第3話 使い魔の召還

 魔力の感覚を掴んでから1時間ぐらいが経った。

 俺はまだ光の魔法の練習中で、ろうそく程度の光がLED電球ぐらいの光になった。


 久保田は別の魔法に手を出し、今は水魔法を試している。

 慣れないせいで大量の水を作り出してしまい、床がびしょびしょだ。

 まあ、おかげでそこそこ美人のメイドさんが部屋に入ってきたので良しとしよう。

 よく考えたら、こっちの世界ではじめて出会った女性だ。

 西洋風の顔立ちの人間が多いから期待していたのだが、やはり女性も西洋風で、金髪に彫りの深い顔立ちと、まあ、予想通りの見た目であった。

 久保田よ、よくやったぞ。


 ところで村上だが、どうやらこいつ、俺たちの中でも魔力の量が異常らしい。

 光魔法では周りの人間の視界を奪う程の光を一瞬で作り出し、水魔法も久保田と違い、すぐに水量の調整ができるようになっていた。

 今は炎魔法を試しているが、もうすでに村上の右手は火炎放射器である。

 電球になったりホースになったり火炎放射器になったり。

 村上の右手で何でも屋を経営できそうだ。


「なあ、他になんかねえの? もっと面白い魔法」


 だんだん村上が調子に乗ってきたのがよく分かる。

 まあ仕方がない、

 一瞬であれだけの魔法が使えれば、興奮もするだろう。


「そうですな、そろそろ私の授業時間も終わりですので、最後に重要な魔法をお教えいたしましょう」

「おお! 早く教えろ」


 村上の口の悪さは別として、まだ重要な魔法があるのか。

 期待に胸が膨らむ。


「実は、異世界からの召還者には使い魔が宿っております。これを呼び出し、利用する魔法をお教えしましょう」

「使い魔! なんでそれを早く教えてくれねえんだ!」

「十分に魔力を使えるようになってからでないと、使い魔は中途半端な姿でしか現れることはできないからです」

「は~ん」

「なるほど、そういうことなら、納得です」


 中途半端な姿ってどんなのだろうか。

 半透明だったりするのだろうか。

 それとも体の一部がないとか。

 性格がヤバいとか、影が薄いとか、そういう可能性もあるな。


 そもそも使い魔ってどんな姿なのかがわからない。

 ドラゴンみたいなのとか、夜叉みたいなのとか、獅子みたいなのとか、そんなのが出てくるのか?


「では、使い魔を呼びましょう。やり方は簡単です。使い魔の存在を認め、確認し、それを呼び寄せるだけです」


 流すようにさらっとそう言う魔術師。

 村上を基準に説明していないか?

 俺たちが簡単に魔法を使えるようになったからか、最初の時と違って説明に具体性がない。

 それとも、もしかして魔術師もよく分かってないのかもしれない。

 どうやら使い魔は召還者に宿るものらしいし。


「よし、どれどれ……」


 数分間、村上が黙り込む。

 使い魔を探しているのだろう。

 俺も久保田も村上の真似をして、使い魔を探してみる。


「な! ようやく自由になったか……」


 ふと聞き慣れない声がする。

 俺は使い魔を探すのを中断し、声のした方向に視線を向けた。

 そこにいたのは、背の高い、鎧を着ていてもわかる程にスラリとした体型の、長い黒髪を揺らす1人の若い女性が立っていた。


「お、お前は?」


 突然のことに村上が震えた声だ。

 美人さんに緊張してる可能性もある。


「おお! そなたが私の主である召還者様か! 私の名はリュシエンヌ=オラール、共和国軍騎士だ」

「俺は村上将樹だ。よろしく」

 

 礼儀正しく挨拶をするリュシエンヌという大人な女性に、先ほどまでこれでもかと調子に乗っていた村上が、はじめて神妙な顔をしていた。

 なんか笑える。

 それにしても女騎士が使い魔とは、予想外だ。

 俺の使い魔も人間なのだろうか?


「…………」

「あ、あなたが、僕の使い魔ですか?」


 どうやら今度は久保田の使い魔が現れたらしい。

 今度はどんな姿の使い魔だ?


