179区 懐かしき景色

朝食を食べた後、バスで熊本城へ移動する。バスから降りると遠くに一本の大きな木が見える。その木と周辺の景色に見覚えがあった。


間違いない。目の前に見える公園は、初めて熊本へ来た時、姉の家から走って来た公園だ。そして、遠くに見えるあの木の下でえいりんと再会したのだ。


懐かしさに思わず足を止め、写真を撮る。


「聖香、どうしたの? 置いて行っちゃうかな」

晴美が遠くから声を掛けて来る。よく見ると私だけが置いてけぼり状態だっだ。

慌てて走ってみんなに追い付く。


「何? どうしたの?」

「いや、ちょっと懐かしいものが見れたから、写真に収めただけ」

「さすが。来たことある人は言うことが違うわね」

私の言葉に、麻子が笑いながら返して来る。


城内に入り、ガイドさんの後を付いて行きながら、城内を見て回る。


「昨日のような隠れ家的なところも良かったけど、こういうお城みたいな所に住むのも悪くないわね」

麻子が子供の様に目を輝かせている。


正直に言うと、本丸御殿の中を見学した時に、私も住んでみたいと少しだけ思ってしまった。


天守閣の最上階まで来ると、熊本市内の景色が一望出来た。


私達が泊まっているホテルや、姉の通っている大学、さらには天気も良いからだろう、一昨日登った阿蘇山までもが見える。


私は昨年もここで阿蘇山を見ていたが、他の3人は初めてなので非常に驚き、景色を一生懸命にカメラへと収めていた。


ひととおり城内を見終わり、私たちは城外へと出る。

と、紗耶が何かパンフレットのような物を熱心に見ていた。


「紗耶? 何を見ているの?」

「さっきもらったんだよぉ~。一口城主制度ってのがあって。一口一万円の寄付でお城の中に名前が残せるんだって。ほら、中を見ている時に、いっぱい札があったでしょ。あれだよぉ~」

その一言に麻子が真っ先に喰い付く。


「面白そう。紗耶、ちょっと見せて」

言い終わるより早く、紗耶からパンフレットを奪い、麻子が目を通し始める。


「ねぇ、みんなでお金を出し合って、名前を残さない?」

「1人2500円。まぁ、私は賛成かな」

「楽しそうだねぇ。わたしも賛成だよぉ~」

「良いんじゃない。で、なんて名前にするの?」

私の質問にみんなが頭を抱える。


「じゃぁ、みんなの名前を一文字ずつ取って、藤野麻美とか?」

「いや、それじゃ誰だか分からないでしょ?」

麻子のセンスには、苦笑いをするしかなかった。


「あさっち。これ団体でも登録できるかな。そんな変なことしなくても、普通に桂水高校女子駅伝部でいいんじゃない?」


晴美が麻子からパンフレットを取り、一読した後、提案してくる。

さりげなく、麻子のアイディアを変なことと言っているが、突っ込まないことにした。


晴美の意見に対し、誰からも反対意見は出ず、私達は「桂水高校女子駅伝部」で登録することになった。


登録できる場所がバスに戻る経路上にあったので、さっそく登録を済ませる。


「高校を卒業したら、みんなで旅行を兼ねて見に来ようか?」

私の提案にみんなが賛成する。どうやら、昨日話していた年に一度の旅行、第一回目は熊本になりそうだ。


午後からの班別行動。事前の引率教員との打ち合わ時に、ダメ元とほんの少しの冗談で、えいりんが県選手権を走った陸上競技場を提案したらあっさりと通ってしまった。


これには提案した私達の方が驚いてしまう。


よくよく聞くと、その競技場はプロサッカーチームのホームグランドにもなっているらしく、サッカー好きな引率の先生はそれを知っていたのだ。


バスに乗って競技場へと行き、施設の管理人さんの案内で、色々な場所を見せてもらう。


まず、普段は見れない記録室やアナウンス室などを見学する。


たまたま施設の職員さんが、県の陸上競技協会の役員をされており、記録の取り方や、決勝進出者のレーンの決め方、写真判定の方法など、様々なことを丁寧に教えてもらう。


普段は試合会場に行き、スタート時刻に合わせてアップを行い、レースに臨むわけだが、その裏では数多くの人が必死になって大会を支えてくれていることを改めて実感する。


ふと、永野先生が「常日頃から絶対に感謝の気持ちを忘れるな。こうして毎日走ることに打ち込めるのは、両親であり、教師であり、多くの人々がお前らを支えてくれているからこそだからな」と口癖のように言っているのを思い出した。


それと同時に、その言葉にはまったく偽りがないことも身に染みて分かる。


陸上競技に関する場所を見た後で、隣接しているトレーニングルームなども見学する。


将来、インストラクターになりたいと語っていた麻子は、熱心に色々な質問をしていた。


見学が終わり、施設の人にお礼を言って、またバスに揺られながらホテルへと戻る。


ホテルに帰ると、どうして私が迷わずに競技場まで往復出来たのかと紗耶に聞かれたので、数ヶ月前に、えいりんの応援をするために行ったことがあるからだと説明する。


と、麻子が思い出したように、私に質問をして来た。


「そういえば、明日会う友達とは打ち合わせ済んでるの?」

「うん、大丈夫だよ。明日、上通のサンメルクカフェで8時に待ち合わせ」

麻子の質問に何気なく答えると、3人が怪訝な顔をする。


「聖香、すっかりこっちに慣れてるかな。さっきの競技場への往復もそうだったけど」

「なんだか、せいちゃんを遠くに感じるんだよぉ~」

「まあ、バスはかなり助かったけど。てかあなた、今が人生で一番輝いてるわね」


「いや、ちょっと待ってよ、逆でしょ? 私が何度か熊本に来たことがあるから、今回の修学旅行先が決まったんでしょ?」

私が冷静に一言返すと、3人は不思議そうに首を傾げる。


あれ? もしかして忘れたの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る