226区 1年2カ月ぶり、3度目の登場(笑)

進路希望調査を出した週末。

気が付けばカレンダーは7月になっていた。


今日は晴美と市内のショッピングモールへ買い物にやって来た。


「でね、麻子ったら、陸上推薦が来たらどんな大学でも行くって。理由は受験勉強をやらなくても済むからだってさ」

「なんとも、あさっちらしいかな」

晴美と喋りながら、ショッピングセンターの中を色々と見て歩く。


晴美はスカートを、私はサンダルを買う。


「ねぇ。あれ、さやっちじゃないかな」

晴美が指差す先には見慣れた人物が1人で立っていた。

ショートカットに左側だけ小さく作ったお団子。

どこからどう見ても紗耶だ。


私達はそろって紗耶に声を掛けに行く。


「やっほー」

「何をしてるのかな。さやっち」

私達の声に紗耶はすぐに振り返り、私達の顔を見るとすぐに笑顔になる。


「えっと……はるちゃんに、せいちゃん?」

「いや、なんで疑問形なのよ」

紗耶の態度に私は思わず笑ってしまうが、晴美は笑顔を引きつらせていた。


「もしかして亜耶かな」

「すごい。はるちゃん分かったんだ」

紗耶かと思っていたら、なんと双子の姉、亜耶だった。


「なんで亜耶がこんな所にいるのよ。しかも紗耶と同じような髪型をして。てか高校生になってから、毎年一回会ってるわよね私達」

私はため息交じりに亜耶を見る。


自分で言っておいてなんだが、亜耶に出会うのはまさに定期イベントといった感じだ。


「いや、私だって桂水市へ買い物に来ることだってあるよ。もうすぐ母親の誕生日だし、プレゼントを買いに来たの。あえて違う物を選ぼうってことになってるから、紗耶は別の所で買い物。多分、笠戸市にあるデパートに行ってると思う。あ、そうだ。ねぇ、はるちゃんとせいちゃん、ちょっと時間ある? ファミレスでお茶でもしない」


亜耶に突然誘われ、私と晴美は顔を見合わせる。

私達も特に予定はなかったので、亜耶の提案に乗ることにした。


3人で駅前近くにあるファミレスに入る。

ここは入部してすぐのころ、部員全員で昼御飯を食べに来たところだ。

あの時は葵先輩の大食いを初めて見て驚いたものだ。


3人ともそれぞれ適当にデザート系を頼み、世間話を始める。

学年的こともあり、どうしても話題は進路のことになる。


「え? 亜耶は留学する予定なの?」

「うん。そのために高校も英語科を選んだの。卒業して半年間、英会話をしっかりと勉強して9月からイギリスに行くつもりだよ」


海外に留学。なんとも凄い話だと思った。

永野先生が聞いたら、卒倒しそうな話だ。

主に移動手段について。


ウエイトレスが運んで来たデザートを食べながら、お互いの学校や普段の生活について話が進む。


と、亜耶が手を止めた。


「そうだ。2人に聞きたいことがあったんだ」

急に真面目な声になった亜耶を前に、私と晴美はお互いの顔を見て首を傾げる。


「いきなりどうしたのかな」

晴美が聞いても亜耶はすぐには喋り出さず、少の間私達のテーブルを沈黙が支配する。


「紗耶のことなんだけどね。部活どうなの? 最近なにか変ったことあった?」

突然のことに私は頭が回らなかった。

紗耶に変わったこと……。

いや、特に変わったことはなかったはずだが……。


「じつは紗耶、ここ数ヶ月、家でも朝練で走ってるんだよね。あと、週に3回くらいは部活から帰ってもまた走りに行くし、そうじゃない日はめちゃくちゃな量の筋トレをしてるんだよ。多分、去年の駅伝が原因だとは思うんだけど……」

