第49話 剣と魔法

 スチアがいくら煽っても、魔族たちは攻撃を仕掛けてこない。

 彼女の戦闘力に恐れているんだろう。

 ただ、魔族たちのその選択は正しいな。

 策もなく斬り掛かっても、返り討ちにあうだけだろうし。


「弱気になるな! 俺たちは魔力で強化してんだ!」

「相手は小娘! ここは数で攻めるぞ」

「よし、全員でかかれ!」


 数の暴力で攻めてきたか。

 まあこれも、スチアからすれば想定内なんだけどさ。


「ロミリア! 魔法で敵を攪乱して!」

「は、はい!」


 突然の指示に、ロミリアが右往左往する。

 だから俺の視界も右往左往する。

 アドバイスの1つでもしておこうか。


 前方はスチアが槍を振り回しているんで、魔族たちはまともに動けていない。

 だが後方はがら空きで、魔族たちがロミリアとヤンを殺そうと迫ってきている。

 なら、ここですべきアドバイスはこれだ。


『落ち着けば大丈夫だ。まずは後ろに炎魔法を――』

「分かってます!」


 むむ、思念ではなく言葉で返された。

 ロミリアにしては大きな声だったし、もしや邪魔だったかな。

 変にアドバイスするのは止めた方が良いかもしれない。

 彼女はなんやかんやハイスペックだし、それでも大丈夫だろう。


 右往左往していたロミリアは、後方に体を向けて止まる。

 同時に両腕を前に突き出し、何かを念じはじめた。

 すると直後、ロミリアの両手に炎のかたまりが浮き上がる。

 その炎を、腕を動かすことで操るロミリア。

 右腕を左に大きく振ることで、炎は廊下を封鎖するように燃え広がった。

 まさに炎の壁、というべきだろう。


 魔族たちはどうなったか。

 ヤツらだってバカじゃないから、きちんと自分たちを防御魔法で守っている。

 そのため、ロミリアの魔法で傷を負うことはなかった。

 しかし驚いたことに、ロミリアはヤツらを完全に足止めした。

 というのも、炎魔法で作られた炎は、何かに引火したその瞬間から、魔法ではなく自然現象へと移り変わる。

 防御魔法は、自然現象の火に対しては無力だ。

 つまりロミリアは、木製の廊下の床に炎を引火させ、自然現象としての炎による壁を作ることで、魔族たちを足止めしたのだ。

 炎の切れ目から、魔族の悔しそうな顔が見えるな。


『やるなロミリアさん』

『ただの時間稼ぎです。水魔法を使われたら意味がありません』


 おお! そこまで考えているのか!

