ローン・フリート〜異世界での仕事は艦隊司令〜
ぷっつぷ
前章
プロローグ
村に朝がやってきた。
東の空に太陽が昇り、暖かい陽射しが大地を照らし出す、天気の良い、いつも通りの朝。
目を覚ました私は、あくびを抑え、目をこすりながらベッドを下り、背伸びをする。
そんな私を、机の上に置かれた一つのぬいぐるみが眺めていた。
「おはよう」
ぬいぐるみに挨拶する私。
6歳の誕生日にお父さんとお母さんからプレゼントされた、ネコのぬいぐるみ。
私はこのぬいぐるみをミードンと名付け、片時も離そうとしなかった。
それこそ、一日中一緒に行動し、お母さんが洗濯をするからと、少し汚れのついたミードンを取り上げようとした時も、私は必死でそれに抵抗していたぐらいだ。
あれから10年の月日が経った今、さすがにそんなことはなくなったものの、こうして大事に部屋に飾り、朝起きた時の最初の挨拶をする相手。
そんなミードンへの挨拶を終え、私は着替えを始める。
最初に手に取ったスカートを履いて、最初に手に取った服を着る。
どこにでもいるような一般的な格好。
決しておしゃれではないけど、無難な服装。
私にはこれで十分。
着替えを済ませ、廊下へ出ると、いい匂いが私の鼻をくすぐる。
お母さんの朝食が完成間近の匂い。
「おはよう」
「おはようロミー。ごはん、ちょうどできたところよ」
笑顔のお母さんは、テーブルの上に食事を並べていく。
2人分の食事。
いつもはお父さんがいて、お母さんの作った朝食をものの数分で平らげてしまうのだが、ここ数日はその光景が見られていない。
「お父さん、いつ帰ってくるの?」
「明日の夕方じゃないかしら」
「そっか」
お父さんは職人で、フォークマス造船所で船を組み立てている。
数年前、共和国がフォークマス造船所に最新鋭の軍艦を作るように命令したらしく、その軍艦がもうすぐで完成するとお父さんは言っていた。
お父さんが長い間家に帰ってこないのも、軍艦の最後の仕上げで忙しく、泊まり込みで働いているかららしい。
「ごちそうさま」
「今日の農作業は昨日と同じだからね」
「うん」
「ロミー、先に用意してて。お母さんは片付けたらすぐに行くから」
「わかった」
朝食を食べ終え、お母さんに言われた通り外に出る。
目の前に広がるのは我が家の畑。
狭くはないが、広くもない。
でも、私の大好きな畑。
元々はおじいちゃん――お母さんの両親の畑なのだけど、おじいちゃんとおばあちゃんが亡くなってからはお父さんの畑になった。
今住んでいる家は、おじいちゃんの家。
お父さんの家はフォークマスにあったのだけど、私が生まれてすぐにこっちに引っ越してきた。
おじいちゃんが魔物に襲われて怪我を負い、畑仕事が難しくなったのを手伝うためだった。
おかげでお父さんは職人と農業の2つの仕事で忙しくなったけど、お母さんの家族のためと嫌な顔はしなかったらしい。
そんなお父さんとおじいちゃんのため、私も小さい頃からこの畑で農業の仕事をしている。
農作業は嫌いではなかった。
忙しくて疲れる、なんて感想はいつも抱いていたけど、どうやら私は特別魔力が強いらしい。
おかげでおじいちゃんやお母さんは仕事が楽だといつも言う。
私もそんなおじいちゃんやお母さんと農作業をするのは好きだった。
おじいちゃんが亡くなって、おばあちゃんも亡くなると、お父さんが造船所に働きにいった時は私とお母さんしか農作業をする人はいなくなった。
でも私は、学校を卒業し、なんとか仕事をしている。
私の魔力なら、このぐらいの広さの畑なら女手だけでもなんとかなる。
畑に出て、農具を取りに小屋へと向かう私。
雑然とした小屋の中から重い肥料を魔力で軽々持ち上げ、外に出る。
ここで私は、はじめてこの世界が大変なことになっていることを知った。
私の視線の先、東の方角、フォークマスの街が広がる方。
そこから、まるで空を覆うように立ちのぼる真っ黒な煙。
その煙に見え隠れする、数隻の空飛ぶ禍々しい船。
不吉な予感。
この日は農作業などしている場合ではなくなった。
私はお母さんと一緒に、共和国軍の騎士の避難命令に従って、村の人々と一緒に近くのガーディナ王国の王都へと向かうことになったからだ。
避難する人々の中に、お父さんの姿はない。
*
村からの避難生活が始まって1週間が経った。
ガーディナ王国の王都には4日で到着し、今は王都の郊外に共和国軍が用意してくれたテントで生活している。
食事も共和国軍が用意してくれた。
このガーディナ王国に向かう道中、共和国軍の騎士が現状を説明してくれた。
どうやらフォークマスが魔界軍に占領され、今はその近辺にまで占領地を伸ばしているらしい。
となると、私たちの家や畑も、魔界軍のものとなってしまったかもしれない。
