第123話 使い魔の役割

 小型輸送機の熱魔法掃射に、親衛隊はなす術がない。

 防御魔法で身を守ったとしても、出力の高い熱魔法を連続で受ければ、防御壁はすぐに壊れてしまう。

 ヤツらはほうほうの体で、壁や柱の陰に隠れることしかできない。


「こっちです!」


 けたたましい攻撃の音に紛れて、フードの叫び声が聞こえた。

 声のした方向に目を向けると、4人の人影がこっちに手招きをしている。

 ……全員がフードを被ってるが、どいつがフードだ?

 まあいい、ともかく彼らのもとへと向かおう。


「小型輸送機の援護に隠れて行くよコラァァ!」


 先陣を切ったのはスチアだ。

 彼女に続き、ジョエルを背負ったリュシエンヌ、そして村上が立ち上がる。

 俺とロミリア、ミードンは、メルテムを引っ張りフードのもとへと向かう。

 

 こちらが動いたのに気づいたか、親衛隊も動き出す。

 まず最初に、数人の親衛隊が村上に襲いかかった。

 だが襲いかかった全員が、小型輸送機の熱魔法掃射に蜂の巣とされ、無惨な死体となる。

 他の親衛隊も、ことごとくスチアやリュシエンヌの剣に切られるだけ。

 もはや形勢は逆転しているのだ。


 スチアを追い、フードの待つ場所に走ると、屋上へと続く階段が見えてきた。

 ようやくこのビルを脱し、人間界惑星に帰れる。

 

「痛い!」

「メルテムさん! アイサカ様、メルテムさんが!」


 ようやく帰れると思った矢先、メルテムが足をもつらしその場で転んでしまう。

 なんつうタイミングで転ぶんだよ、まったく!

 例によって親衛隊はそれを見逃さなかったようで、せめてもの抵抗なのかメルテムに剣先を向けて突撃してきた。

 運悪く、小型輸送機は別方向に攻撃中。

 早く助けないと。


 メルテムに飛びかかる親衛隊に向けて、俺とロミリアは炎魔法を放つ。

 相手が炎を避けられぬよう、2人で挟み込むように攻撃だ。

 俺とロミリアから放たれた灼熱の炎魔法は、逃げ場のない親衛隊の体を焼き尽す。

 

 短い間かもしれんが、これでメルテムが逃げる時間は稼いだ。

 しかし彼女は動かない。

 怪我をしているようには見えないため、単に恐怖で動けぬのだろう。

 ったく、世話が焼ける。


「彼女は我々が!」


 半ば反射的にメルテムのもとに駆け寄ろうとした俺たち。

 だがいつの間に、3人のフードがメルテムを護衛していた。

 コイツら、親衛隊相手に戦えるのか?


 1人のフードがメルテムを背負い、残りの2人が剣を構える。

 剣を構えた2人は、飛びかかる親衛隊の数人を斬りつけ、メルテムを守る。

 あの親衛隊と戦えるということは、フードたちもそれなりの剣の腕の持ち主だ。

 メルテムはコイツらに任せよう。


 急ぎ階段を上がり、屋上に出る俺たち。

 屋上には、熱魔法掃射を行う小型輸送機とは別の小型輸送機が待機している。

 スチアやフードたちは、こちらの小型輸送機に乗ってきたのだろう。


 エンジンは起動したまま、後部ハッチを開けて待ち続ける小型輸送機。

 俺たちは全速力でそこに乗り込む。

 最後にメルテムと彼女を運ぶ3人のフード、そしてスチアが乗ると、小型輸送機は高度を上げ、屋上を離れる。

 後部ハッチは閉められていき、窓から見える高層ビルは、徐々に小さくなっていった。


「よっしゃ、脱出だ! 余裕だったな! さすが俺!」

 

 機内で仁王立ちし、訳の分からんことを言う村上だが、脱出成功は事実だ。

 これでガルーダに帰れる。

 ガルーダに帰れるということは、人間界惑星に帰れるということである。


「ロンレン様からの伝言」


 座席に深く座り、安堵していた俺に、フードの1人がそう言う。

 なんで、フードが複数人いるんだろうか?

 親衛隊とも渡り合ってたし、コイツら何者だ?

 まあいい、ヤンから伝言とやらを聞こう。


「ノルベルン王都にて、元老院による異世界者追放の取り消しに関する会議が行われているが、ヴィルモンが怪しい動きをしている。そこで、アイサカ司令とムラカミ司令に会議に参加してほしいとのこと」


 ロッド司令が言っていた、異世界者追放取り消しの動きってやつか。

 しかし、ヴィルモンの怪しい動きとはなんだろうか。

 ヤンがわざわざ言うんだから、急いだ方が良いかもしれんな。


 それにしても、脱出に成功し冷静になると、久保田に関していろいろと考えてしまう。

 久保田の怒り、恐怖、哀しみの大きさは理解しているつもりだ。

 でも、彼はなぜ冷酷に佐々木を殺し、ジョエルまで殺そうとしたのだろうか。

 彼はあれほどまでに、厳しい人間だっただろうか。

 魔王の魂は支配欲をかき立てると言ったが、厳しさに関してはどうなのだろう。


「クボタをよく知るであろうアイサカさんに、1つだけ聞きたいことが。クボタは元から、ああいう性格の人間なのですかな?」


 あれこれと久保田について考えていると、座席に座るジョエルがそう質問した。

 よりにもよって久保田に関すること。

 俺はすぐに答える。


「いいえ。基本は冷静な性格ですけど、正義感が強くて、熱い、優しいヤツです。あんなに厳しい人間じゃないはず」

「そうですか。では、クボタの使い魔のルイシコフは、どのような人間で?」

「久保田以上に冷静沈着、柔軟な考えの持ち主です」

「厳しい性格ではなかったですかな?」

「……比較的厳しい人だったです」

「やはり、そうですか」


 言われてはじめて気づいた。

 久保田は厳しくなくとも、ルイシコフは厳しい人だ。

 まさか、それが関係するのか?


「異世界者、正しくは地球人ですかね。地球人を召還する際、なぜ生け贄が必要となり、なぜその生け贄は使い魔となるのか、ご存知ですか?」

 

 続くジョエルの質問。

 これには村上、リュシエンヌ、俺、ロミリアの順で回答する。


「知らね」

「異世界者に生命力を与えるためであろう」

「なんかの代償」

「……異世界者の理解者」

 

 おいおい、異世界者2人の答えがテキトーすぎるだろ。

 村上に至っては、答えにすらなってないじゃないか。

 なんか、使い魔2人に申し訳ない。


「なるほど。地球人は召還されるその時、異次元を通ります。その際に莫大な魔力を身に宿すのですが、生命力は維持できず、代わりとして生け贄の生命力を使って、人間界惑星到着時に地球人を生かす。そういう意味では、リュシエンヌさんの答えが正しい」


 そういや、そんな説明を大昔にされた気がする。

 すっかり忘れていた。

 存在が当たり前すぎて、なぜ使い魔がいるのかなんて考えたこともなかったし。


「しかし、ロミリアさんの答えが、実は使い魔の本質なのです。長くササキ様の使い魔であったが故に、それを知りました」


 おや? これは初耳の情報が飛び出しそうな予感。

 ロミリアの答えは、『異世界者の理解者』だったな。

 

「地球人は、人間界惑星においては異質な存在であり、孤独でもある。同じ地球人同士でも、必ず親交が深まる保障はない。ところが使い魔は違う。使い魔は主人の魔力であり、主人の一部。逆に、生命力を与えられた主人は、使い魔の一部でもあるのです」

「それは、アイサカ様が私の生命力で生きているから、アイサカ様は私の一部のようなもの、ということですか?」

「その通りです。地球人は人間界惑星において異質な存在。使い魔がそれを受け入れ、思想・感情の域まで同一の存在となり、良き理解者となることで、地球人の異質さを軽減し、孤独を癒す。これが、使い魔の本質なのです」


