艦艇公開 その4
○広島県呉市 アレイからすこじま公園 0825i
「もうすぐ見える・・・はずなんじゃけどなぁ?もうちょい後かねぇ?」
コンパクトカメラを持ち、何かを探すように遠くの方を背伸びしたりして、待ち構える地元の高校生らしき男性がいる。
ここでは呉地方総監部管轄の桟橋を撮影が出来て、彼のいる辺りでは
すでに彼を含め、色んな年代の15~20人程が一眼レフカメラやコンパクトカメラを沖に向けて、彼と同じように今や遅しと、待ち構える。
そんな中、20代後半くらいの男性が彼に近付いていく。
その気配に気付いた彼は振り向いて顔を見るや、軽く驚いたような嬉しそうな顔をする。
「おはよ!アキラ君じゃないか!やっぱり来てたんだ!昨日の呟きだと、来れるか分かんないって言ってたのに!」
「おはようございます!お久しぶりです!この前はありがとうございました!今日の入港、滅多に見られないですから、どうしても写真に残しておきたくって!!」
「だろうなって思った!今朝の呟き見たけど、呉行きの電車の写真見て、『これは絶対行く気だ』って思ったから、いるだろうとは思ってたんだよ。所で、”彼女”はまだだよ。沖合にいるのを撮影した人が呟いてたから、間もなくってとこらしいけどね?」
「本当ですか!?ありがとうございます!滅多に見られない光景ですから、バッチリおさめないとって思って、家族との予定、断ったんですよ!」
「いいの!?知らないよ?」
「あぁ~っと・・・もう、諦めてます、両親は。『しょうがない、気をつけて行ってこいよ?』って言われました。明日の公開は
「そっかそれなら、とりあえず撮影に集中しようか?タグ(ボート)の、あれは~・・・
「うわぁ、本当に“彼女”は民間のタグで接岸するんだ!・・・あっ!見えましたね!カメラカメラ!」
「おおっと!早く撮らないと!」
そう言って柵に近付いた二人は、無言でシャッター音を響かせる。
すぐ近くにいる中年の男性も、少し大きめの望遠レンズの付いたカメラを“彼女”に向けている。
一方、その注目を浴びている“彼女”はというと、悠々と呉の海に浮かんで岸に向かって進んでいる。
「どの位ぶりかねぇ?牡蠣いかだを避けながら進むなんて。おやぁ?タグボートだねぇ?誰だろう?」
一般観測隊員用の一室の窓から外をうかがう“彼女”、こと第3種夏服でスカート姿の白瀬は、近付くタグボートに気が付く。
よく見ようと窓に近付くと、タグボートからコンタクトを受ける。
『白瀬さん、お久しぶり!広岡港湾株式会社の宇品じゃ!隣は同僚の海田ってゆいます!ほら、挨拶!』
『うち、海田丸ゆいます!よろしくお願いします!ほいでも、初代さんとそっくりじゃが、2代目さんの方が大きい!』
「お久しぶりだねぇ、宇品丸君!それと初めましてだねぇ、海田丸君!よろしくお願いするよ!っと、大きさは初代の白瀬君と全長で4m位しか変わらないんだよねぇ!」
『そうなんか、白瀬さん?時間があいたけぇ、そがぁなふうに感じるんじゃろか?』
右手で耳を押さえながら外の艦首側を見ようと体をずらし、左手でひさしを作るように眉の辺りへあてる。
すると、“しらせ”に近付いている宇品丸と、艦尾に向かう海田丸を見つける。
『ほいじゃあ白瀬さん!そろそろ始めるけぇね!海田ぁ、白瀬さんめげてしもうたら大変じゃけぇ、気をつけんさいよ!?』
『言われなくても分かっとるよ!何年一緒に仕事しとると思うとるん!?宇品は心配性じゃから、すぐそがなこと言って!』
『海田は、ぶちおっちょこちょいじゃけぇ、心配してゆうとるんよ!?』
「あ、あの、入港前なのに喧嘩されると、僕としては不安になってしまうんだけどねぇ?」
