127区 紗耶のレースと麻子の疑問

女子800m予選5組目、紗耶の登場だ。やはり今年も一組15名程度おり、予選はオープンスタートとなっていた。今年で見るのは二度目だが、やはり違和感がある。


紗耶のスタート位置はインから2番目。100m走りバックストレートに出ると、紗耶を含め3人が先頭集団を形成する。トラックを1周する頃には、その3人と後ろの差は大きく開き、独走状態となっていた。


「よっぽどのアクシデントがない限り、藤木の準決勝進出は確実だな」

スタート前は緊張感を漂わせていた永野先生も、安心したのだろうか? 姿勢を崩してレースを見始めた。


ラスト150mのところで紗耶が一度後ろを振り返る。それと同時に3位を走っていた紗耶と2位の選手の差が広がり始める。


「ちょっと、紗耶! あと少しでしょ、頑張りなさいよ。てか、紗耶ったら後ろを振り返って、余裕ないじゃん」

麻子の叫びに私と永野先生は首を傾げる。


「いや、先生が駅伝前に教えてくれたんですよ。後ろを振り返る奴は余裕がないって」

麻子が必死に説明すると、永野先生は苦笑いしていた。


「ああ、そう言えば確かに教えたな。だが湯川、時と場合によるぞ。今の藤木はわざとペースを落とすために振り返ったんだ」

永野先生の言うとおり、紗耶は後ろを見たあと、誰が見ても分かるくらいにペースを落としていた。それでも4位との差は30m近くあった。


「そう言えば、麻子って昨年1500mに出た時は出だしでこけて、必死に前を追っていたもんね。予選、決勝とある場合は、ラストで体力を温存するのも作戦のひとつよ」

私が教えると麻子は「でも手を抜くみたいで嫌だな」と言いつつも、一応理解はしたようだ。


紗耶は最後の60mを完全に流して、組3位で準決勝へと駒を進めた。流しただけあって、ゴール後も随分と余裕そうだった。


「いやぁ、無事に準決勝に進めて良かったよぉ~」

「何よ。ラスト150mから後ろを確認して流していたくせに」

紗耶が私達の所に帰って来ると、朋恵に知識を披露できなかった腹いせか、麻子はさっき覚えたばかりの知識で突っ込んでいた。


「何はともあれ準決進出おめでとう。昨年の久美子みたいに予選で力を使い果たしていないようだから、次も期待出来そうね。さあ、次はうちらが頑張るわよ」


「ですね」

「はい」

葵先輩に続き、麻子、紘子と3000m出場メンバーが立ち上がり、アップの準備を始める。それに付き添って朋恵が一緒に出掛けて行った。


今日はみんな忙しそうだ。


二日後にレースというのは予想外に暇だと、この時初めて気が付く。

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