58区 エントリー発表

「800mですか?」

永野先生の発言に私は思わず大声で聞き返してしまう。


文化祭が終わり、9月中旬にある県高校選手権のエントリー発表があったのだが、みんなの参加種目が予想外のものだった。


「そもそも綾子先生? なんでうちと麻子が1500mで久美子と紗耶が3000mなんですか? 駅伝も近付いて来てるし、普通に考えたら逆じゃないんですか?」


葵先輩にしては珍しく、永野先生に意見する。


「いや、駅伝が近いからこそ、この参加種目なんだ。大和と湯川、お前らは駅伝のラストスパートのつもりで走ってこい。それと北原と藤木はまず3000mと言う距離に慣れること。駅伝でも2人は3キロ区間を走ってもらう可能性が高いからな。それに私が出した申告タイムだと2人とも一番速い組になるだろうから、県のトップクラスとしっかり競って来い」


永野先生の説明に紗耶が「え?」と表情を強張らす。まぁ、高校初レースが3000mの上に、いきなり一番速い組なのだから無理もないだろう。


でも、普段の練習を見るに、紗耶もけっして遅くはないと思う。確かに桂水高校女子駅伝部の中では一番遅いのも事実だが、練習の3000mタイムトライでは10分15秒あたりでは走れている。試合だともっと良いタイムで行けるだろう。


まぁ、それはいいとして、もっと気になることがある。


「あの、私が800mの理由はなんですか?」


「澤野には県大会で優勝して、自信をつけてもらおうと思ってな。それにお前はうちの秘密兵器だ。おいそれと他の高校に3000mのタイムを見せたくないんだよ」

永野先生は顔色ひとつ変えずにとんでもないことを言って来る。


「なんだか優勝するのが前提で話が進んでますけど……。それに私だけプレッシャーをかけられている気がするんですが?」

私の反論を聞いて永野先生は笑っていた。


いったいどこに笑う要素があったのだろうか。


「別に無茶苦茶なことを要求しているつもりはないぞ。そもそも澤野。お前、昨年度の県中学ランキング1位だろ? 駅伝を前にエース級がほとんど3000mを走るこの試合において、800mで優勝することはそこまで難しくないさ。それに、これくらいでプレッシャーを感じていたら、駅伝の1区は走れないぞ」


最後の一言に私は返す言葉が出てこなかった。


「いや、そんな顔をされると逆にこっちが不安になるんだが。今年の駅伝、1区はどう考えても澤野で決まりだろ」

その言葉に他のみんなも頷いている。


「そもそも、練習で誰もあなたに勝ったことがないのよ?」

麻子は客観的事実を述べるが、普段から「いつか聖香より速くなってやる」と公言しているだけあって、その表情には若干の悔しさが滲んでいた。


とは言うものの、高校から走り初めて、すでに駅伝部の二番手になっている麻子の実力もたいしたものだと思う。

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