 俺の最大の理解者がロミリア、ということか。

 さすがはハイスペック、使い魔の本質をすでに理解していたとはね。

 こうなると、もはやロミリアに頭が上がらない。

 ロミリア様って呼んだ方が良いかもしれん。


「使い魔とその主人は一心同体、相互に作用します。無意識のうちに、お互いの思想・感情が混同することも少なくありません。今になって振り返ると、私もササキ様も、あの時の思想・感情がどちらのものだったのか、分からなくなっているぐらいです」


 ということは俺も、無意識のうちにロミリアの思想・感情で動いてるかもしれないと。

 ロミリアもまたその可能性があるかもしれないと。

 果たして、俺のどの行動がロミリアの思想・感情だったのだろう。

 振り返っても分かりゃしない。

 ただ、ロミリアが何かをめんどくさがったら、たぶんそれは俺の思想・感情だ。


「クボタに話を戻しましょう。クボタは厳しい性格ではないと、アイサカさんは言った。しかし使い魔のルイシコフは、厳しい性格だとも言った。そこから考えられるに、クボタの厳しさはルイシコフの厳しさということです」

「……だけど、ルイシコフはもっと現実を見る人だ。あんなこと言わない」

「それはクボタの思想・感情ではありませんか? クボタは正義感の強い方だとか。正義感の強い方は総じて、夢見がちです」

「…………」


 相互に作用しあう、か。

 友達だからこそ言うのだが、久保田はああ見えて、確かに夢見がちだ。

 ジョエルの言うことは否定できない。


「要因はそれだけではないでしょう。魔王の魂は、支配欲をかき立てます。クボタはもはや、クボタであり、ルイシコフであり、魔王でもあるのです。純粋なクボタはもはやいないと考えていいでしょうな」


 あの久保田はもういない?

 俺はそうは思わない。


「久保田は、純粋な久保田はまだいる。俺たちを逃がしたのが証拠だ。魔王やルイシコフなら、俺たちを殺したはず。いや、それ以前に、リナを愛するのは純粋な久保田だ」

「リナ殿下を愛するのは、ルイシコフの思想・感情では?」

「違う。ルイシコフのリナに対する愛は、娘や孫に対するものと同じだ。だが久保田の愛は、そうじゃない。あれは間違いなく、久保田の思想・感情・愛だ」


 この俺が愛を語る。

 冗談のような事態だが、久保田を救うためなら冗談じゃない。

 純粋な久保田はまだ存在するし、だからこそ彼を救うことはできる。

 そんな俺の言葉に、ジョエルも納得した様子だ。

 

「……ササキ様の使い魔ならばこんなことは言わなかったでしょう。ですが、今の私はレイモン=ダレイラクに憑依する、使い魔でないジョエル=ド・ラクロ。人間界の平和を望んだヴィルモンの一官僚です。私はアイサカさんたちに協力しましょう」

「え?」

「クボタを救うために、戦争の終結にも協力します。私にできることならば、なんでもしましょう」

「あ、ありがとうございます!」


 まさかまさかの、新しい味方の登場だ。

 しかも、これほどまでに頼れる味方はありがたい。


「せっかくだからよ、この村上様もてめえに協力してやる。いいよなリュシエンヌ」

「当たり前だ」

「じゃあ相坂、そういうことだ。感謝しろよ」


 これは、単純バカの優しさと解釈すりゃ良いのかな?

 ただただムカつくだけなんだけど。

 まあ、異世界者が味方についたと考えれば悪い話じゃない。

 感謝ぐらいはしておこう、心の中でな。

 

「クボタさんはアイサカ様のお友達です。クボタさんを救わないと、アイサカ様は私しかいなくなっちゃいます。それはやっぱり、悲しいです。だからアイサカ様、私もできる限りのことはします」


 俺の理解者であり、最後まで味方であろうロミリアの言葉。

 味方がロミリア1人になっても俺は気にしないが、ロミリアは悲しいだろうな。

 彼女のためにも、なんとか久保田を助けよう。


 佐々木が死に、久保田が魔王になった。

 おかげで戦争を終わらせることもできなかった。

 だが、まだ希望が消えた訳じゃない。

 むしろ新たな希望が生まれたと言っても過言じゃない。

 なんとしてでも戦争を終わらせ、久保田を救ってみせる。

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