2人の言い合いに不安を覚え、たまらず声をかける白瀬。ところが2人から返ってきた言葉に、白瀬は面食らってしまう。
『喧嘩?白瀬さん、誰が喧嘩しとるん?』
『そうよ?どいつが喧嘩しとるん?』
「い、いやぁ、君たちの言い合いが喧嘩になりそうな雰囲気だったから、つい、声をかけたんだよねぇ。」
『いやじゃのぉ、白瀬さん!これがいっつもん会話よ?ねえ、宇品?』
『そうよ?これがいっつもん会話なんじゃけど、白瀬さんには喧嘩に聞こえたん?』
白瀬は苦笑いを浮かべ、「申し訳なかったねぇ?よろしく頼むねぇ!」と言って窓から離れると、甲板に向かう。
右舷艦首側に出て来ると宇品丸がすぐ側に、艦尾側に海田丸がFバースに向かう“しらせ”に寄り添う。
いよいよ接岸となり、宇品丸と海田丸が息を合わせてゆっくりと押し、Fバースに近付けていく。
息はピッタリのようで、白瀬は不安から2人の無線交信を聞いていたのだが、その仕事ぶりに安心し、楽しそうに眺める。
そんな白瀬をよそに、宇品丸と海田丸に“しらせ”の乗員がそれぞれ緊張する中、いよいよ接岸寸前となる。
「サンドレット用意」
左舷側のウィングにいる艦長の号令が、そばの士官に伝わり、伝言ゲームのように伝達される。
「サンドレット用意!」
その士官の声に艦橋内にいる、艦内放送の担当が放送をかける。
『
「右後進最
「右後進最微速!」
「右後進最微速ヨーソロー!」
「艦首、わずかに右へふれる!」
「両舷停止」
「両舷停止!」
「宇品、海田、前進微速」
「サンドレット送れ!」
『1番、サンドレット送れ!』
「宇品、海田、両舷停止」
「右前進微速!」
「右前進微速ヨーソロー!」
「艦首、左へ振れる」
「両舷停止!」
「両舷停止ヨーソロー!」
外洋航海中や停泊中は、ゆったりと落ち着いている”しらせ”艦橋であったが、現在の艦橋では、ウィングにいる艦長の様々な指示が秒単位で、次々に各担当の長や部署に送られ、返答を受けたり艦内放送などで各部署に指示が送られる。
その忙しさは、さながら、戦闘状態と言っても違和感がないほどである。
サポーターである宇品丸と海田丸のブリッジにも、”しらせ”からの指示を受けて最微速や停止などを繰り返している。
そして、”しらせ”の甲板では、隊員達が先ほどの艦内放送を受けて、
『サンドレット』とは、索を港に出すための、ガイドロープの役割をする紐に付く重りで、接岸が近くなると桟橋に向かってその重りを投げる。
桟橋側でそれを受け取ると、ガイドロープを手繰り寄せて索を受け取り、係留柱に引っ掛けるという手順を踏む。
そして、サンドレットについた紐を手繰り寄せ、1番索が届くとすぐさま係留柱にかけられる。
と、同時に航海中に降ろされていた、艦首の国旗が掲げられる。
「1番、巻け」
「1番、巻け!」
「艦尾サンドレット送れ!」
『艦尾サンドレット送れ!』
艦首側の索が係留柱に着けられると、1番艦首側の『1番の索』が巻き取られはじめ、同時に艦尾6番索のサンドレットが桟橋に投げられる。
風や潮の状況、前後に船の有無等でここからの順番は少し変わるのだが、今回の”しらせ”の状況はこの後、3番・2番・6番・5番・4番索の順で巻き取ると決まったようだ。
「4番サンドレット送れ!」
「4番サンドレット送れ!」
「宇品丸、ありがとうございました。」
『しらせ、航海お疲れさまでした!またよろしくお願いします!』
「海田丸もありがとうございました。」
『こちらこそありがとうございます!しらせの皆さん、呉を楽しんで下さい!お疲れさまでした!』
