この頑張り屋さんな女神に休息を!

キャベツ会長

第1話 デートしよう!!

 夏も終わり、刺すような陽射しも弱まり始めた頃のこと


「おっ、カズマじゃねーか! いいところで会ったな。めしおごれよ」


 出会い頭にダストがそんなことを言ってきた。第一声がタカリとは、アクセルいちのチンピラという評判の面目躍如といったところか」


「声に出てんぞ。いいじゃねえかよ。成金冒険者とか呼ばれて有名になるぐらい金持ってるんだろ? 俺なんて借金取りに有り金全部巻き上げられたせいで、ろくにめしも食えないんだぜ!?」

「お前のそれは自業自得だろ。……まぁこれから昼めし食おうとしてたからおごるのはいいんだけどさ。じゃあギルドでも行くか?」


 たまたま昼前から目が覚めて、街をうろついてみればこのありさまである。やはり自宅が最強という前世の持論は間違っていなかったらしい。


 とはいえ、今や俺たちのパーティーが大金持ちなのは事実だし、そういえばその金の一部には、ヒュドラ退治のとき馬鹿をやらかして没収されたダストの報酬も混じっているんだよな。

 なら昼飯をおごるくらいいいか、と普段のようにギルドの酒場に向かおうとしたのだが……。


「さっすが、カズマ! 持つべきものは親友だな! でもよ、行きたいところがあんだよ。そっちにしようぜ」

「……?」



◆◆◆◆◆



 連れられて来たのは、アクセルの街の外れにあるこぢんまりとした喫茶店だ。意外すぎる。ここじゃ軽食ぐらいしかとれないし、何より穏やかな雰囲気にこのチンピラはそぐわない。

 この喫茶店には何回か来たことがあるが、サキュバスが経営してるという訳でも酒がある訳でもなく、あまり客入りの良くないパッとしない店という印象だ。


 だからこそ、とある人物との待ち合わせ・相談場所によく使っているのだが……。

 まさか、ダストもあの人みたいに厄介な相談事でも持ち込んでくるんじゃないかと身構えてしまう。


 とりあえず聞いてみるか。


「行きたいところってここか? どうしたんだよ、一体」

「おう。俺の聞いたところによるとな、どうにもこのサテンに来た男女は結ばれるとかいう、くだらない噂が流れてるみたいだからよ。ここに集まるカップル予備軍共に、嫌がらせでもして仲を引き裂いてやろうかと思ってな。客として来てりゃあ、店員も文句は言えないだろ?」


 なるほど、納得した。ダストという名に恥じない生き方を貫いているようだ。


 しかし、その噂とやらのせいだろうか。確かに店内を覗けば、以前より客が増えてるように見える。

 その多くはカップルで、嫌がらせの一つもしたくなる気持ちはよくわかる。わかるのだが、俺が一緒にいる時にされるのはまずい。


「いや、言えるだろ。追い出されるよ。なあ、俺帰っていいか? ここよく来るからさ、出禁にされたりなんかすると困るんだよ」

「は? 何だってこんなところに。まさかカズマまで女連れで来てたなんて言わないよな?」

「いや、噂とやらは知らなかったけど、女と二人で会うのに使っててさ。……まあデートと言っても過言じゃないかもな、うん」

「……どうせ、お前のとこの三人娘の誰かだろ?」

「いや、そういう色モノ枠じゃなくて……ぅおっ!いきなり掴みかかってくんなよ!」

「ふざけんなよ、カズマっ! 裏切者が! どんな子だ、かわいいのか綺麗系かスタイルはいいのか!?」


 俺の胸ぐらを掴んで激しく体を揺さぶりながら、唾を飛ばし叫ぶダスト。

 くそっ、この余裕のなさ。これだからもてない男は……!まあデート云々は多少見栄を張った感じがあるけども!


「はなせこらっ、はったおすぞ! ……あっ」

「やれるもんならやってみろ! この最弱職……ん?」


「何やってるのさ、キミたち。店先で喧嘩なんてしてたらお店に迷惑だよ? ほら、おわりおわりっ!」


 キレて掴みかかってきたチンピラに、正当防衛のドレインタッチをくらわせてやろうかとしたところで、話題の人物であるクリスが現れた。


 そう、この喫茶店はクリスと神器回収などの話を二人で話したい時に来る店なのだ。今日もクリスがいるとは知らなかったが、相談があるなどとは聞いていないので、たまたま来るタイミングがかぶったのだろう。


 ダストもクリスの登場にしぶしぶ手をはなす。


「よろしい。……で、助手君たちはどうして喧嘩してたの? お昼ごはんでも食べに来たんじゃないの?」

「そのはずなんだけどな。文句ならいきなり暴れ出したダストに言ってくれよ」


 出会ってからずっと呆れ顔のままのクリスにそう答えると、今度はダストが尋ねてくる。


「おいカズマ。よくここに一緒に来る女ってのは、こいつのことか?」

「そうだよ」


 すると、俺の答えに安心したのか、コロッと上機嫌になったダストが大声でまくしたてる。


「何だ驚かせんなよ! こんな胸の無えやつは女とは言わねえよ、男かと思ったぐらいだぜ! どこぞのクソガキの方がよっぽど体が育って……」


「『スティール』ッッ!! ……ふんッ!」

「あぁっ! 俺の冒険者カード!」


 馬鹿なことばかり言うダストは、クリスに冒険者カードを奪われ、ぶん投げられてしまった。

 ……しかし、よく飛ぶなあ。風向きがよかったのか、ぐんぐん飛距離を伸ばす冒険者カードをダストが必死に追いかけている。


「よし、せっかくだから一緒にお昼にしようか、助手君」

「お、おう。でも場所変えた方がいいんじゃないかな、お頭。たぶんダスト怒ってるぞ」


 ダストはずいぶん遠くにいたが、千里眼スキルのおかげでひとまず冒険者カードが地面に落ちたのが見える。

 あいつのことだから、カードを取り戻せばすぐに引き返してきて、仕返しでもしてくるのだろう。面倒だからここから離れたい。

 

「大丈夫だよ。ほら、中に入ろ?」

「大丈夫って、何が……」


「ああああああっ、野良ネロイドが……! それを持ってくんじゃねえ! 待ちやがれ、ぶっ殺すぞ!」


 振り返ってみれば、もうダストの姿は見えなくなっていた。呆気にとられる俺に、クリスは普段通りの笑顔を浮かべながら言う。


「ほらね」


 女神ってこわい。



◆◆◆◆◆


 

 店に入り適当なものを注文した俺たちは、普段通りに奥の方の席で向かい合って食事をとる。


 活発で元気なクリスだが、食事中はそのイメージとは異なる。粗野なはずの冒険者でありながら、貴族のような品のある所作をするのだ。

 そんなところは、冒険者と貴族の二つの顔を持つ、クリスの親友ダクネスに通ずるところがある。


 それもそのはず、冒険者クリスとは世を忍ぶ仮の姿。その正体はこの世界で最も信仰されている神様、女神エリスその人だ。


 俺の視線に気付いたのか、クリスが顔を上げる。ジッと見すぎただろうか。


「どうかした? 助手君。はやく食べないと冷めちゃうよ?」

「あー、お頭の美しさに見惚れて、つい……」

「どうせ食べ方が、とかでしょ。ダクネスにもよく褒められるんだから。……今日はいつもみたいにキミのペースにのせられたりしないからね」


 見破られてしまった。


 得意げな顔もかわいいし、これはこれで……と思ってしまうが、それではいけない。

 最近はめぐみんなんかにはいいように振り回されてしまっているが、俺が目指すものは亭主関白なんだ。ここは心を鬼にして主導権を取り戻さなくては。


 そこでさっきダストが面白い話をしていたのを思い出した。


「ところでお頭。俺の聞いたところによるとですね、どうにもこの喫茶店に来た男女は結ばれるとかいう、素晴らしい噂が流れてるそうですよ」

「へえ、そんな噂があったんだ。そういえば男女のお客さんが多いね」


「そして、ここにもまた一組の男女が……。この喫茶店を教えてくれたのはお頭でしたよね。もしかしてお頭って、俺のことが好きなんじゃ……。」


「ちっ、ちち違う、違うよ! そんな噂知らなかったし! この店の店主さんが、よく教会にお客さんが増えますようにってお願いしに来てたからじゃあ食事なんかはなるべくここでしようかなと思っただけで別に全然そういう意図はなかったし……」


 クリスは飲みかけのスープをスプーンでぐるぐると執拗にかき回しながら、早口でまくしたてる。


 しかし、そうか……。この店で噂が流れたのは、その噂のおかげで客が増えてるのは、エリス様のご加護ってやつかもしれない。

 自覚があるかはわからないが、相変わらず働き者の女神様である。


 ……そんなことより、渦を巻くスープがそろそろ皿のふちに届きそうになっている。


「スープこぼれちゃいますよ、エリス様。大丈夫ですか?結婚しますか?」

「からかうのもいい加減にしないと天罰を与えますよ、カズマさん」


 律儀にエリスの口調で応えてくれる。俺が言うのもなんだけど、こんな戯言は適当に聞き流してしまえばいいのに。

 真面目すぎるくらいに真面目なんだよなあ。友人としては少し心配になってしまう。


「今日はお仕事はお休みですか?」

「そうですね。魔王軍に目立った動きは見られませんし、神器に関しても有力な情報は得られていません。この世界の人々のためにも、こんなところで油を売らずに働くべきなのでしょうが……。過干渉もまた問題になってしまうんです」


 お祭りではハメを外しすぎてしまいましたね、と頬の傷痕をぽりぽりと掻きながら言う。

 頬に傷……。よく考えてみれば、女神の顔が傷つけられるなんて大問題じゃないか。そんな危険な仕事もしているのだろうか。


 気にはなるけど、その辺に首を突っ込むのは正直怖い。俺なんかが事情を知ったところで助けられるわけじゃないだろうし。あっさり死んで、かえって迷惑をかけるのが関の山だ。


 じゃあ何か他にできることはないだろうか……。


「そうだっ!」

「どっ、どうしたの?」


 名案が浮かんだそのままの勢いで立ち上がる。

 そんな俺になぜかちょっと警戒の色を見せながらクリスが尋ねてくる。


 だから、クリスに手を伸ばしてこう言った。


「俺とデートしよう!!」

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