お父さんは、魔界軍に捕まってしまったかもしれない。
そう、お父さんはまだ見つからない。
避難する人々の中にお父さんの姿はなかったし、ガーディナ王国に到着してからも、 お父さんは見つかっていない。
私は話に現実味を持てなかった。
魔界軍などという単語は、おじいちゃんの昔話の中でしか聞くことのなかったもの。
それがたった今、現実に、目の前に現れた。
信じられない。
共和国からの食料配給を受け取るとき。
お母さんは女騎士に質問していた。
魔界軍はフォークマスで何をしたのかと。
それに対し、女騎士は怒りを含みながら言った。
「魔王の連中が突如としてフォークマスを襲撃したのだ。狙いはおそらく我が軍最新鋭の軍艦だろう。連中は造船所を徹底的に破壊し尽したと聞く」
お母さんが口元を抑える。
私はそれを聞いて絶望した。
フォークマス造船所が魔界軍に襲われた。
しかも造船所は、徹底的に破壊し尽くされた。
ただ占領されただけではない。
それはつまり、お父さんが……。
信じたくない。
「……魔界軍は、我らが必ず討ち果たそう」
絶望と悲しみにくれる私たちに対し、女騎士はそれだけ言って、ガーディナ王国の城の方角に向かって去っていった。
翌日、フォークマスを魔界軍の手から解放するために出撃する共和国軍騎士達の中に、その女騎士がいた。
私はそんな彼女らを、最後の希望として、お父さんが助かるよう願いながら見送った。
*
ガーディナ王国での避難生活が始まって2週間。
王都は暗い雰囲気に包まれている。
「共和国軍が負けたって本当かよ」
「ああ、俺は見たんだ。フォークマスに向かう騎士達が、禍々しい船から放たれた光で壊滅するところを」
「そんなバカな。魔界軍が船を? しかもそれをこっちに? あり得ない」
「本当だ! 実際、騎士達はまだ帰ってこないだろ」
「…………」
街を歩いていると、そこかしこからそんなような話が聞こえてくる。
最近、王都は共和国軍が魔界軍に負けたという噂でもちきりだ。
みんな半信半疑ではあるけれど、実際に騎士達は帰ってこない。
共和国は何も言わないし、ガーディナ王国の王も何も言わない。
でもそれが逆に、噂の信憑性を高めてる。
この噂、私は本当だと思う。
噂は必ず、魔界軍の船の攻撃で騎士達が敗北したことになっている。
攻撃方法はなんにせよ、必ず魔界軍の船が登場する。
私は家の畑から確かに見た。
煙に包まれるフォークマスと、そこにいた禍々しい船を。
あんな船は見たことがない。
きっとあれが、噂の魔界軍の船なんだろう。
「共和国軍騎士のご帰還だ!」
突如として、そんな叫び声が街中に響いた。
人々は駆け足で大通りに向かう。
噂が本当なのかウソなのか、それを確かめるために。
私も興味本位から、お母さんと一緒に騎士達の帰還を見届けた。
結果から言うと、噂は本当だった。
意気揚々と出撃した数百人の屈強な騎士達は、わずか数十人のけが人として帰ってきた。
ガーディナ王国に向かう際、私たちを先導してくれた騎士の姿はなかった。
お母さんと会話していた女騎士の姿はあったが、彼女の顔に生気は感じられない。
当然、お父さんの姿もない。
騎士達の変わり果てた姿にざわつく王都。
私はその場に倒れそうになった。
でも実際に倒れることはなかった。
お母さんが私を支えてくれたから。
*
騎士達の帰還から3日後、私とお母さんの住むテントに、数十人の騎士と、ローブを着た魔術師がやってきた。
「ロミリア・ポートライトか」
騎士の1人が私の名前を口にするので、私は頷く。
「貴殿は異世界者召還のための儀式の生け贄に選ばれた。今すぐにヴィルモン王国に出発する。準備をしろ」
最初私は、騎士の言っている言葉の意味が分からなかった。
いや、意味はわかっていた。
理解が追いつかなかった。
昔、おじいちゃんが教えてくれた。
「魔王が人間の世界に襲ってきたら、共和国は異世界の人間を召還するんだ。人間界を救ってくれた最初の勇者も、そして魔王の復活から世界を救ってくれた3人の勇者も、異世界から召還された人たちなんだよ」
この話は様々な絵本、伝記、さらには教科書にまで載っていること。
誰でも知っていること。
でも、そういったものにはあまり書かれないことも、おじいちゃんは教えてくれた。
「召還の儀式では、3人の生け贄が必要なんだ。剣の腕が強い人、頭の賢い人、魔術の強い人が、その生け贄に選ばれる」
目の前に立つ騎士が口にしたのは、きっとこのことだ。
私は剣の腕はない。頭の良さも人並み。
でも、魔力は人より強い。
だからきっと、そういうことなんだろう。
だけど、私より魔力の強い人なんていっぱいいるはず。
なんで私が生け贄に?