「ありがとうございます。両船共に気をつけてお帰り下さい。」
最後のサンドレットも岸に届き、海田丸と宇品丸の仕事も終わりを迎える。
”しらせ”通信員で、横須賀で見かけた事のある海士長がお礼の言葉を両船に投げかけると、両船からも労いの言葉をかけられる。
この見覚えのある海士長、実は横須賀で先任伍長と氷の事で会話していた人物である。
一方の白瀬、宇品丸、海田丸も挨拶をすませて、白瀬は右舷艦首側で宇品丸に軽く手を振ってから、右舷側の暴露部を通り艦尾側”海田丸”の
“海田丸”のブリッジでは、白瀬が自分達に手を振ったと誤解したのか、ブリッジの数人に手を振り返される。
”海田丸”の乗員達の目に、白瀬は見えるようだが、当の海田丸本人は見えていないようである。
(自衛隊員以外にも見られるとは・・・艦長に言われた通り、一応3種を着ておいて正解だったねぇ。本当は
入港の喧騒も落ち着いてラッタルもかけられ、“しらせ”から降りる乗員や、逆に桟橋から“しらせ”に乗る海自隊員も見られる。
”しらせ”の艦尾では、別の艦艇が先程の”しらせ”と同様に接岸作業を行っている。ただし、タグボートではなく、海自の曳船がサポートについている。
白瀬は部屋に着くと、すぐに青の作業着に着替えてソファーに座る。
「呉は久し振りだねぇ。そう言えば、隣の国東君はどういう状況なのかねぇ・・・?彼女もやっぱり、乗員の皆に見られるようになってしまったのかねぇ?」
桟橋挟んで隣の輸送艦“くにさき”が停泊しているのを思い出し、どんな状況かと思いにふける白瀬。
”くにさき”に遊びに行こうかと考えていると、誰かが部屋に近付く気配を感じる。
立ち上がって扉に向かうと、ドアノブを持って内側に引く。
「あっ、八丈君じゃないかねぇ!久し振りだねぇ!ここで会えるなんて思わなかったよ!」
目の前に掃海艦”MSO-303はちじょう”の艦魂である八丈が立っており、白瀬は両手で握手する。
「お久しぶりです!訓練帰りにここへ寄ったら白瀬さんの後ろに接岸したので、寄らせてもらいました!」
「誰か後ろに着いたなぁ、とは思っていたけど、君だったんだねぇ!?おっと、立ち話とは失礼してしまったよ、八丈1佐・・・おっと、またとんでもない間違えをしてしまったよ!八丈海将補、申し訳ないねぇ!」
頭を下げる白瀬に、困惑の表情で両手を軽くふる八丈。
「大丈夫ですよ、白瀬さん。私も海将補になったばかりですから、間違えるのも仕方ないですよ?」
頭を上げると左手を八丈の肩にまわし、右手を室内へと誘うように指し示す白瀬。
「とりあえず、この部屋で良いかねぇ?それとも士官室に移動した方が良いかねぇ?」
白瀬の言葉に慌てて手を振る八丈の様子に、若干訝しむ。
白瀬の表情の変化に気付いたのか、説明を始める八丈。
「ここに少しで良いので居させてくれませんか?自分のとこだと、乗員さん達に、必要以上に緊張させてしまって、申し訳ないので。」
白瀬は八丈を部屋に入れると、扉を閉め、八丈の左隣に座る。
「何があったのか、聞いても大丈夫かねぇ?」
少し疲れも見える八丈に、心配そうに声をかける白瀬。
八丈は深呼吸を1回すると、背を背もたれに預け、天井を見ながらぽつぽつと話し始める。
「大した話ではないんですが・・・海将補になった当日に偶然見られてしまって・・・。それからは常に隊員さんの誰かが、そばにいる状態になってしまって・・・」
「ちょっと気疲れしてしまったのかねぇ?」
顔だけ白瀬に向けると、無理矢理作ったような苦笑を浮かべる。
「そんな感じです。隊員さん達側の海将補さんでしたら、ある程度心構えも出来てから昇任してるでしょうから、気にならないのでしょうけど・・・」
