2話 冒険者としての日々

 冒険者としての2日目の朝が来た。


 朝の準備をして、朝食をとる。


 その後に一度部屋に戻ったときに、なんとなく昨日祈ったことを思い出す。

 あの気持ちを忘れないようにと、瞑想をしながら静かに祈る。


 少しの時間の後、目を開けば気持ちの切り替えにもなったのかもしれない。


 準備をして、草むしりの依頼に行くとしよう。



 依頼者の家に辿り着けば、草むしりの依頼を受けてくれる冒険者がいるとは思っていなかったようで、かなり意外そうな顔をしていたよ。


 やっぱり、雑事依頼を受ける人は少ないんだろうなと思わせてくれた。



 「まあね、自分でやれと言われれば、実際その通りだからさ」


 「広すぎて自分だけじゃ手が足りなくて依頼するんだけど、ね」



 依頼者は薬草学者だったこともあり、草むしりの範囲はかなり広かった。


 それだけじゃなく、薬草を育てているということもあり、薬草と雑草の区別もつかなかったので、ついでに薬草についていろいろと説明を聞きながらの依頼となったが、冒険者としては知識が増えたのは良いことだったんだろう。



 「そういう風に言ってもらえると助かるな」


 「そうだね、薬草採取の依頼があったときに頼むかもしれない」



 こんな風な指名依頼の可能性をもらえたのは良かったのだとも思えた。


 そんな風に雑事依頼を中心に受ける日々が続いて、とうとうEランクに上がる日がやってきた。


 上がるといっても、Eランクには試験があるわけではなく、依頼を着実にこなしてきたという実績があればいい、とのことだった。


 他の見習いの冒険者よりも少し時間がかかったが、溜まっていた雑事依頼を消化してきたことで、町の人や冒険者ギルドの職員からはそれなりに良い印象を持たれているようだった。


 リームさんが嬉しそうな笑顔でEランクに上がったことを喜んでくれていると、こっちも嬉しくなってくるのは仕方がないことなんだろう。



 Eランクに上がったからといってやることが大きく変わることもない。


 依頼を受けて、こなし、日々を過ごす。


 そうして、貯蓄やポイントを貯めていく。


 いろんな依頼を受けていった。


 店番や人手不足の店の手伝い、教会に併設されている孤児院の子供達の遊び相手、怪我をして日常生活に支障が出た人の手伝い、たまに難しくない採取依頼や討伐依頼を受けたりもした。


