181区 えいりんの友達
その後はえいりんの案内でアーケードを見て回る。
私が大型連休の時に見つけた、本屋の前にあるカッパの銅像に、麻子がものすごい興味をしめし、紗耶に頼んで記念撮影をしてもらう始末だった。
「さすが……。さわのんと同じ部活にいるだけはある」
その姿を見て、えいりんは妙に感心をしていた。
路面電車の通る道路を渡り終えると、歩道の片隅に謎のオブジェを見つける。
台座の上に丸い石が乗っており、台座に溜まっている水のおかげなのだろうか、丸い石が手でも簡単に回る。
これに興味を示したのが晴美だった。何枚も写真を撮り、石を何度も触り、うっとりとしている。こういう姿を見ると、駅伝部マネージャーとしてではなく、美術部としての晴美を強く感じる。
「ねぇ、みんなは熊本に来て何を食べた?」
歩きながらえいりんが私達に聞いてくる。聞かれて私達も、この三日間で食べた物を必死で思い出し答える。
「そっか、そっか。じゃぁ、良い所に連れて行ってあげよう。と言っても、さわのんは前に一度行ってるけどね」
えいりんが私に、「ごめんね同じ所で」と言わんばかりにアイコンタクトを送ってくる。
それを見た紗耶がため息をつく。
「気のせいかなぁ~。なんか親友のデートに付き合わされて、どうして良いか分からない的なポジションに立ってる気がするんだよぉ~」
いやいや、何を言いだしているのだ。
私が否定をしようとすると、
「まさにそれだ! いや、あたしさっきからこの雰囲気は何かなって思ってたのよ」
麻子まで賛同する。2人の意見にあきれていると、晴美がとどめの一言を言い放つ。
「まぁ、修学旅行で会おうとするって自体が、完全に恋人って感じかな」
「黙って聞いてれば好き勝手なことを。だいたい、熊本に私の友達がいるからって言った時に、会いたいって騒いだのはみんなの方でしょ? なんで、私がえいりんに会いたいから熊本に来たってことになってるのよ」
私が文句を言うと、横で聞いていたえいりんが「えっ!」と声を上げる。
「さわのん……。私に会いに来てくれたんじゃないんだ。そうなんだ。私はただのついでだったんだ。遊びだったのね。私は本気だったんですけど」
えいりんは両手を顔に当て泣き真似を始める。「ほらぁ、えいりちゃんに謝ってぇ~」「聖香はとんでもない女泣かせかな」「うわ、聖香見損なった」と桂水高校のメンバーもノリノリで私を批判してくる。
いや、なんでみんなそんなにノリノリなの……?
私は一度大きくため息をはき、えいりんも含め、全員の頭を軽く叩く。
と、私に叩かれた頭を、わざとらしく両手で抑えていたえいりんが何かに気付く。
「志乃に仁美、あんたらどこ行かすと?」
えいりんと同じ制服を着た女の子2人組に向かってえいりんが声をかける。
「あれ? 瑛理? 今日はデートじゃなかと?」
えいりんに気付き、2人組の女の子が私達に近付いてくる。明らかに私達の姿を見て不思議そうな顔をしていた。きっと見慣れない制服を私達が着ているせいだろう。
「デートたい。地元から彼女が会いに来てれたと」
私を後ろから抱きしめながら、えいりんが相手に説明する。
いや、なんで抱きしめてくるの?
って……、そちらの2人組もどうしてえいりんの言葉に納得してるのかしら。
その後もえいりんは2人組の女の子と会話を交わす。
なぜか私を後ろから抱きしめたままで……。
と、私はあることに気付いた。さっきからえいりんが熊本弁を喋っている。
私達の前では普通に喋っていたが、やっぱり1年半近く熊本に住んでいると熊本弁に染まってしまうのだろうか。
ふと、この5月に姉の研究室に行ったことを思い出す。姉は一切熊本弁を喋っていなかった。何というか、誰の影響も受けずにひたすら我が道を行くところは実に姉らしい気がする。
それに気付き私は思わず苦笑いをしてしまう。
えいりんが同じ制服2人組の女の子と会話を終え、手を振りながら彼女達を見送る。
「同じ学校の友達?」
抱きしめられたまま、私がえいりんに聞くと、すっとえいりんが私から離れ、きょとんとした顔で見つめて来る。
あれ、私変なこと言ったっけ?
「私達もまだまだかあ。右側にいた志乃は昨年の都大路で1区を。左にいた仁美は4区を走ってるんですけど」
えいりんの言葉に麻子と紗耶が思わず彼女達が歩いて行った方向を向く。
しまった。しっかりと見ておけば良かった。まさか、駅伝メンバーだったとは。
てか、鍾愛女子高校は昨年5区間中、最低3区間は1年生だったということなのか。
彼女達と別れ、しばらくアーケードを歩き、5月に来た時と同じ店に入る。前回同様、熊本名物をたくさん注文し、運ばれて来るのを待っている時のことだった。
「で、本当のところ聖香と市島さんの関係ってどんな感じなのかな」
晴美め、また話をぶり返して……。
と思ったが、今度はえいりんが真面目に悩んでいた。
「まぁ、こうやって会うし、メールだって頻繁にするし、親友であることは間違いないんだけど……。でも、走ることに関しては絶対に負けたくない相手……かな。もし今年の都大路で勝負するなら、一歩も引く気はないんですけど」
「あはは。昨年はダメだったけど、今年は都大路に出れるように頑張るから」
私が言うと、えいりんが笑顔で頷く。
「あなた随分と嬉しそうな顔ね」
「え? そんなことないよ湯川さん。ほら料理来たよ。せっかくだから色々食べて」
麻子の一言を必死で誤魔化すようにしながら、えいりんが料理を進めて来る。
初めて見る食べ物ばかりのせいか、紗耶も麻子も晴美も料理を食べるのに夢中になる。半年ぶりに食べる熊本名物に、私もえいりんの言葉の意味を考えるのを辞め、ついつい箸を進めてしまう。
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