亜耶の発言はまさに寝耳に水だった。


普段の練習だけでなく、家でもそんなにやっていたとは。


紗耶はそんなこと、私達には一切語っていない。


ただ、その理由となった原因には心当たりがある……。


「あの時、競技場に帰って来てから、紗耶はめちゃくちゃ泣いていたからね」

もちろんあの時は私を含めて、みんなが泣いていた。


だが、その中でも紗耶は人一倍泣き、そして誰よりも責任を感じていた。


けして紗耶1人のせいで負けたわけではないのだが……。


「さやっちが責任を感じる必要はないと思うかな。あの時のさやっちは、しっかりと頑張ってたかな」

晴美の発言を肯定するように私も頷く。


亜耶もそれを聞いて「だよね」とため息をつく。


「でも紗耶はさ、そう思ってないみたいで……。家でも今年こそは絶対に都大路に行くんだって毎日のように言ってる……。駅伝の失敗は駅伝でしか取り戻せないから今頑張るんだって。それに、そのためにも一年生のなんとかって子……、名前忘れたけど。その子に勝たないといけないんだって、必死になってる」


「うーん。部活だと都大路に行くんだってことは言ってても、失敗を取り戻す的なことは一切言ってないわね。むしろ紗耶がチームの明るさの原点って感じだけど」


私の発言に今度は晴美が頷く。


「そっか。まぁ、元気に走ってるなら問題ないのかなぁ。あ、このことは紗耶には内緒ね」

言われるまでもなく、私は喋る気にはなれなかった。

晴美の表情を見る限り、晴美も私と同意見のようだ。


昨年の県高校駅伝。紗耶は確かに差を詰められたが、先頭を守り抜いたし、4区の3キロ区間でトラックの3000mの自己べストよりも速く走ったのだ。


あれはもう、城華大附属の西さんを褒めるしかない状況だった。

少なくとも私はそう思っている。


だが、紗耶からしてみれば、そんな簡単なことではなかったのかもしれない。



と、私はあることを思い出した。



「そうだ。亜耶に聞きたいことがあったんだ」

「なになに? なんでも聞いて」

なんだか嬉しそうに亜耶が私に迫って来る。


「いや、どこから説明したもんかな……。昨年の大型連休前に、亜耶がうちの高校に来た時の話なんだけね……」

私が説明に困っているのとは対照的に、亜耶は何度も頷きながらじっとこっちを見る。


まるで、餌をもらえるのが嬉しくて待ちきれない犬のようだ。


「紘子のこと、どうして分かったのかなって?」

どうも意味が伝わらなかったらしく、亜耶は首を傾げる。


やっぱりきちんと説明しないと駄目か。


「いや……。だからさ……。なんで紘子の好きな人が私だって分かったのかなって。まぁ、晴美も最初から気付いていたみたいなんだけど」

自分で説明するのが恥ずかしく、私は顔が赤くなる。


「ああ、思い出した。てか、あの子の好きな子ってせいちゃんだったんだ」

なぜか亜耶が目を丸くしている。

あれ? 紘子は確か亜耶も知っていたと……。

私も晴美からの又聞きなので、どこかで話が変わったのか?


「聖香。非常に言いにくいのだけど、私の説明が悪かったかな。紘子ちゃんが言うには亜耶は相手が誰かまでは知らなかったらしいかな」

晴美がものすごく気まずそうな顔をしていた。


しまった。完全にやぶへびを突いてしまった……。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、亜耶が説明を始める。


「好きこそものの上手あれって言葉があるでしょ。ちょっと意味違うけど、それに近い感じ。紗耶も家でよく話してるけど、陸上部の人ってシューズの重さを10グラム単位で気にしたりするのよ。わたしみたいな素人からすれば、10グラムの違いなんてまったく分からないんだよね。同じような感じでさ、わたしと紗耶を初対面で見分けるくらいだから、紘子って子は女の子が大好きなのかも? ってかまをかけたら当たっただけ。友達に前例があったし。でもまさか、相手がせいちゃんとは♪」


亜耶はなんだか嬉しそうに、にやにやしていた。


亜耶には今後の部活のこともあるので、紗耶には絶対喋らないで欲しいとお願いをする。亜耶にはその分色々なことを詳しく聞かれ、紘子に告白されたこと、今は普通に部活の先輩後輩であることだけを説明しておいた。


さすがに、紘子の泣きそうな顔を見て、思わずキスをしてしまったのは内緒だ。

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