225区 私の進み道
「さて。3年生に集まてもらったのは、ちょっと話があってな」
永野先生の一言で私は一気に緊張状態になる。
他の3人も同じようだった。
「お前ら。部活どうするんだ? 昨年も一応大和には聞いたんだがな。ほら、他の部の3年生は、ほとんどが夏前の県総体で引退したろ? 仮にも受験生だしな。一応は個人の意見を尊重しようと思って」
永野先生の発言に、誰もが大きなため息をつく。
「いやいや、なんだよその反応」
私達の反応が予想外だったのか。永野先生にしては珍しくうろたえていた。
「永野先生! 少なくともあたしは駅伝が終わるまで絶対に引退しません。と言うより、始めから12月まで部活をやる予定で人生設計を立ててます。もちろん、親にもきちんと説明して、理解してもらっています」
麻子が誰よりも先にきっぱりと言いきった。
「わたしもです。昨年はわたしのせいで都大路を逃してしまいました。あのままでは終われません。このまま引退だなんてありえません」
「私もマネージャーとしてですが、自分の出来ることを最後までやりたいです」
麻子、紗耶、晴美の決意を聞き、永野先生も何か思うことがあったのだろう。
笑顔で私達を見つめる。
「お前らには聞くまでもなかったな。分かった。正直言うと、お前ら全員が残ってくれるのはありがい。これからも頼むな」
永野先生の言葉を聞き、3人も「はい!」と返事をする。
「あの、すいません。私の意見は?」
ここでなにか喋らないと置いて行かれそうな気がした。
「せいちゃんは聞くまでもないと思うけどなぁ~」
紗耶の一言に全員が頷く。
「そもそも聖香。あなたから走ることを取ったら何も残らないわよ?」
「ちょっと! 麻子。それはさすがに酷すぎでしょ? ねえ晴美?」
同意を求めて晴美を見るが、なぜか苦笑いをされた。
そのまま視線を紗耶へと向けると目を逸らされる。
永野先生を見ると「ドンマイ」とものすごく可愛い笑顔を返された。
みんなは受験と勉強の両立と言う意味で部活をどうするか聞かれているのに、私だけは辞めたら取り得がなくなるから続けた方が良いと言うことになっていた。
そんなやり取りの次の日、私はまたもや永野先生に呼ばれた。
それも今回は私1人だ。
「ほら。日本選手権の記事が出てるぞ。持って帰れ」
昨年3000m障害で高校新を出した時と同じように、先生は陸上雑誌を私に渡してくれる。
今日発売の陸上競技マガジンだ。
先生が付箋を貼っているところを開くと、私の特集が載っていた。
「高校生で優勝したのは澤野だけだからな。それも柏場の5連覇を阻止した上に、高校新を塗り替えての優勝。記事にならない方がおかしいだろ」
永野先生に言われて、自分のしたことがどれだけすごかったのか、今更ながら実感する。
「それと、もうひとつ。お前に陸上推薦が来たぞ」
さらっと永野先生は言うが、私にとっては驚きの一言だ。
「と言っても、身内みたいなもんだがな。一つは明彩大。牧村さんから伝言で、ダメ元でS級推薦を澤野に出しておくってさ。後は、舞衣子が今いる熊本の実業団。こっちは舞衣子が、1人でも人が欲しいから、大学受験に失敗した後でも、澤野が行きたいと言えば取ってくれるそうだ。と言うことも踏まえて、はいこれ」
永野先生から一枚の紙を渡される。
一番上に進路希望調査と書かれていた。
「他の生徒には明日配るらしいが、澤野は特別なケースだからと、担任の先生から頼まれたんだ。必ず第三希望まで全部埋めるようにとのことだ。前回は1つしか書いてなかったらしいな」
こういう物を見ると、自分が受験生だと言うことを嫌でも感じてしまう。
「と言うより、自分に推薦が来たことが驚きなんですが」
「いや、待て。高校生で日本選手権に優勝しておいて、推薦が来ないと思っていた方が驚きなんだが。本当にお前はそう言うところはマイペースだな」
永野先生にしては珍しく、本気で私の言動に驚いていた。
その日の夜。私は、机の前で唸っていた。
かれこれ一時間は進路希望調査のプリントと睨めっこしている。
第一志望は一瞬で埋まった。
『桜ヶ渕大学理学部生物科』
やはり自分の夢は高校理科教師になって、永野先生のような指導者になることだ。
こればかりは絶対に譲れない。
譲れないのだが……。
もしものことも考えないといけない。
仮に桜ヶ渕大に落ちたらどうするのか。
どこか他の高校理科免許が取れる大学へと行くか。
それとも浪人してもう一度受験するか。
えいりんとの約束もある。
浪人するとなると親に負担も掛けてしまう。
色々なことを考えると、どんどんと悩んで深みにはまっていき、一時間近くも悩む結果となってしまった。
悩みに悩んだあげく、意を決して私は第二希望と第三希望を書く。
その書類を持って、次の日にまた永野先生の所を訪ねた。
「第一志望が桜ヶ渕大理学部生物科。この大学を選んだわけは?」
「はい。私も永野先生みたいな人になりたいなと思って」
わざと、とびっきりの笑顔で答えてみた。
永野先生は最初意味が分からなかったのか、不思議そうな顔で私を見ていたが、言葉の意味を理解したのだろう。急に顔を赤らめて、あたふたし始める。
「お前……。そう言うことは本人の前で言うな。どうしていいかわからないだろ」
永野先生は顔を赤らめたまま、プリントに再度目をやる。
「で、第二志望が実業団。第三志望が明彩大となってるのは? 理科教師になりたいなら他の大学で理科教員免許を習得する方が良いと思うんだが」
その問いに答えるのは恥ずかしかった。
でも答えざるを得ない。
「他の大学をこの紙に書いてしまったら、第一志望に受からない気がして……。昨日色々考えたんですけど、この紙には書きませんでしたが、第一志望以外にも3つ程度、理科教員免許が取れる大学を受けることにしました。その4つが全てダメだったら、調査書に書いた第二志望の道を進みます」
「澤野って、意外にそう言うジンクス的なことを信じる方なのか? まぁ、良いけど。てか駅伝部の顧問として聞きたいのは、実業団が第二志望で、大学が第三志望の理由だな」
その問いには、はっきりと答えることが出来る。
「この前の日本選手権で思ったんです。年齢の離れた人と勝負出来るのは楽しいなって。それだったらやっぱり実業団かなと思って。熊本にあるというのも個人的には大きな魅力ですね。高校生になって何度か熊本には行きましたが、とても気に入ってます。それに給料をもらって、お金を貯めてから再度大学受験というのを多少は考えてます」
「そこは経験者として言わせてもらうが、実業団で走りながら勉強は相当きついぞ。実業団に行ったからといって、走るだけで良いわけではないからな。現に私だって、もみじ化学にいた時は朝練をやって8時半から15時までは事務の仕事をしていたしな。確かに合宿や試合前など、仕事をしない時があったのも事実だが。受験するとしたら、私のように辞めてからになるだろうな。まぁ、取りあえず第一志望に落ちたら他の大学に行くことも考えると言うことだな。大学が全て全滅したら、浪人はせずに実業団に行くってことで良いのかな? あはは。牧村さん完全にフラれたな」
私の進路希望調査を受け取ってくれた永野先生にお礼を言って、職員室をあとにする。
晴美や麻子、紗耶はなんと書くのだろうか、ちょっとだけ気になってしまった。
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