「昨晩、召還具が必要な人材を示しましてな。そこに、ロミリア殿の名前が」
納得いかない私の気持ちが通じてしまったのか、ローブを着た魔術師が補足するようにそう言った。
「ということだ。早く準備をしろ。我々には時間がない」
無愛想な騎士の言葉に、私はどう応えればいいのか。
「私、どうすれば良いの……?」
気づけば、私はお母さんを頼っていた。
側にいる私の唯一の味方。
でもお母さんは口を閉じたまま、何も言わない。
そうだ、私が生け贄になったら、お母さんはどうするんだ。
お父さんが見つからない今、私にはお母さんしかいない。
でもお母さんも、私しかいない。
お母さんのためにも、生け贄になる道を私は選べない。
「私は――」
「ロミー、行きなさい。私は大丈夫だから」
分からなかった。
一体どんな気持ちでそう言ったのか、何を考え、どんな答えを出してそう言ったのか。
お母さんは、どうしてそんなことを口にできたのか。
「でも……」
「今、世界には勇者が必要よ」
娘より勇者が必要。
私にはお母さんの言葉がそう聞こえた。
「なんで……?」
「……いいロミー、このまま勇者が現れなかったら、家族バラバラになって、家を追い出される人がいっぱい出てくる。私たちみたい人がね。命を落とす人も出てくる」
「…………」
「あなたはそんな人たちを救うために選ばれたの。この世界を救うために選ばれたの。だから約束して。悲しむ人たちを、助けてあげて」
そう言うお母さんは私に笑みを浮かべるが、その口調は苦しそうだった。
私に言い聞かせる、というよりも、自分に言い聞かせている。
そんな感じだった。
そこには、決意が感じられた。
もし、私がここで生け贄になるのを拒めば、世界は不幸になる。
そして何より、お母さんの決意を無駄にしてしまう。
それだけはできない。
今お母さんには、私しかいないのだから。
私には、お母さんしかいないのだから。
「……約束する」
私も決意した。
私の人生は、世界を救うためにあるんだと。
*
ガーディナ王国を出発して2日。
山を越えて南に向かい、ヴィルモン王国の王都に到着した私は、騎士に連れられて城の地下に向かった。
そこには、大理石の柱が数本立った、広い空間があった。
薄暗くカビ臭い。
地下室の真ん中には、複雑な魔方陣が描かれており、その周りを多数の魔術師が囲んでいる。
魔方陣は、伝説上の生き物や古代文字が複雑に絡まった、よくわからない見たことのないもの。
学校の教科書にも載ってはいなかった。
そんな魔方陣には、すでに2人の人物が座らされていた。
1人は初老の男で、不機嫌そうな顔と嬉しそうな顔が混ざり合った表情をしている。
もう1人は、がっちりとした鎧を着る、長い黒髪の女騎士。
彼女のことを、私は知っている。
ガーディナ王国でお母さんが質問していた、あの女騎士だ。
「君は……もしかしてガーディナの避難所にいた娘か?」
「え? あの……はい」
魔方陣の上に座らされた私に、女騎士はそう言って話しかけてくる。
彼女は私のことを覚えていたのだ。
「君が魔力の生け贄とは、驚いたぞ。私の名は、リュシエンヌ=オラール」
「ロミリア=ポートライトです……」
なぜだろう。
これから生け贄になるというのに自己紹介なんて、変な感じ。
「うむ、そろったようだな。では早速始めよう」
私が到着してすぐ、地下室に貫禄のある老人が、大きな鏡を持った魔術師を連れて現れた。
「我らがヴィルモン王、リシャール陛下だ」
オラールさんが説明してくれる。
「汝らはこの召還具によって選ばれた、異世界者を召還するための生け贄である。世界を救うために自らを犠牲にすることを厭わないその覚悟、称賛に値しよう」
リシャール陛下は通った声でそんなことを言っている。
陛下の言葉からすると、魔術師が持った大きな鏡が、召還具というものらしい。
しばらく、陛下の演説が続き、それが終わると、いよいよ魔術師が前に出てきた。
「では、これより儀式を始める。生け贄よ、御主らは儀式の最中、そこを動かなければそれでよい」
魔方陣を囲んだ魔術師たちが、一歩前に出て手をかざす。
私は魔術師の言う通り、じっとその時を待った。
「神よ。我らを救いたもう神よ。我らは汝の選択に従い、汝の必要とす生け贄を差し出すことを厭いはせぬ。神よ。我らを救いたもう神よ。我らは汝の選択を絶対のものとし、汝の必要とす場を用意した。神よ、我らを救いたもう」
呪文の詠唱を始める魔術師。
彼が詠唱を続ければ続ける程、魔方陣は強く光り輝き、私はその光に包まれていく。
視界は奪われ、意識が遠のき、そして……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます