第2章 聖なる乙女5
若者が先頭になって、横穴へと入っていった。
闇の奥から冷たい風が強く吹き付けてきた。それに風鳴りが気味の悪い唸り声に聞こえた。勇気の欠ける者ならば、それだけで逃げ出してしまいそうな不気味さだったが、しかし若者の心はぴくりとも動揺を起こすさなかった。
洞窟は真っ暗で、天井が低かった。若者は身を低くして、そろりそろりと足を進めていく。
ふと背後で、少女が何かに躓いた。
×××
「慎重に行きましょう」
少女
「そうですね」
やんわりと緊張を挫かれた感じに、少女が苦笑いをした。
洞窟の奥から、ささやかな光が漏れ入ってくる。光はそれだけだった。
冷たい風は、奥へと入り込むと、いくらかやわらいだ。その代わりに、異形の者達がさざめく声が、奥の方から漏れ聞こえてくる。それがありもしない魔の気配を作り出すが、しかし全て風の音だった。
若者が、荷の中から松の木ぎれを引っ張り出した。
×××
「松明を付けます」
少女
「待ってください。悪いものに気付かれます。私に任せてください」
少女は短く呪文を唱えると、杖の先が鈍く光り始めた。さらに掌に光の珠が現れ、その光を若者の掌に移す。
少女
「ねっ、役に立つでしょ」
少女は得意げに微笑む。若者も釣られて微笑みを浮かべた。
洞窟は細く、狭い道ばかりが続いた。いくつにも分岐して、侵入者を迷わせる。若者と少女は、何度も行き止まりにぶつかり、その度に行ったり来たりを繰り返した。
洞窟にはどこにも人の手が加えられた跡はなく、完全に天然の穴ぐらだった。妖精達の住み処で、ここでネフィリムに出くわす心配はなさそうだった。
道は複雑に絡みながら、奥へ奥へと続き、間もなく風の音に子供の泣き声が混じり始めた。泣き声を辿って奥へ進んでいくと、空間が大きく開けた。
広場には妖精達が一杯にひしめいていて、奥に祭壇のような物が作られ、そこに子供が置かれていた。祭壇の周囲で、妖精達が騒々しく儀式めいた踊りを踊っている。
若者は剣を抜いた。
×××
「かなりの数です。どうします?」
少女
「もちろん戦います。やっ!」
少女が飛び出した。かけ声と共に光の珠を放つ。突然の光を浴びた妖精達が、目を眩ませた。侵入者の存在に、混乱が広がる。
少女
「では前衛をよろしくお願いします」
×××
「了解しました」
若者が広場に飛び出した。妖精達はキイキイ声を上げながら、若者に飛びかかってくる。数は20を越えている。いずれも身の丈が小さく、力も強大ではなかったけど、数が多く、それに爪も牙も鋭かった。
若者は向かってくる妖精を剣で振り払う。若者の剣術でも、妖精はなかなか捉えられない。
妖精達はチョコチョコと動き回って若者を翻弄した。キイキイと耳障りな音を立てて挑発する。
若者の不意を突いて、妖精が飛びかかってくる。避ける間がなかった。妖精が若者に縋り付いて、身体を爪と牙でひっかく。若者は妖精を振り払い、斬り倒した。
妖精は減るどころか、次から次へと横穴から飛び出してくる。若者は徐々に妖精達に追い込まれていった。
妖精達が若者の体に飛びついてくる。遂に剣を振るう間がなくなってしまった。若者は妖精達に突き倒され、目の前に斧が迫る。
瞬間、光が走った。妖精が悲鳴を上げながら吹っ飛んだ。
続いて小さな光があちこちで爆ぜる。若者に取り付いた妖精が、次々に弾け飛んだ。
若者は咄嗟に跳ね起きた。すると地面に光るリングが浮かび上がる。ルーン文字がいくつも浮かんだ。
魔方陣だ。
若者は直感的に、リングの外に飛んだ。
刹那、光が走った。爆音が轟く。妖精達が光に飲み込まれた。一瞬のうちに灰も残さず消滅した。
残った妖精達が驚きと怯えでまごついている。若者は油断なく飛びつき、残りの数匹をなぎ払った。あとの何匹かは、闇の中へと遁走した。
辺りは急速に静まり返った。魔法の余韻が尾を引くように、光がパチパチと爆ぜていた。
少女
「大丈夫ですか。申し訳ありません。警告する間がなくて」
×××
「いいえ。むしろ助かりました。お礼を言います。しかし肝を潰しました。あなたのような若き乙女が、あんな術に長けているとは」
少女
「あら、見た目より年寄りかも知れませんよ。私は今、バン・シーなのですから」
少女は明るく笑ってみせた。
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