73区 罪作りな女かな
ダウンも終わりスタンドに戻ると、なぜか永野先生がいなかった。
「誰かと会うからちょっと席を外すって言ってたわよ。桂水高校の分だけで良いから、正式記録を書いて来てだって」
由香里さんから、永野先生の伝言を聞き、私は晴美と一緒に玄関前のアリーナ―へ行く。
「私が9分25秒11。麻子が34秒45、葵先輩が38秒09、久美子先輩が49秒33、紗耶が50秒82」
アリーナに掲示されている正式記録のうち、桂水高校の分を私は読み上げる。読み上げて帰ろうとした時に、若宮紘子に出くわした。
「あ、あの澤野さんですよね」
緊張しているのか、若宮紘子の声は少し上ずっていた。
「あら、お疲れ。随分と強くなってるわね。完敗だったわ」
「あ、ありがとうございます。あの……。高校に入ってから、また一緒に走れるのを楽しみにしています」
「そうね……。次は負けないように頑張るわ。それに私があなたに勝てないと、都大路は不可能そうだしね」
その一言に、若宮紘子は不思議そうな顔をして首を傾げる。
「あなた、進学先もう決まってるんでしょ?」
「はい。つい最近決めましたし」
若宮紘子は笑顔で返事を返してくる。「もちろん、城華大附属よね」と言う言葉が喉まで出かかっていたが、無理矢理飲み込む。
今更聞くまでもないと思ったからだ。「また一緒に走れるのを楽しみにしています」と言われた時点で答えは出ている。
つまり、「来年また勝負しましょう」と言うことだ。えいりんのように県外に行くならそんなことは言わないだろう。まぁ、大きな目標が出来たのは良しとしよう。
若宮紘子に別れを告げ、私と晴美はみんなの所に戻る。
「聖香は罪作りな女かな」
戻る途中で晴美が笑いながら私を見て来るが、さっぱり意味が分からない。詳しい説明を求めても、晴美は笑ってごまかすだけだった。
ナイター陸上が終わり、私達は由香里さんの旦那さんが経営する料理屋に移動し、遅い晩御飯を食べる。
「食べたい物があったら遠慮なく言ってね。料金は全部綾子に請求するから」
屈託のない笑顔の由香里さん。冗談なのか本気なのかが分からず、私達は苦笑いしか出来ない。だが、永野先生が表情ひとつ変えないのをみる限り、由香里さんの冗談なのかもしれない。
「それにしても、旦那さんが料理人って素敵ですね」
「だよな。特に由香里は料理がまったく出来ないしな」
葵先輩の一言に同意しながら、勝ち誇ったような笑顔で、永野先生が由香里さんに眼をやる。
「え? なんだか、すごく意外です。いえ、綾子先生が料理が出来ると知った時に比べれば、驚きも少ないですけど」
「おい、大和。冗談でもそれはないだろ」
「え? 別に冗談じゃないですよ。合宿の時、うちビックリしましたもん」
私の存在っていったい……。と永野先生は本気で落ち込んでいた。それを見てみんなで笑いながら、また雑談に花が咲く。
しばらく喋った後、永野先生が大きく息を吐く。
「さて、そろそろ肝心な話をしようか」
その一言が何を意味するのか私達は分からず、部員同士で顔を見合わせる。
「駅伝メンバーの発表だよ!」
永野先生の言葉に、私達はハッとなり姿勢を正す。
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