第51話 ピサワンの今後
ドラゴンの撃破から10分近くが経った。
艦橋をフォーベックに任せ、俺はミードンと一緒に後部格納庫に向かう。
無論、ロミリアたちを迎えるためだ。
甲板に着陸した小型輸送機は、すでに後部格納庫に入っている。
格納庫のシャッターはしめられ、小型輸送機からは、3人の女の子(1人は見た目だけだけど)が出てきていた。
ロミリアたちだ。
俺はすぐさま、彼女たちのもとに駆け寄る。
「よかった、3人とも無事で」
「ええ、この通り元気ですよぉ。また、助けられちゃいましたね」
「気にするなヤン。司令の俺がお前らを救うのは当然だ」
「おや? 今のアイサカ司令、ちょっとかっこいいですねぇ」
いつも通りの様子のヤンに、俺は安心する。
コイツはやっぱり、少し軽い方が落ち着くな。
なにより、笑顔が可愛くてキュンとする。
ん? キュンとする?
いかんいかん、コイツは男なんだ。
世の女性の隠れた脅威である、女好きの野郎なんだ。
次はスチアだ。
市民議会での暴れっぷりを見たせいで、なんか怖くて近づけない。
だが彼女は、ロミリアとヤンを見事に守り抜いてくれた。
これは感謝しないといけないだろう。
「護衛任務、お疲れさん。2人を守ってくれてありがとな。勲章級の働きだったぞ」
「そう? いつも通りにしただけなんだけどね」
「あ、そうなの……」
あれがいつも通りなのかよ……。
あんなに剣とか投げまくって、魔族殺しまくってたのが、いつも通りなのかよ……。
あのバイオレンスが、いつも通りなのかよ……。
……やっぱり怖い。
最後にロミリアだ。
俺は彼女と視覚をリンクさせていたから、任務中の彼女の表情は見られなかった。
だから分からなかったのだが、ロミリアはかなり疲れた表情をしている。
なんか、出発時より痩せたように見えるぞ。
大丈夫か?
「ニャーム!」
俺の心配をよそに、俺の肩に乗っかっていたミードンが、ロミリアの胸に飛び込む。
アイツ、片時も彼女から離れようとしないんだよな。
どうしても離れなきゃいけないときは、使い魔の主人である俺から離れない。
ホントにミードンはロミリアが大好きだな。
「あ! ミードン! よしよし、ちゃんと大人しくしてた?」
「ニャーン、ニャーン」
おっと、ロミリアの疲れた表情が吹き飛んだぞ。
ロミリアもミードンが大好きだ。
側を離れようとしないミードンを、いつも肩に乗せるなりして一緒にいる。
なんだか可愛いな、どっちも。
「ロミリア、よく頑張った。すごかったぞ。大活躍だな」
褒め言葉しか出てこないが、別に良いだろう。
それに値することを、ロミリアはやってくれたんだから。
「あの……ありがとうございます。でも……その……」
うん? なんか歯切れが悪いな。
何かあったんだろうか?
「どうした?」
「いえ、その……私のこと、呼び捨てだなと思って……」
あ、言われて気づいた。
俺は紳士を気取って、ロミリアは必ずさん付けで呼ぶようにしていたんだ。
たまに呼び捨てもしていたが、それは総じて緊急事態のとき。
こうして普通の口調で呼び捨てにするのははじめてだ。
「悪い、ロミリアさん」
「あ、謝らないでください! その……呼び捨ての方が、良いですし……」
あれま、呼び捨ての方が良かったんですか。
そりゃそうだな。
さん付けだと距離を感じるし。
でも今さら呼び捨ても、ちょっと照れくさいぞ。
「ロ、ロミリア、ともかくよく頑張ったよ。ゆっくり休んで良いぞ」
「はい!」
照れくさがってる俺に比べ、嬉しそうな顔のロミリア。
そうか、そんなに呼び捨ての方が良かったか。
じゃあ、これからもそうしよう。
さて、3人は無事に帰ってこられたが、講和派勢力の任務は?