 忙しないような、それでも楽しめる日々が過ぎていく。



 2日目の朝にした祈りの瞑想はそのまま毎日のルーティーンになった。

 教会に行く依頼があるときには礼拝堂での祈りも行なった。


 俺自身こんなに信心深い行動をすることになるとは思ってもいなかったが、感謝の気持ちを伝えることは止めることはなかった。


 こういう日々を送れることはとても嬉しいものなのだと思えていたから。



 そうして、また依頼を受けていく。


 飲食店の手伝いでは、料理人の手が足りずに下ごしらえを手伝った。


 一人暮らしだったインドアのアラフォーが自然と身に着けた調理の腕は下ごしらえくらいはできる程度だったんだろう。


 そうしているうちに店を盛り上げるための新メニューの開発も手伝うようになった。



 店番をする依頼では、それぞれの店の品物の目利きも教わった。


 傷薬=ポーションという王道なアイテムにもいろんな種類があることもまたテンプレだったようだ。


 武器や防具、生活用品、それ以外にも見たことがないものについても知ることができた。


 この世界で生きる冒険者なら知っておいて損はないことをたくさん知れた。



 孤児院の子供達の相手をしていると、孤児院以外の子供の相手もしてほしいという依頼も来るようになった。


 たくさんいる子供達の遊び相手は結構大変だったけれど、自分が誰かに頼られることは決して嫌なことではなかった。


 こんな風に指名依頼が来るようになる頃には、この始まりの町で少しは名の知れた冒険者になっていた。


 曰く、町のなんでも屋、だそうだ。



 雑事依頼とはいえ、受けてこなした依頼の数が多ければポイントは貯まる。


 そうして、いつしかDランクの冒険者に俺はなっていった。


 Cランクからはこれまでと違い、他の町での依頼を受けたという実績も必要になるのが冒険者ギルドの決まりだ。


 どうせならランクを上げたいと思う気持ちはあるし、世界のいろんなところに行ってみたいという気持ちも確かにある。


 一応それなりに貯蓄もできたから、しばらくは依頼を受けなくても大丈夫だろう。

 なら、まずこの国のいろんなところに行ってみようか。



 とはいえ、目的もなく行き先を決めるのは割と難しいし、指名依頼もたまにある以上冒険者ギルドにも一言言っておくべきだろう。


 一緒にここに来たグループのみんなにも言っておこうか。


 冒険者ギルドに行けば誰かに会えるかもしれないし、会えなかったとしても受付のリームさん達に伝言を頼めばいいだろう。



 さっそくリームさんに目的地がないので、どこかの村か町に配達依頼でもないか聞いてみた。


 思いつきだが配達依頼を受けて、その先でまたしばらく依頼をこなしてから、さらに別の場所への配達依頼を受ける、そんな風に旅をするのもいいんじゃないだろうか。


 指名依頼がもし来たら、そういうことだからということでお願いしよう。


 リームさんにはなぜか悲壮な顔をされたが、気にしないことにした。


 お世話にはなったが、冒険者ギルドの決まりが理由でもあるので、仕方ないのだ。


 グループの誰にも会えなかったので、一応伝言は頼んだ。



 あとは今日と明日とかけて、今までこの町でお世話になった人に挨拶しに行こう。


 ああ、もしかしたらグループの誰かも前に泊まっていた宿にいるかもしれないから、そっちにも一応顔を出してみようか。



 知り合いの店でこれからの予定を伝えつつ、昼食を取って一休みしてから行くとしよう。


 その店で一緒に考えたメニューを一緒に食べるのもいいかもしれない。


 思いたったがなんとやらということでさっそく行ってみようか。



 そうしてやってきた店で昼食を取りながら他の町を巡ることを伝えると、納得はされながらも残念そうな顔をされた。


 冒険者をしている以上もしかしたら次に会うことがないかもしれない、というのはわかっているのだろう。


 命を失う人もいれば、他の町を拠点にする人もいる、いろんな理由はそこにある。


 そうして、軽く話をしたあとに、他の知り合いにも挨拶してから行くからと店を後にした。



 冒険者初日に依頼を受けた老夫婦や教会のシスター、いろんな依頼で出会った人達を軽く挨拶をしながら、近々行くことを伝えて回る。


 前に店番をしたことのある店に行くと、遠出するなら足はあった方がいいんじゃないかと勧められた。


 自分の荷物を持っていくにしても、いたら便利だとの言葉に納得して、買える店を紹介してもらった。


 買うかどうかはともかく行ってみることを伝え、いろいろありがとう、そう言って店を出ようとするこう声を投げられた。



 「こっちこそな、お前には助けられた…ありがとよ」



 その顔を見るとそう思っているのだということはわかる。


 嬉しくなって、笑い返すと、彼も同じように笑う。


 ひとしきり笑い合ってから、手を振って今度こそ店を出た。