 さすがハイスペックだね。

 ロミリアって、俺の想像する何倍も強いんだな。


 後方の安全は、一時的とはいえ確保した。

 今度は前方の安全を確保しないとならない。

 振り返ったロミリアは、炎魔法を放とうと再び両腕を突き出す。

 しかし今回は、そう簡単にはいかない。

 前方では、敵のど真ん中でスチアが戦っているからだ。


 ちょっと見ない間に、スチアの周りに散らばる魔族の死体が増えている。

 カブトムシ魔族から奪った槍はとうに折れ、現在のスチアは巨大な棍棒で戦っていた。

 禍々しい装飾の付いた棍棒だから、たぶんあれも敵から奪ったヤツだろう。


 魔族の振り回す槍や戟を避けながら、スチアはそれらを棍棒で叩き折る。

 そして折れた槍先などを魔族たちに向けて蹴り飛ばし、敵の足を止めさせていた。

 近づいてきた魔族に対しては、棍棒で容赦なくぶん殴る。

 殴られ気絶、もしくは絶命した魔族は、スチアの誘導により同じ場所で倒れるもんだから、魔族たちへの障害物となっているな。

 なんとも荒々しい戦術だよ、まったく。


「スチアさん! 下がってください!」


 魔法を使うため叫ぶロミリア。

 防御魔法によって、スチアがロミリアの炎魔法に焼かれることはない。

 だが廊下に引火し、自然現象としての炎の壁となると、魔法が一切使えないスチアにはどうしようもない。

 だから、なるべくスチアには敵から離れてほしいのだ。


「ちょっと待ってね!」


 ロミリアの叫びにスチアはそう答え、持っていた棍棒を敵に投げつけた。

 結構な大きさの棍棒だから、数匹の魔族たちがそれを避けるために大きく動く。

 武器を捨て身軽になったスチアは、この隙を見逃さず、体を勢いよく後ろに飛ばしバク転した。

 あんな綺麗なバク転、はじめて見たぞ。

 バク転の最中、スチアはカブトムシ魔族に刺さった自分の剣を引き抜き、右手に持つという大技も決めている。

 こうしてスチアは、自分の剣を持ってロミリアのすぐ側まで戻ってきた。


 魔族たちは焦ってスチアを追おうとするが、もう遅い。

 ロミリアの両手からはすでに炎魔法が放たれ、廊下と壁に引火していた。

 そして炎の壁が出来上がり、前方の魔族たちも完全に足止めされる。


 さて、炎の壁を消そうと敵の魔術師が水魔法を放ってきた。

 だがこれの対処法は、俺がすでに思いついている。

 さっさとそれをロミリアに伝えよう。


『ロミリアさん、敵の水魔法に強力な炎魔法を放ってくれ』

『え?』

『炎で水を蒸発させるんだ』

『……分かりました!』


 炎魔法より水魔法が強いなんていうのは幻想だ。

 強力な炎は、水を蒸発させるからな。

 ロミリアの魔力は俺と繋がってるおかげで、アホみたいに強力。

 水魔法を無効化するだけの炎魔法が放てるはずである。


 敵の水魔法により、炎の勢いが弱まった後方。

 その方向にロミリアは片腕を突き出し、炎魔法で炎のかたまりを作り出した。

 炎のかたまりは、さっきとは段違いの大きさだな。

 これを魔族の放つ水魔法に向かって、ビームのように放つ。

 放たれた炎魔法が敵の水魔法にぶつかると、辺りに水の蒸発する音が響いた。

 まるで焼き肉パーティーでもしてるみたいだ。

 敵が炎の壁を消そうと放った水は気体と化し、おかげで炎の壁は守られたな。


 ところがロミリアには休んでいる暇がない。

 今度は前方の炎の壁が、敵の水魔法で勢いを失っている。

 ロミリアは後方に左腕で炎魔法を放ったまま、今度は右腕を前方に突き出した。

 そして先ほどと同じ行程で炎を作り出し、放ち、敵の放つ水を蒸発させ、炎の壁を守る。


 左右に大きく広げられた両腕から、強力な炎魔法を放つロミリア。

 俺はそれを、ロミリアの視点でしか見ることができない。

 たぶん、すごく迫力満点の映像になっていることだろう。

 いつものおとなしいロミリアからは想像できないような姿なんだろうな。


「これじゃ敵が多すぎて、1階の入り口に行けないよ」


 スチアのぼやき。

 これに、さっきからロミリアの後ろでじっとしていたヤンが反応した。


「2階にバルコニーがあります。そこなら、小型輸送機で脱出できるかもしれません」


 なるほど、それは良い手だ。

 でもどうやって2階に行くかが問題だな。

 階段まで敵を突破するのは、かなり大変だぞ。

 などと俺が思っている間に、スチアがヤンに質問する。


「……この廊下の上って、何があんの?」

「この上は確かぁ、バルコニーに繋がる廊下だったはずです」

「ホントに?」

「ええ、市民議会の建物の構造は、事前に覚えておきましたから」

「そう。じゃあ、次の作戦!」


 おや、スチアが何かを思いついたらしい。

 どんな作戦だろうか?


「ロミリア、重力魔法で私たち、浮かせられる?」

「はい! 浮かせられます!」

「じゃあさ、この天井に熱魔法で穴開けて、重力魔法で2階に連れて行って」

「え、ええ? 炎魔法と同時には無理です!」

「そっちは中断していいから。ちょっとぐらいなら大丈夫でしょ」

「わ、分かりました!」


 スチアの指示通り、ロミリアは炎魔法を止めた。

 ただ、止める前に炎の壁の勢いを強くさせた辺り、ハイスペックである。


 炎魔法を止めたロミリアは、両腕を上げて熱魔法を放った。

 放たれたビーム状の熱魔法が、天井を赤く染上げ、溶かしていく。

 早くも穴が開きはじめているな。


 炎の壁が気になり、チラリとそちらに視線を向けるロミリア。

 敵の水魔法によって炎の壁の勢いは弱まっているが、問題ないレベルだ。

 これなら間に合う。


 熱魔法による天井の穴は、数秒後にはかなり大きくなっていた。

 これで十分とロミリアは判断したようで、熱魔法を止める。

 そしてヤンとスチアに触れ、すぐに3人は宙に浮いた。

 ロミリアによる重力魔法だ。

 宙に浮いた3人は、天井の穴を通っていく。


 重力魔法ってのは、自分と自分の手に触れている物にかかる重力を操る魔法だ。

 ただし、あまりに重い物にかかる重力は操れない。

 魔力が強ければ強い程に重い物を浮かせられるようだが、それでも1トンぐらいが頭打ちだそうだ。

 俺だって例外じゃない。

 俺がガルーダを動かせるのは、重力装置を通しているからこそできる芸当なのである。


 ロミリアの重力魔法で無事に2階の廊下に上がった3人。

 ふと下の階をロミリアが見たので、俺も下の階の様子が伺えた。

 どうやら炎の壁の勢いがかなり衰えたらしく、分厚い肌を持つ魔族が穴の下にいた。

 登ってくる様子はないんで安心だが、時間的に意外とギリギリだったんだな。

 対して、2階の廊下に敵の姿はない。

 よし、このまま市民議会を脱出だ。

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