3人のおかげで、ジェルンがピサワン市民議会を従属させたという情報は獲得した。
しかし、こちらの存在はジェルンにバレている。
これ以上ピサワンに探りを入れるのは、ちょっと危険だろう。
だとすると、ピサワンを探れという任務はどうなるのか……。
「ヤン、これから俺たちはどうすれば良い?」
講和派勢力関係で困ったら、ヤンに聞く。
これは鉄則だ。
彼はどうも、講和派勢力の中枢に近そうだしな。
実際、ヤンは俺の質問にすぐ答える。
「現状、ジェルン将軍に先手を取られました。講和派勢力の任務は中止ですねぇ」
そうか。
なら、これからどうするんだろうか。
ピサワンに魔界軍が駐留するのはマズいだろう。
「このことを共和国に伝えるなりなんなりして、ジェルンらを叩くか?」
「共和国には伝えます。でも、ジェルン将軍を叩くのはダメです」
「は? いや、事実上ピサワンは魔界軍に占領されたんだぞ?」
「アイサカさん、きちんと覚えてますよね? ピサワンと共和国の関係」
「……ああ、なるほど」
そうだった、俺が迂闊だった。
ピサワンは激しい反共和国感情がある国だ。
魔界軍よりも共和国軍の方が嫌われている国だ。
「自分の国の首長が、平和のために魔界軍と手を結ぶと宣言しました。しかしそれはダメだと、共和国軍が攻撃を仕掛け、ピサワンで戦争がはじまります。さて、反共和国感情を持っていて、魔界軍にそれほどの警戒心を持たない人々は、どう思います?」
「……共和国は自分らの平和への願いを踏みにじり、自分らを戦争に巻き込む危険な存在だと確信する」
「その可能性が一番高いですねぇ。そしてそれは、ピサワンと共和国の完全な決裂を意味します」
今はまだ、ピサワンは市民議会といった偉い人しか魔界軍に従っていない。
だがピサワンの一般市民までもが魔族に従えば、いろいろと終わりだ。
ピサワンは完全に、魔界軍の手に堕ちる。
「おそらくジェルン将軍の狙いは、ピサワンを前線基地として、人間界惑星侵略の橋頭堡とすることですねぇ。そのためには、ピサワンの完全な共和国との決裂が必要です。ですから共和国軍が魔界軍を攻撃すれば、ジェルン将軍の思惑通りになってしまいます」
困ったな。
でも、他にもピサワン解放の方法はあるはず。
「共和国軍じゃなく、俺たちがジェルンらを叩くってのは?」
「アイサカさんは異世界者ですよぉ。そしてその異世界者を召還したのは、共和国です」
「む。じゃあ、ジェルンの暗殺」
「暗殺だと、誰が殺したのか一般人には分かりません。魔界軍は、共和国の仕業だと喧伝するでしょう」
「むむ。なら、ピサワン首長や商人ギルドの懐柔」
「悪くない手ですねぇ。でも、魔族の監視を避けるのは難しいですよ」
「むむむ」
なんだよ、何もできないじゃないか。
ジェルンの有能さにここまで振り回されるなんて、最悪だ。
「俺たちはどうすればいい! ピサワンを放っておくのか?」
「そうです」
ヤンのヤツ、頷きながらはっきりと言いやがった。
マジかよ。
ホントに放っておくのかよ。
「大丈夫ですよぉ。ピサワンにいる魔界軍は、単なる斥候です。人間界を侵略するほどの戦力はありません」
「……まあ、そうだが」
「それに、魔界軍がいるとなれば、共和国はピサワンの生産品の輸入を止めるはずです。それで一番困るのは、ピサワンを実質支配する商人ギルド。彼らは市民議会でも、魔族にあまり良い顔をしていませんでしたからねぇ。確実に不満が募ります」
「市民議員たちは?」
「彼らは恐怖で支配されているだけです。恐怖に耐えかね、それから解放されるためなら、不満が募る商人ギルドを頼りますよ。自分の平和が一番な連中ですからねぇ」
「……そうか」
「何より、龍族は短気が特徴ですから」
ここまで聞くと、確かに放っておいた方が良い気がする。
恐怖による支配って長続きしないもんな。
トップが短気なら、なおさらだ。
それは歴史が証明している。
「でも、俺たちが放っておいても、共和国は攻撃を仕掛けるかもだぞ」
「それも大丈夫です。サルローナの王様とかは危険ですが、リシャール陛下やイヴァン陛下はとても聡明なお方。ジェルン将軍の狙いに必ず気づくはずですよぉ。そうすれば、パーシング陛下らも従い、元老院はピサワンに攻撃を仕掛けない」
「確実にそうなるとは限らないだろ」
「元老院には講和派勢力もいます。安心してくださいよぉ」
共和国だってそこまでバカじゃない、ということか。
まあヤツらだって、ピサワンとの関係は重々承知してるはずだもんな。
ここは、信用するしかないのか。
俺たちはピサワンをしばらく放っておくってことで良いんだな。
魔界軍によるピサワンの恐怖支配が破綻するまで、待てば良いんだな。
さて、これからどれだけの時間、待つことになるのやら。
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