「僕も似たようなものだけど、八丈君と比べてはいけないねぇ。話を聞く限り、僕の方がかなり自由だからねぇ。服もこれだから。」
白瀬は八丈の胸の辺りに、自分の腕を差し出すと、うらやましそうな目を向ける八丈。
「私も白瀬さんを見習って・・・紺から青の作業服に変えた方が良いのでしょうか?」
それを聞いて白瀬は腕を降ろすと、首を数回ふる。
「やめておいた方がいいよ?鞍馬君にバレたら、2人共怒られてしまうからねぇ?僕は慣れてるから構わないけど、君は白瀬1尉に似たような、気にしすぎる傾向があるからねぇ。」
「せめて、3佐以下なら艦長さんより下ですから、気にもならないんでしょうけど・・・」
掃海艦の艦長は2佐が、副長や各部門の長は3佐が概ね就任する事になっている。
そんな彼らよりも上の階級である海将補なのだから、気を使われるのも当然と言えば当然である。
解決策が見つからない問題に、頭を悩ませていると、部屋の扉がノックされて外から男性の声が聞こえる。
「白瀬1尉、失礼します!機関員の大林3曹です!国東2佐、剣龍2尉と・・・他2名お連れしました!」
作業帽をかぶった大林が扉を開けると、八丈と白瀬に挙手敬礼し、用事を伝える。
大林の後ろに剣龍が見え、その向かって左側に国東が見えている。
白瀬が視界の端に動くものが入ったため視線を下げると、大林と国東の間に青い作業着を着た子供が1人見え、反対側に同じ服のもう1人の子供が、国東の左足に隠れるように引っ付いているのが見える。
「大林3曹?えっと、他2名って言うのはそこの子供かねぇ?」
大林は視線を子供に向けると、「はい、その通りです!」と答えると、自分の左手側に避け、後ろの4人が部屋に入れるようにする。
「あっ、4人とも待ってほしいねぇ。大林3曹?今、観測隊員用の食堂は誰もいないはずだったねぇ?」
入ってこようとする4人を右手で制して、大林に食堂の状況を聞く白瀬。
突然の問合わせに、確か、と小声で呟いてから「今は誰もいません。」と返答する。
それじゃあと白瀬は立ち上がってコーヒーメーカーを借りる事を伝えると、大林は準備のため先に走ってどこかに向かう。
白瀬は八丈や国東達と一緒に食堂へと移動する。
「あれ?大林君?自分の仕事は大丈夫なのかねぇ?コーヒーメーカーなら僕も使ってるから、後は自分達で出来るんだけどねぇ?」
食堂に入ると、カップや砂糖にミルク等を準備している大林の姿があった。
「白瀬1尉、ご心配なく。機関長達にここを使う話をしに行ったら、そこに副長もいまして、給仕するように仰せつかったので、皆さんのお世話させていただきます。長引くようなら交代も寄越すそうなので。」
「えっと・・・大林3曹、それって、会議か何かと勘違いされていないかねぇ?こっちは、単に雑談なんだけどねぇ?」
副長の計らいに戸惑いを隠せない白瀬。大林はコーヒーをメーカーに入れてセットしながら返答する。
「その辺は分かりません。多分ですが、お子さんのお世話係りでって事じゃないでしょうか?4人の方は舷門を通られてますから、艦長や副長達にも伝わってると思いますので。」
大林はスイッチを入れると、白瀬の方に体ごと向く。
白瀬はやや複雑そうな顔を見せると、国東達の方に顔を向ける。視線の先には、楽しそうに笑いながら、それぞれに部屋を駆け回る2人の子供と、それを慌てて追いかける国東と剣龍がいる。
「所であの子達、僕は始めて見るけど、大林3曹は聞いてるかねぇ?」
「えっ?初めて会ったんですか?あっ、失礼しました。私が伺ってる話では、『
