212区 不安要素だらけ・・・・

大会2日目。


桂水高校からの出場種目はマイルリレーがあるのみ。

それもスピード練習の一環という位置付けになっているため、みんな気楽なものだ。


「それにしても、いつからあのユニホームは流行し始めたんだ? 少なくとも私が高校生の時は、みんなランシャツ・ランパンだったけどな。気付いたら短距離はブラトップになったよな」

マイルリレーのスタート前に流しをする選手を見て、永野先生がつぶやく。


「私が知ってる限りでは、短距離は結構みんなこれですけどね」

そんな先生に私もトラックを見つつ答える。


一瞬、永野先生が「うちの学校もブラトップにするか」とか言い出すのでないかと冷や冷やしたが、どうやらその心配はなさそうだ。


よかった、昨年のGW明けの悲劇の再来はなさそうだ。


ちなみにマイルリレーの予選は、短距離メンバーで構成している学校が多く、桂水高校のようにランパン・ランシャツの選手は非常に少ない。


少なくともこの予選2組目では、スタブロのセッティングに悪戦苦闘している麻子のみだ。


「って、なんで麻子はスタブロに苦戦してるのよ! 練習したんじゃないの?」

思わず自分でノリツッコミをしてしまった。


「あの……。わ……わたし、朝食の時に聞きました。湯川さん、自分が1走を走ることはないだろうと思って、スタブロの練習はまったくやっていなかったそうです」

朋恵の一言に軽く目まいがした。


いったい麻子は何走を走る気でいたのだろうか。

当の本人は、隣の選手が調整しているのを見て、見よう見まねでブロックを動かしている。


「あれ? てことはさぁ、麻子バトンを持ってスタートするのもぶっつけ本番?」

「そうなるかな。現にさっき、バトンを忘れずにスタート出来たら、あたしの仕事は8割方終わったようなもんだって宣言してた」


晴美の言葉を聞いて私は泣きたくなっていた。

永野先生もそれを知らなかったらしく、顔が青ざめている。


まぁ、それくらいの方が気楽に走れて良いのだろうか。


「オン・ユア・マーク」

場内アナウンスの一言に競技場全体が静かになる。

他の選手同様、麻子も、スタブロへと足を掛ける。


「セット」

大丈夫。形だけなら、麻子だってきちんと出来ている。


「すごいな。ここまでスタートが不安になるレースってないぞ?」

まるで他人事のような永野先生。

だが、あきらかに永野先生にも原因があると思う。


と言うより、私の中では、1人だけランシャツ・ランパンの上に、すっかりトレードマークとなっている、女子サッカーなどでよく見るピンク色の細いヘアバンドで髪を留めた麻子の姿が他の選手の格好と違いすぎて、違和感が半端ないのだが……。


パン! というピストルの合図で一斉に選手がスタートする。

私は思わず麻子がスタートした4レーンのスタブロ付近を見てしまう。


大丈夫、バトンはない。

麻子はきちんとバトンを持ってスタートしたようだ。


視線を走っている選手へと向ける。

麻子は思いのほか勢いよく飛び出していた。


スタートして100mもいかないうちに隣の5レーンの選手に追いつく。


「すごい。あさっちとっても速いかな」

晴美が珍しく興奮気味に声を上げる。


まぁ、確かに麻子はスピードがある方だ。


でも……。


「湯川の奴、あきらかにオーバーペースだな。そもそも明日の1500mの刺激なんだから、あそこまで突っ込まなくても良いんだが……」

永野先生が大きなため息を吐く。


マイルリレーの1走はセパレートコースと言って、最初から最後まで自分のレーンを走るため、順位が分かりにくい。


それでも200mを過ぎた地点で、麻子が3番目を走っているのが分かった。


周りはほとんどが短距離選手。

それも1走のためスピードがある選手ばかりなのに。


だが、勢いもそこまで。カーブを半分過ぎた所で麻子の脚が止まった。


「まぁ、十分明日の刺激にはなっただろう。てか、本当に湯川はいざとなるとまったく手が抜けないんだな。そこが良い所でもあるんだが」

永野先生はトラックを見ながら少しだけ微笑んでいた。

多分、今の一言は麻子に対する褒め言葉なのだろう。


ホームストレート、最後の100mに次々と選手が入って来る。

麻子は6番まで順位を落としていた。完全に最初の勢いがない。

まぁ、最初がオーバーペースだったというのもあるが。


「湯川さん、頑張ってください!」

朋恵がいつも以上に声を張り上げて応援をする。


その声が聞こえたのだろうか。麻子はもがきながらも必死に走り、紗耶にバトンを渡す時には1人を抜き返して、5位に順位を上げていた。

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