第168話 異世界日録 佐々木文哉 2
『3453年7月17日。
河上の剣は奪った。
その際に河上を殺してしまったが、何が悪い。
あいつは共和国と元老院の手下、人間界を守る存在。
どうせいつか殺すんだ。
私は悪くない。
全ては人間界惑星を滅ぼすため。
冬月も逆らえば……。』
『3453年7月27日。
今日は冬月を殺した。
あいつは私の行いが間違いだと言ったが、私は間違っていない。
間違っているのは人間界惑星だ。
魔王を封印した剣を渡さない、冬月だ。
私は悪くない。』
『3455年1月30日。
不完全な形で魔王になっても、人間界は滅ぼせない。
だが、冬月の剣は見つかりそうにない。
役立ちそうなのは、河上の持っていた宇宙軍艦の設計図。
これさえあれば、転送地と宇宙の両方から人間界惑星を攻め立てることができる。
魔王になった暁には、この軍艦を作りだそう。』
『3457年12月21日。
結衣に会えぬ人生なんて、終わらせてしまいたい。
だが、人間界惑星への憎しみが、私を生かす。
ならば、私は私を捨て、新たな人生をはじめるしかない。
私は、魔王になった。
不完全な魔力であるため、転送地は消えてしまったが、問題ない。
私は魔族を率いて、魔族に命を下せる存在なのだ。
軍艦さえあれば、人間界惑星へ攻め込むことはできる。
しかし、私が魔王になったことは隠すべきだろう。
先代魔王の権威は絶大だ。
これを利用しない手はない。』
『3469年4月5日。
軍艦の建造は遅れている。
文明レベルの差は解決のしようがない。
ここは、基礎レベルの技術から広めるしかないようだ。
我の元いた世界の技術を、広めよう。
優れた魔族ならば、必ずややり遂げてくれる。』
『3477年5月25日。
軍艦の試作型が、ついに宇宙を飛行することに成功した。
元いた世界の文明を徐々に広めて18年。
さすがは魔族である。
我に従順な、優れた種族たちである。
試作型の初飛行成功で、艦隊構想の現実味は増した。
それは、人間界惑星進攻の第一歩でもある。
最終目標へ向けて、着実に歩を進めよう。』
『3491年1月17日。
魔界艦隊が発足した。
34年の月日をかけて作り上げた艦隊は、威容を誇る素晴らしい出来であった。
これを足がかりに、艦隊の規模を大きくしていく。
人間界惑星を滅ぼすには、あと20年は必要だろう。
だが34年、我は待ち続けた。
たかが20年、大した時間ではない。』
『3491年3月20日。
魔王城の隣に、魔界初の超高層ビル、ネリーヒルズが完成した。
あの建物にいれば、まるで元の世界に帰ったような気分になれる。
元の世界に帰れぬのなら、この魔界を、元の世界に変えてしまおう。』
『3508年9月15日。
来る戦争のため、ジョエルが人間界惑星への潜入を開始した。
ジョエルはヴィルモンの大臣、レイモン=ダレイラクという男の体を乗っ取った。
ヴィルモンは元老院の議長国である。
その中枢でのジョエルの活動は、重要になるだろう。』
『3515年2月3日。
ジョエルの情報によると、ヴィルモン王リシャールもまた、戦争を望んでいるらしい。
共和国は共和国艦隊を作り上げ、我らとの戦争に備えている。
このままでは、魔界艦隊と共和国艦隊の戦力差は拮抗してしまう。
魔界艦隊の方が優れている今のうちに、戦争をはじめるべきだ。
我は決断した。
5月3日、人間界惑星との戦争を開始する。』
『3515年5月23日。
前線からの報告では、我が魔界艦隊が共和国騎士団に大勝したようだ。
当たり前だ。
人間が魔族に勝てるはずがない。
ところが、ジョエルから気になる情報を得た。
共和国は異世界者の召還を決定したらしい。
またもこの世界に閉じ込められる、哀れな者たちが増える。』
『3515年6月9日。
共和国元老院が、新たな異世界者であるクボタ=ナオトとアイサカ=マモルを追放した。
魔界艦隊を撃破した者たちを追放するとは、元老院も愚かである。
だが良い機会だ。
彼らを我の仲間とし、愚かな人間界惑星を滅ぼす駒としよう。』
『3515年6月13日。
久保田直人が、魔界惑星の一員となった。
彼は使える存在だ。
彼は我と同じく、元老院を憎んでいる。
魔界軍に協力する気はないとのことだが、久保田を引き抜いたのは大きい。
相坂という異世界者は、なかなかにおかしな人物だ。
不機嫌さを隠しきれぬあの顔つき、陰湿な目、根暗な雰囲気。
とても異世界者らしくはない。
あの者は捨てて置いても問題はなかろう。』
『3515年10月10日。
ジェルン将軍が死んだ。
彼を殺したのは、あの相坂だそうだ。
相坂は共和国傘下の人間ではないと聞いていたが、彼もまた、我を邪魔するか。
魔界艦隊の負けが続いている。
ジェルンが死んだ今、魔族は揺れ動いている。
エルフの族長が怪しい動きをしているという情報すらある。
人間界惑星を滅ぼすために、このようなところで足踏みをしている場合ではない。
次の手を、次の手を考えねば。』
『3515年10月11日。
不思議な夢を見た。
我の元いた世界、その未来を舞台とした夢だ。
やはり元いた世界の文明は凄まじい。
ついには太陽系を制覇したというのだから、驚かざるを得ない。
夢ではあったが、久々の元の世界は懐かしかった。
しかし結衣の姿だけは、見ることができなかった。
結衣は、無事なのだろうか……。
結衣のことを考えたのは、何年ぶりだろう。』
『3516年1月21日。
謎の電波を傍受した。
場所は魔界惑星から106万キロの地点。
どことなく、元の世界と同じ言語を感じた。
気になる。
明日にでも探索に出掛けよう。』
『3516年1月28日。
なんということだ!
我は再び、地球の姿をこの目にした!
電波の発信元は、地球人が打ち上げた探査衛星デスティニー号であった。
デスティニー号が発する電波の先には、地球の姿が。
魔界と人間界が同じ宇宙の惑星同士であったのだ。
地球もまた、例外ではなかった!
なんとしても、行かねば。』
『3516年2月1日。
この日を待ち望んでいた。
元の世界に帰る、この日を。
故郷に帰る、この日を。
残念なことに、地球は我の知っている地球ではなく、2304年の地球であった。
だが問題ない。
地球は見つけたのだ。
ならば時を超える方法さえ見つければ良い。
今日は素晴らしい1日だ。』
『3516年2月9日。
この世界に関する研究を応用し、時を超えねばならぬ。
元の世界に帰るため、研究をはじめなければならぬ。
だがそれには、召還の間を調べることが必須だ。
我が艦隊を使って、ヴィルモン王都に向かおう。
なんとしてでもジョエルと合流し、召還の間へ向かおう。』
『3516年2月12日。
召還の間のデータ、転送地のデータ、そしてデスティニー号。
研究材料は揃った。
これからは研究に没頭する毎日となるであろう。
しかし、60年ぶりのヴィルモンは大きく変わっていた。
特に目についたのが、元老院ビルであった。
地球の文明を使ったあの建造物は、我の作り出した建造物となんら変わりない。
あれを構想したのは、河上だとジョエルは言った。
意外だった。
河上は、我ら異世界者の中では最も異世界に馴染んだ男。
それがあのような建造物を構想するとは。
ひょっとすると、彼もまた、元の世界への未練を断ち切ることができなかったのかもしれない。
我らはやはり、地球人なのだ。
久保田や相坂、そして村上という頭の軽そうな3人もまた、地球人である。
彼らも必ず、我の研究に加わってくれることだろう。』
『3516年2月19日。
戦争などしている場合ではない。
短期間の研究で、次々と新事実が明らかとなる。
ジョエルも驚いていた。
70年にも及ぶ研究の成果は、このときのためにあったのだ。
我は心が躍っている。
一度は諦めた、元の世界への帰還。
それが今、実現への大きな一歩を踏み出した。
一度は閉ざされた、元の世界への道。
それが今、目の前にある。
これほど晴れやかな気分は、もうないものと思っていた。
しかし、我は90を超えた老人となってしまった。
果たして結衣は、今の我を見て、我と気づいてくれるだろうか?
魔王となった我を、受け入れてくれるだろうか?
いや、どうなろうと構わぬ。
結衣の元気な姿を、もう1度だけ目にすることができれば、それで構わぬ。
我はただ、これを望んでいたのだ。
そのためならば、何でもすると心に決めた。
待っていろ、結衣。』
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