国東はようやく1人の子を捕まえ、正面から抱きかかえる。
剣龍もそれに続いて、「捕まえたぞぉ!」ともう1人を背中側から抱きかかえる。
「LCAC!?・・・しかも、その番号と言うことは、国東君の所で間違いないねぇ。」
「そういう事になります。“くにさき”の艦番号は4003。LCACは2隻ずつ配備されていますからね。」
2人のLCACは、それぞれ椅子に座らされ、その右側にしゃがんだ国東に諭されている。
剣龍は、やれやれといった様子で白瀬と大林の方に近付く。
「僕らと同じ艦魂?でも、今まで国東君もだけど、大隅君、下北君、岩代君の所にも、当然行ったことはあるけど、LCAC君は見た事無かったねぇ?」
「あの子達も白瀬1尉達同様に、元々存在しているのだと思っていましたが・・・違うんですか?」
「私も会ったことないですし、姉達からも聞いていませんね。」
八丈達が腕組みをして考え込むと、そこに到着した剣龍が立ち止まり、八丈と白瀬に挨拶する剣龍。
「白瀬1尉、お久しぶり。やっと落ち着いて話せるよ。」
「剣龍君、本当にお久しぶりだねぇ!だいぶ前に横須賀で会って以来だねぇ!」
剣龍は白瀬を見ながら両手を上げ肩をすくめた後、大林にも挨拶をする。
大林も自己紹介すると、3人で国東達を見ながら、いくつか会話している。
「・・・なるほど。すると、鞍馬君からの通達前に突然、って事かねぇ?」
「そうなんです。0030位に、国東2佐が『剣龍ちゃーん!』って叫びながら入ってきて、そのまま“くにさき”に連行されたら、居たんです、あの子達が。」
剣龍は言い終わると、LACAに視線をうつす。どういう経緯かはわからないが、国東が2人の頭をなでている。
背後のコーヒーメーカーからはコーヒーの香りが漂い始め、3人の鼻孔をくすぐる。
大林はコーヒーメーカーを見やると、「申し訳ありません、すぐ戻ります」と言って食堂を出る。
どうしたのかと、白瀬と剣龍が顔を見合わせていると、何かを持ってすぐに戻ってきて、LCACの2人の所に行き、しゃがんでからそれぞれに手渡す。
2人は一旦受け取ると、何かを回したりしている。
白瀬がメガネのフレームを左の親指と人差し指でつかんで上げ直し、目を凝らして見てみる。
2人のその手元を見ると、どうやら缶のジュースのようであるが、開け方が分からないようである。
国東と大林はLCACから缶を受け取り、開けてから2人に戻す。
大林は立ち上がると、白瀬達の方に歩いてくる
「子供・・・なの?LCACって?」
「子供・・・だねぇ。どう言うことなんだろうかねぇ?」
「子供・・・なんですよ、びっくりするぐらいに。私にもさっぱりです。」
その会話に、戻ってきた大林も参加する。
「家の娘も5歳なんで、あの子達とほぼ変わらないんです。ただ、若干見た目よりも幼い感じがします。行動は3歳位でしょうか?そんな感じを受けます。」
大林はちらりと後ろを見やってから、コーヒーの準備を始める。
「そうだ、大林3曹。2人にジュース、ありがとう。僕には思い付かなかったよ。ただ、思いついても自動販売機だと・・・ねぇ。」
と、申し訳無さそうな顔で、大林に礼を言う白瀬。 大林は、「お気になさらないで下さい。」とコーヒーを入れながら答える。
白瀬は八丈と国東、剣龍に席に着くよう促して、コーヒーを3つトレイに載せていく。
「そ、それは私がやりますので、白瀬1尉もかけていて下さい!見られたら怒られちゃいます!」
白瀬は聞いていないかのように、トレイを持って国東達の所に向かい、2人の前にコーヒーを置く。
大林も白瀬の分を入れ終わると、追い掛けるようにコーヒーを持って行き、テーブルの側で白瀬が座るのを待つ。
