ロドリゴが気付くことはなかった。

 しばらくして、ロドリゴの動きが止まる。力が抜けたように崩れ落ち、草木の中に突っ伏していく。そしてロドリゴは、二度と起き上がることはなかった。

 その全てを引き起こし、観察していた影が一つ。

「不用心にこんなとこ入ってくんじゃねぇよ。【藪の毒蛇】に噛まれりゃ終いだぜ」

 バンはそう言い捨てると、苛立たしげに歩み去っていった。

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