185区 オーダー発表

そんな騒動の翌日。

いよいよ駅伝メンバーが発表される。


「いつも言っているが、我々の目標は都大路出場だ。そのためには、城華大附属に勝たなければならない。今年は最大のチャンスだと私は思っている。そのためにも勝負するオーダーを組んだ。まず1区、若宮」


まぁ、1区はどう考えても紘子以外にありえない。

なんと言っても桂水高校駅伝部のエースだ。


「2区澤野」

一瞬、自分の耳を疑った。


永野先生の言葉が記号的に入って来て、頭の中で理解が出来なかった。


だが、どうにか言葉の意味が分かってくると、私の心はパニックを起こす。


私が2区? これは予想外だ。正直、私は5区で決まりだろうと思っていた。


「3区、湯川。4区、藤木。5区、大和。補員に那須川。以上、このメンバーで今年こそは勝ちに行くからな。それと澤野と湯川。着替え終わったら職員室に来るように」

永野先生はそれだけ言って、グランドを後にする。


「なんとなく永野先生が目指している戦い方が見えてくるわね」

「そうだねぇ、前半で逃げ切るってことだよねぇ~」

部室で着替えながら、麻子と紗耶が今のオーダーについて意見を交わす。


「葵さん、アンカーまで自分達でタスキをしっかりと繋ぎます。だから、最後は先輩がゴールテープを切ってください。聖香さんの話だと、1区はアンカーのゴールに間に合うみたいなので、自分競技場で応援しますし」


「わかったわ。頑張るね。それと聖香と麻子。ごめんね、ありがとう」


「いや、葵さん意味が分かりませんから。別にあたし達が譲ったわけじゃないですよ。先輩が自分で勝ち取ったんでしょ? 先輩、3年生になってから頑張ってましたもんね。この前の選手権も3000m負けてしまったし、5キロのロードレースは辛うじて最後の最後で勝てましたけど、あれだって僅差でしたからね」


麻子が明るく笑うのと対照的に、葵先輩は一瞬すごく悲しそうな顔をする。それでもすぐに笑顔に戻ると、「先に帰るわね。職員室に行くついでに部室のカギも返しておいて」と言って部室を出て行った。


麻子と2人で職員室に入ると、先生方も大半は帰ったようで、いつもに比べ職員室も静まり返っている。


永野先生の席まで行くと、まるでここが静けさの源ではないだろうかと言うくらい、永野先生は静かに私達を待ち構えていた。


「ときに、湯川と澤野。お前ら2人だけを呼んだのは他でもない。さっきのオーダーについてだが……。私が組んだあのオーダーの意味、分かってるよな」


今までみたことがないくらい真剣に、そして睨みを効かせて永野先生が私達を見て来る。


その迫力に、私も麻子もまるで戦場にいる兵士のように姿勢を正し、「はい!」と、きりっとした返事を返す。


もちろん永野先生が伝えたいことは分かっている。


2、3区に私達を据えるということは、紘子がトップで来たら後続を引き離し、もしも2位以下で来たなら、私達2人でトップに立って差を広げて来いということだ。


私達の返事を聞き、永野先生はいつもの笑顔に戻る。


「まあ、とりあえず座れ」

言われて私達は、すでに帰られた先生の椅子を拝借する。


「私の予想が正しければ、城華大はセオリーどおりのメンバーを組んでくるはずだ。てか、基本的に阿部監督は奇抜なオーダーを嫌うからな。私がアンカーを走ったあの試合だって、チーム事情を考えれば、ごくごく当たり前のオーダーだったしな。そう考えると、今年の城華大附属は、1区住吉、2区工藤、3区貴島、4区岡崎、5区山崎と言う線が濃厚だ」


その考えには特に反対意見はない。私の予想もまったく同じだ。


「ただな、向こうは伝統校だ。伝統校にはやっぱり意地と経験があるからな。どうしてもギリギリの接戦になると分が悪くなる。だったら、いっそのこと先手必勝で勢いにのってやろうと考えた。正直に話すと、この考え自体は4月頃からあったんだ」


「あの、話があまり見えてこないんですけど」

「いや、湯川。もう少し、黙って聞け。お前にも大いにかかわることだから」

永野先生に言われ、麻子はよけいに話が見えなくなって来たのだろう。

不思議そうな顔で私を見て来る。


永野先生もそれに気付いたのだろうか、今度は私に話がふられる。


「時に澤野。お前なら、先行逃げ切りをするために、どんなオーダーを組む?」

話をふられ私は真剣に考える。今とまったく同じオーダーにするだろうか。


それとも1区に私が行き、2区が紘子か。


いや、それだと1区で差が付き過ぎて、流れに乗れなくなる可能性がある。

やはり住吉慶に対抗できるのは、紘子しかいない。


それと、4区に葵先輩で5区に紗耶を持って来ると、4区までに大差が付かなかった場合、藍葉にあっさり逆転される可能性がある。ある程度アンカーも力が必要だ。


と、私は気付いた。


「私だったら、1、2、4区は同じで、3区に葵先輩、5区に麻子を持って行きます」

私の意見を聞いた永野先生は、なぜかすごく嬉しそうだった。


「その理由は?」


「城華大附属のオーダーを考えた時に、3区には麻子と葵先輩どちらが入っても十分にリードは奪えると思います。それだったら、昨年アンカーを経験してる麻子をアンカーに入れる方が、地の利が効いて安定度が増します」


なぜか、永野先生の机の上にあったチョコレートをもらった。

ふと、昨年初めてここを訪れた時に晴美がもらったのを思い出す。


「すごいな澤野。正直驚いたぞ。お前明日から私の代わりに監督やるか? いや本当に百点満点の答えだ」


口には絶対に出さないが、永野先生のように教師になって、高校生を指導してみたいと密かに思っている自分にとって、その一言は心臓が飛び出しそうなほどに嬉しかった。あまりの嬉しさに顔がにやけそうになるのをごまかすため、もらったばかりのチョコレートを口に放り込む。


「実はな、県総体が終わった直後。もう五ヶ月近く前か。大和から直々に申し出があったんだよ。今年の駅伝は5区を走らせてくださいって」


私と麻子は思わず顔を見合わせる。

どこの区間が走りたいなんて、葵先輩は今まで一言も口にしたことはなかった。


だからこそ、永野先生の言葉がすごく予想外だったし、大いに驚きもした。


「大和も色々思うことがあったんだろうな。北原が転校してしばらくは、授業中にぼーっと考えごとをしてることもあったし。北原と目指していた都大路へのゴールテープを、自ら切りたいというのもあったのかもな。でもまぁ、アンカーを走りたいと言うのは大和のわがままだからな。私は条件を付けたんだ。秋になってからで良いから、3000mで湯川に勝つこと。5区の5キロを任せても良いと私が思えるような結果を、何らかの形で出すこと。ってな」


なるほど。だから葵先輩は3年生になってから、あんなにも練習で積極的になっていたのか。


それに、先月の県選手権3000mや、先日のロードレースでの頑張りも理由が分かった気がした。


あれ? もしかして永野先生があのロードレースに申し込んだのは、葵先輩の5キロの走りを見たかったからなのか?


「だからさっき葵さんは謝って来たのか。話を聞いたら、葵さんが努力して5区を勝ち取っただけじゃん。まったく、葵さんは変な所で遠慮すると言うか、気が小さいと言うか」


麻子の口から出て来る言葉は、悪口とも思えるような内容だったが、表情は「本当に仕方がないないんだから葵さんは……」と言っているように思えた。

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