「大林3曹、自分の分は自分でやるから、気にしなくても良いのに。」
大林からコーヒーを受け取ると、剣龍の隣に座る。
白瀬は正面に座る2106と、向かって左側の2105を見やって、一口つける。
「ねぇねぇ剣龍ぅ~?それ苦そうな匂いがする~?よ~?」
「ねぇねぇ白瀬ぇ~?それも苦いの~?かな~?」
05は剣龍の、06は白瀬の手元のコーヒーを見て、首を傾げて質問する。
白瀬はカップを見てから、正面の06を見る。
「06君?この苦味こそが、コーヒーの美味しさ何だよねぇ。飲み慣れないと美味しく感じないと思うけど、僕らは慣れてしまったからねぇ。そうそう、そもそも今のコーヒーの飲み方をするようになったのは13世紀頃からと言われていてねぇ、17世紀の初め頃にヨーロッパを中心に、世界中に広まって・・・」
白瀬のもう一つの悪癖である長話が始まると、05と06はつまらなさそうな顔をして、足をぶらぶらさせ始める。
「白瀬さん?えっと、その辺で終わらせましょう?05ちゃんと06ちゃんが、飽きちゃってるわよ?」
「・・・だからブラジル産やグアテマラ産も、って、2人にはつまらなかったかねぇ?」
国東の指摘が聞こえ、白瀬は話を打ち切って05と06を見る。
二人はというと、お互いに向き合ってしゃべりながらジュースを飲んでいる。
「つまらなかったようだねぇ?っと、国東君?明日の艦艇公開、大丈夫なのかねぇ?」
「一応、順路から外れた区画にいる事になってるんだけど、私1人じゃ心配なの。協力願えないかしら?」
国東の言葉に、真っ先に反応したのは八丈である。
「それなら、私が協力します、国東さん。」
「えっ!?良いんですか?八丈海将補に面倒見ていただくのは、流石に・・・」
国東は戸惑うが、剣龍も手伝うとの事で、半ば押し切られるように了承する。
「僕は残念ながら、子守には向かないようだから、辞退しておくよ。」
そうに言うとコーヒーを飲み干す白瀬。そこに、響、室戸、
「おっひさ~白瀬!って、あれ?自衛官さんじゃん?なんでここに?」
「電君お久しぶりだねぇ!こちら大林3曹だよ。給仕してくれる事になったんだけど、ちょっと人数多いねぇ。僕も給仕に回るよ!」
「申し訳ありません、これだけの人数が来訪されるとは思ってもいなかったもので。すぐ他の者も呼びますので、白瀬1尉はそのままで・・・」
立ち上がると、大林の方に歩いて行き耳打ちをする白瀬。
「流石にこうなってくると、ホストが動かないわけには行かないからねぇ。これは僕達のルールと思ってほしいねぇ、大林3曹。」
「は、はぁ・・・了解はしましたが、これ以上増えるようであれば、増援呼びますが?」
白瀬は食堂を見渡して、腕組みして、誰が来ていないか思い出している。
「
結局この後、親潮達潜水艦や漣、曳船数名も来て、増援されることになった。
○アレイからすこじま公園 Sバース付近
夕方も近くなり、午前中から”しらせ”や“はちじょう”の入港を撮影していた人達も少なくなってきた。
アキラもそろそろ帰ろうと思い、バッグにカメラを仕舞おうとすると、また、人の気配に気付く。
手を止めて見ると、すぐ側に5歳位の女の子が、ちょこんと座って潜水艦を見ている。見ると尻ポケットに入っているタオルが、地面についている。
(あれ、いつの間に・・・全然気付かなかったなぁ?それにしても、ずいぶん本格的なコスプレじゃのぉ?右に手袋と左にタオルもズボンのポケットに入れとるし。まぁちっちゃい子じゃけぇ、まだOKなんじゃろうけどなぁ。ご両親はよっぽどガチな、海自好きなんじゃろうなぁ?)