 紹介された店に行くと、かなり丁寧に騎乗や荷物運びの動物を紹介してくれた。


 馬だけではなく、山羊や羊もいたのは普通に驚いたよ。


 値段と相談しつつ、見ていくと、大きな羊が妙に安かったので、店員に聞いてみる。


 こういうときはなんらかの問題があるだろうとも思えるからだ。


 聞いてみると、戦闘もできる特殊な羊だが、気難しいため貰い手がないとのことだ。


 連れていけるなら格安で、とのことだったのでチャレンジしてみることにしたが、こういうときは力ずくでいくのは悪手だろう。


 とりあえず一緒にいかないか、と期待せずに聞くだけ聞いてみる。



 『その気配…邪神の神子か』



 妙に渋い声で返事が返ってきたため、二度見することになった。


 他の動物の声は聞こえないので、空耳かとも思ったが、そうでもないようだ。


 こんなところで『奴』の祝福が影響するとは思っていなかったが、意思疎通ができるなら、交渉もできるだろう。


 お金を節約したい気持ちもあるから、どうだろうかと誘ってみる。



 『いいだろう、ずっとここにいて暇ではあったからな』



 意外にあっさり受けてもらえたことに拍子抜けするが、受けてもらえたなら問題ないだろう。


 店の人のところまで一緒に来てもらい、言った通りの格安で売ってもらった。


 契約の魔法というのがあるらしく、この奇妙な羊にどうするか聞いてみる。



 『それはした方が便利だろう、その魔法をかければお互いの居場所もわかるようになるからな』



 そういうものなら便利だということで、購入する際に契約の魔法もかけてもらった。


 今更ながら、この大きな羊がなぜ意思疎通できるのか聞いてみる。



 『神子があの邪神の祝福を受けているように、私もあの邪神の加護を受けているからだ。それが私に知性と力を与えた、こうして神子と意思疎通ができるのはそのせいだろう。望んで得た加護ではないが、あっても困るものでもないからな…使いみちがあるなら使うだけだ、今のようにな』



 なるほど、使えるものは使う、わかりやすい答えだ。


 なら、これからよろしく、と、自己紹介をする。



 『ああ、よろしく、神子アリヤ…私に名はないから好きに付けてくれればいい。加護持ちとして、神子に名を付けられることは栄誉なことらしいからな』



 少し考えて、こういうのはフィーリングだろうということで、なんとなく思いついた名を挙げてみる…ブレスト、と。



 『ほう、悪くない響きだ…喜んでもらおう、今から私はブレストだ』



 本当に思いつきだったが、喜んでもらえたので気になっていた神子というものについて聞いてみる。


 『奴』はちいさな加護と言っていたが、ブレストの加護とは違うものなのだろうか。



 『まるで違うな、私の加護と比べ物にならない…なにをしたらそこまで根深い怨念や執念が積み重ねられた祝福を贈られるんだ。見た感じでしかないが、何度か贈られているようだ…まさしく積み重なっている』



 感謝はあったから、この世界で冒険者になってから毎日祈っていたのは確かだ。


 そのせいだろうかと聞いてみると、表情の変化はよくわからなかったが、微妙な雰囲気を出しているように見える。



 『なぜあの邪神にそこまで祈れるのかはわからないが…だからこそ神子なのだろうな。そこまでの祝福を贈られることなど、善神に仕える神子でもそうはない』



 喜んでいいのかはどうか微妙な言葉だったが、使えるなら使えばいいだろうと思うことにした。


 ブレストもそれもそうか、と納得したようだ。



 旅の仲間のブレストと共に、グループのみんなが泊まっていた宿を巡ってみる。


 あいにく、依頼に出ていたようで誰にも会うことはできなかったが、リームさんに伝言してあるから大丈夫だろう。



 そうして一通り挨拶回りを終えてから宿に戻る。


 女将さんと看板娘さんにも明日他の町に配達に行き、しばらくはそこで活動、その後は次の町へ、というのを続けてみることを伝えた。


 二人共寂しそうな表情はしたが、宿を経営しているだけあって、何度も経験してきたのだろう。



 「なら今日は少し夕食を奮発するかね」


 「またミクリアに来たらうちに泊まってほしいしね!」



 そう言ってくれた。


 ブレストのことも問題なく対応してくれたので、また来ることはあったらここに泊まりたいと思う。



 そうして夕食を終え、夜になった。


 ブレストは納屋にいるが、このくらいの距離なら意思疎通の念話も届くようだ。


 話しながら、明日からの旅の準備をしていく。


 お互いの状況のすり合わせということもあり、俺にしては会話が長く続いた。


 そうして、準備が整った頃にはもう遅くなっていたので、ブレストに挨拶をして寝ることにした。


 おやすみなさい。



 『ああ、おやすみ…良い夢を』

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