201区 新入部員

「今年も暇ね」

「本当に暇だよぉ。去年の再来って感じがするんだよぉ~」

麻子も紗耶もうな垂れるようにして、席に座っている。


体育館で行われる部活紹介。

昨年に引き続き、駅伝部の机には閑古鳥が鳴いていた。


「あの……。去年もこんなに暇だったんですか?」

「ええ。あなたと紘子が来た以外は、誰1人として寄り付かなかったわ」

私の説明に朋恵も苦笑いをする。


「このままで良いんですか? アリス的には非常にマズいと思うんですけど」

「今のところ、部員の数は足りてるから。昨年みたいに、誰か入らないと駅伝に出られないって状況じゃないし」

麻子がため息交じりに言うと、アリスがシャーペンを剣のように持って、麻子を睨む。


「ちょっとあさこさん! なんてことを。脳みそが少ないのは分かってますが、少ないなりにちょっとは考えてください。来年はどうするんですか。先輩方が抜けたら、アリス達の代は3人しかいないんですよ。いいんだ。アリス達が駅伝に出られなくなっても、あさこさんはいいんだ」


アリスの訴えに、麻子もことの重大さに気付いたのだろう。

ちょっと勧誘に回ってみようかなと立ち上がる。


と、人が来た気配がした。


「いらっしゃいませ。新入部員の方で……。って葵さんじゃないですか」

「驚かせないでくださいよぉ。どうしたんですかぁ~」

麻子と紗耶の頭を私は容赦なく叩く。


「痛い。なによ聖香!」


「馬鹿なの麻子。葵先輩は二週間前にお別れしたでしょうが」

私の一言に、麻子も紗耶もハッとした顔になる。

どうやら本気でボケていたようだ。


「あ、すません。あなたが昨年卒業した先輩にすごく似てまして」

改めて私が対応をすると、目の前の彼女がため息をつく。


「やっぱりそんなに似てますか? はぁ……。髪型変えようかな」

ため息をつきながら髪を触る彼女をよく見ると、本当に葵先輩にそっくりだった。

麻子と紗耶が間違うのも、多少は分かる気がした。


「うちの名前は梓です。大和梓。昨年までここにいた大和葵はうちの姉です。姉が果たせなかった都大路出場を、うちが叶えたくて桂水高校に来ました。よろしくお願いします」


深々と頭を下げる梓を見て誰もが目を丸くする。


ふと、葵先輩の顔が見れなくなるのを寂しいと言った時、「大丈夫」と言っていた理由が分かった気がした。


「てか葵さんも黙ってるなんて人が悪いし」


「すいません。それは葵姉曰く、最後のドッキリだそうです。面白いでしょ、葵姉。本当に可愛いんだから」

不機嫌そうに喋る紘子に、梓がにっこりと笑いかける。


「それに葵姉は、うちが桂水高校に入学することを、最初は随分と反対していましたから」

笑う梓とは対照的に、私達全員から笑顔が消える。


何と言うか、葵先輩ならそういうことに対して、反対などしないような気がしていたからだ。


私達の表情に梓も気づいたのだろう。


「うちは元々、広島の進学校に進む予定だったんです。あ、うちの家が病院なのは知ってますよね。うち、親のように医者になるのが夢なんで。でも、あの日帰って来た葵姉を見た時、決心したんです。葵姉の果たせなかった夢をうちが叶えたいって」


最初、梓の言っているあの日が何を意味するのか分からなかった。

ただ、話を聞いてピンと来たことがある。


「それって、昨年の県高校駅伝のこと?」

私が聞くと梓は「はい」と一言だけ頷く。


「あの駅伝、うちもテレビで見てました。葵姉は家に帰って来るなり、玄関で泣き崩れてしまって……。それは酷いものでしたよ。うちがどんなに言葉をかけても起き上がらず、最後には両親が抱えてリビングに運びましたもん。そんな姿を見て、敵討ちってわけじゃないですけど、なんか決意のようなものが出て来て」


梓の話を聞いてふと思う。葵先輩が駅伝の後で泣いていなかったのは、やはり私達のことを気遣ってのことだったのだろうと。


「てか、広島の進学校? 医者? あなた随分と頭が良さそうな気がするのだけど?」

麻子の問いに梓は苦笑いをする。


「何を持って頭が良いとするかは分かりませんが、塾でやった全国模試だと全国4位でしたね」

それを聞いた途端、私は言葉を失った。いや、もちろん世の中には必ずどこかにいるのは分かっているが、学力で全国トップクラスというのを生まれて初めて見たからだ。


ひょっとすると……、いやほぼ間違いなく、葵先輩以上に頭が良いのではないだろうか?


「そういうわけで、葵姉に桂水高校へ進学すると伝えたんですけど……。最初は猛反対されまして。あなたはあなたの道を歩めって。『だいたい、あなたが中学で陸上部に所属してるのもうちの影響でしょ』って人生まで否定されちゃいました。まぁ、そういう冷たい態度をとる葵姉も可愛いんですけどね。でもその後、これがうちの歩みたい道だって訴えたら、姉は折れてくれましたが。色々と条件は出されましたけどね。ちなみに両親は、姉が泣き崩れてるのを見た時に、うちが桂水高校に行くことになるのを予想していたみたいで。特に何も言われませんでしたね。やっぱり、親って子供のことをよく見てるんですね」


随分とおおらかな両親だなと思った。そう言えば、ずっと前に久美子先輩が話していた葵先輩の母親のイメージも、どちらかと言うと優しい感じがした。


そもそも、葵先輩のメイド服を認めている時点で、十分におおらかで優しい。


結局、駅伝部を訪れたのは梓1人だけだった。麻子が勧誘に出かけるも、まったく手ごたえはなかったそうだ。


「まぁ、仕方ないですし。運動があまり盛んでないこの学校で、県2位という成績の部活に入ろうとする人は少ないでしょうし。さらには、スポーツ推薦がない上に進学校ですから、名のある中学生もなかなか入学してこないですし」

紘子の意見はもっともだと思った。


こうして、葵先輩の妹である梓を加え、合計8人で桂水高校女子駅伝部が新たなスタートを切ることとなった。

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