海自の青色の作業服に身を包む女の子に、そんな事を思って見ていると、スッと指を潜水艦に向けて彼の方を見る。
「あれ、けんりゅう~!だよ~?」
「確かに一番手前のは、“そうりゅう”型じゃけど・・・」
「後ろが”まきしお”で、一番後ろが”おやしお”~!だよ~?あ、“まきしお”の向かいにいるのが、横須賀から遊びに来てる”せとしお”~!だよ~?」
通常進水直後でもないかぎり、潜水艦には艦番号は書かれておらず、識別するのは外部の人間では至難の技である。
それをこの女の子は、迷いもせず艦名を言っている。
ただ、それが本当に正しいのかは、彼には判別出来ない事である。
「よぉ知ってるんじゃね?誰が教えてくれたん?」
はっきりとは分からなかったが、艦尾やスタンション等を見てそう間違ってはいないと思い、持っていたカメラをSバースに向ける。
「大隅~!だよ~?」
そうに女の子が声をかけると同時に、走ってくる音が聞こえてくる。
アキラはカメラを構えたまま、音の方を見ると、3種でスラックス姿の女性自衛官が駆けてくるのが見える。
「あ、ここにいた!申し訳ありません、ご迷惑おかけしまして。みんな心配したんだよ!?さあ・・・えっと・・・いっちゃん、帰るよ!」
「お兄ちゃん、名前なんて言うの~?」
「僕?アキラって言うんじゃけど。君はなんて言うん?」
「アキラっていうの~?じゃあね~!アキラ~!」
女の子は立ち上がってアキラに手をふると、走って涼波と呼んだ女性自衛官に向かっていく。
涼波と呼ばれた自衛官は、一度頭を下げると、いっちゃんと呼んだ女の子と一緒に元来た方へと歩いていく。
「行っちゃった。まぁ、いっか。」
アキラはカメラを構え直すと、その耳に2人の会話が聞こえてくる。
「涼波~、明日公開なのにごめん~!ね~?」
「
その会話に違和感を覚え、聞き耳をたてるアキラだが、続くはずの会話が聞こえず、顔を上げる
「おおすみ?確かにもうすぐ出航・・・えっ!?そ、そんな!」
狐に摘ままれたような顔で、呆然とその場で立ち尽くすアキラ。2人の方を見るも、影も形も無くなっている。周りは建物などから少し離れていて、会話が聞こえる範囲では隠れられるような場所もない。
慌てて周りを見るも、カメラを片付けている人や、夕景を撮りにこれから撮影に入る人が、チラホラ見えるだけである。
「疲れてるんかなぁ?早く帰った方が良さそうじゃねぇ・・・」
そう呟くとアキラは、急いで片付けて帰り支度を始める。
○砕氷艦しらせ 観測隊員用食堂 艦艇公開当日
「見学者さんが来たねぇ?動けるうちに避難でもしようかねぇ?」
3種夏服にスラックス姿で”
第
白瀬は「全く、仕方ないねぇ」と正しい順路に直し、見学順路ではない、その奥に向かう。
右に曲がってラッタルを登っていると見学者らしき「あれぇ!?」という声が聞こえたが、大したことではないと思い、登りきってから左に行きかける。
すると階下から、「すみませーん!」と、若い女性の声が聞こえてくる。
思わず下を覗くと、ラッタルの左側に見慣れない、”しらせ”のスコドロをかぶった女性の姿が現れる。
「申し訳ありません!見学順路通りに歩いていたんですが、途中で順路が無くなってしまって、戻ったら立ち入り禁止になっちゃってて!」
少し早口で言い終わると、荒くなった息を整えながら白瀬を見上げる女性。
「えっ!?そ、そうなのかい!ど、どういう事なんだろうねぇ!?」
(ま、まずいねぇ・・・こんな事は想定外だねぇ。いや、想定外も想定しなくてはいけないのだろうけど・・・って、僕は何を考えているんだろうねぇ?とにかく先ずは、早くここを切り抜けないとねぇ。)
全く考えもしなかった事態に遭遇し、混乱に陥る白瀬は考えがまとまらず、逃げ出す方法を考え始めるが、次の女性の言葉で、更なる混乱の渦に投げ込まれる。
「あの!申し訳ありませんが1尉さん、順路を教えてもらえますか!?」
ラッタル下で、”しらせ”のキャップをとり、深々と頭を下げている高校生位の女性。
(なっ!?なぜ一般の人が、肩章も見ずに僕の階級を!?いや、あったとしても、1尉って直ぐに分かるものなのかねぇ!?ど、どういう事なんだろうか!?この“人”は何者なんだろうねぇ!!?)
白瀬は見学者に見つかったという衝撃に加え、初対面の相手になぜ階級を言い当てられたのかが分からず、思考が停止してしまうのである。
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