「名はエフゲニー=ルイシコフと申す、我が主よ」

「僕の名前は久保田直人です。よろしくお願いします」


 久保田の前に立つのは、無表情の男。

 体は細身で、頬も少しこけているが、眼光は鋭い中年。

 40歳代ってところか。

 これはこれで予想外だ。

 まさか、真面目そうな中年男性が使い魔とは。


 そろそろ、俺も使い魔を探さなきゃな。

 ええと、まずは使い魔の存在を認めるんだ。

 で、魔力を通してその姿を探す。

 どこだろうか、体のどこかにいるはずだ。


 と、しばらく探していると、心臓の右側辺りに他の魔力と違う動きがあった。

 もしかしたらこれが使い魔なのか。

 俺はその魔力に集中し、具現化を念じる。

 この魔力は俺の使い魔であり、俺の目の前にその姿を現せと。


「……えっと……ここは……?」


 出た。

 俺の使い魔が目の前に現れた。

 背丈は低い。

 栗色をしたショートの髪に、緊張した面持ち。

 小さな唇が震え、しかし状況を理解しようと開かれた目は、辺りを見渡している。

 俺の使い魔は、少女だった。

 少女と言っても女子高生ぐらいだろうが。


「あ、あの……あなたは?」

「俺は、相坂守。君の主? ってやつだ」

「主……」


 おや、どうやら現状が認識できていないようだ。

 もしかして、自分が使い魔であることを理解していないのだろうか。


「おお、そうでしたな。ロミリア殿には、まだ説明をしておりませんでしたな。遅れましたが、これから説明しましょう」


 どうやら少女は理解していないようだ。

 まあ、俺も理解しきっていないから、説明してくれるのはちょうど良い。


「ロミリア殿は、リュシエンヌ殿やエフゲニー殿と一緒に生け贄の儀式に参加したのですが、あの儀式は、生命力を召還者に与えるための儀式だったのです。しかし生け贄の意識や記憶は魔力に集中し、その魔力は消えることなく、行き場を失い、元の生命力に戻ろうとします。しかし元の生命力は召還者のものとなっている。そのため生け贄は、召還者に魔力として宿り、召還者の使い魔となるのです」


 ふむ、どうやら俺たちを召還するために生け贄に捧げられたのが、この使い魔たちだったのか。

 う~ん、生け贄か。

 喜んで生け贄になった人物なら良いが、そうじゃないと恨まれているかもしれん。

 あの女騎士は大丈夫そうだけど、この娘は……見た感じ危なそうだ。


「……私、生きているんですか?」

「ええ、召還者の使い魔として、魔力だけは」


 その魔術師の言葉の瞬間、少女の表情が少しだけ柔らかくなった。

 そして小さな声で呟く。


「まだお母さんに会える」


 隣にいた俺は確かに聞こえた。

 この少女、いろいろと複雑なのかもしれない。


「改めて、俺は相坂守。君の名前は?」

「え? あ、えっと……ロミリア=ポートライト……です。その……よろしくお願いします、アイサカ様」

「よろしく」


 ロミリア、それが彼女の名前。

 彼女の挨拶は誰の目から見ても明らかに、辿々しいものだった。

 ひどく緊張しているのが手に取るようにわかる。

 なんだか、昔の俺を見ているようだ。


『アイサカ……様。この人、どんな人なんだろう……』


 おや、ロミリアの心の声が聞こえる。

 そういえばこの声、地下室でも聞いたような気がする。

 もしかして、あれってロミリアだったのか?

 というか、心の声が聞けちゃうのか?


「あの、使い魔の心を知ることって、できるんですか?」


 一応、俺は魔術師に質問してみた。

 魔術師は頷き、説明する。


「使い魔は召還者の魔力の一部です。使い魔への干渉はいくらでも可能でしょう」


 なんと、それは大変だ。

 これは使い魔に〝あんなこと〟や〝こんなこと〟までできちゃうということか。

 でもそれって、使い魔からしたらたまったもんじゃないな。

 実際、今の俺が考えたことを他人に知られたら、死にたい。


「しかし、魔力を完全に分離し、使い魔を独立した魔力の塊とすれば、使い魔に自由を与えることも可能です」


 あ、そういうところはきちんと対策できてるのね。

 さすが自然の力はすばらしい。


 それにしても、俺の使い魔が少女とはな。

 俺の側にいつも少女がいて、しかも可愛い。

 なんだろう、結構ドキドキする。

 でも、ロミリアから感じる弱々しさが、そういう感情を抑制する。

 この娘が、ちょっと心配だ。

 使い魔に心配とは、不思議な話だ。


 村上の使い魔の女騎士は、美しかっこいいって感じだな。

 あれは絶対に頼りになる存在だろう。

 第一印象が面倒な若者の村上が、たじろぐぐらいだからな。


 で、久保田の使い魔は唯一の男だな。

 しかもおっさん。

 おや? 久保田が俺たちをうらやましそうな目で見ている。

 これこれ、そこの無口なおっさんに失礼ですよ。

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