第237話: アルザスvsガイエス

「おいおい、一体ここはどこだ?」


筋骨隆々の大男、狼人ルーヴのガイエス。

その体躯は2mを優に越える。

可笑しな全身スーツを着込んでおり、顔もスーツと同系色のマスクをつけている。

死神の僕の一人だ。


ここは、魔界の端の名もなき場所。


この場には、ガイエス以外にもう一人の人物の姿があった。


白いタキシードを羽織った金髪の美青年。

顔立ちは非常に整っており、正反対の色をした漆黒の翼が彼自身をより一層引き立てていた。

男の名はアルザス。

魔界の精鋭集団クオーツの序列1位であり団長でもある。


「これから死に行くキミに自己紹介をしようか。ボクの名前はアルザス。全ての女性の味方で、全ての女性を害する者の敵さ。悪いけど、キミはもうここから出られない」

「ああ?貴様何言ってやがる?」


ガイエスは周りに視線を送り、思考する。


目の前の馬鹿は取り敢えず放置だ。

どうやら俺は何らかの形でこの場所に強制転移させられたようだ。

大勢で待ち伏せてるのかと思えば、反応を感じるのは目の前のこの馬鹿でキザな男だけだ。

俺も舐められたものだな。

それに奴はここから出られないと言っていた。

思い当たるのは1km四方に張られた外界と遮断するこの結界めいたものか。

俺の思念が遮断されて、外に思念が送れんようだ。


ガイエスは自身の身体を触り確認する。


特にデバフなどはかかっていないようだな。

ならば、俺様が負ける道理は全くない。


一頻り確認を終えたガイエスは、対峙する相手を再度一瞥し、感嘆の息を漏らす。


あんな細身の身体で俺様の攻撃に耐えれるはずもない。


「ふんっ、3秒だな」


アルザスの視界から男が消えた。


次の瞬間、アルザスの背後に回ったガイエスは、脳天へ巨大な拳を振り下ろした。

グシャリという手応えがないまま、拳はそのまま地面へと激突する。

巨大な体躯とは裏腹に目にも留まらぬスピード。


地面が隕石でも落ちたかのように巨大クレーターが出来ていた。


「何が3秒だって?」


すんでの所で攻撃を躱したアルザスは、相手と距離を取り、自らの獲物を虚空より取り出した。


「ほぉ、俺様の攻撃を避けるたあ、少しは楽しめそうだな」


アルザスは余裕ぶってはいたが、内心は冷や汗をかいていた。


あの図体であんなに速いとか反則だな。

さっきは何とか躱せたが、奴は恐らくまだ本気を出してはいまい。

それはこちらも同様だけど、奴が本気を出す前に早々に決着をつける必要がありそうだね。


|龍双神技(双龍を統べる者)


アルザスが本気を出すときに用いる双剣だ。

両剣とも呼ぶ。


その昔、双頭の神龍がいた。

圧倒的なまでの力を有し、世界を破滅へと至らせんと猛威を振るったが、一人の人物によって阻まれた。

その時の残った龍の亡骸を使って造られた業物だ。

互いの剣同士は決して切れることのない神龍の髭で繋がっているのが特徴だった。

武器に形を変えて尚、龍だった頃の息遣いを感じるとまで言われていた。


ありったけの身体強化を施すと、ガイエスへと斬り込む。

ガイエスよりも数段速い。

目にも留まらぬスピード。

恐らく速さだけならば、魔界でも1.2を争うであろうアルザス。


予想通り、ガイエスはボクの速さについてこれてないな。


終わらせてもらう。


首を切断するべく剣を横薙ぎに払う。


!?


甲高い音が辺りに木霊する。



「ばっ馬鹿な・・」


まさか全くの無傷とは予想していなかったアルザスは、続き繰り出された強烈な反撃のラリアットに反応が遅れてしまう。

しかし、アルザスも只の一兵卒ではない。魔界の精鋭集団の団長でもある。故に敗北は絶対に許されない。

更に言うと、傷一つ足りとも彼自身にとっては許されない事だった。

ギリギリ既の所でそれを否すと、2撃目3撃目とガイエスに向かって畳み掛ける。


しかし、結局の所傷一つ与える事は出来なかった。


首だけが硬いのかと思ったが、どうやら奴の肉体全てが超硬質化状態みたいだね。

いや、唯硬いだけならこの剣に斬り落とせれないわけがない。


「そのスーツ、ただのカッコ悪いだけのスーツじゃないようだね」


ガイエスはニヤついた笑みをアルザスへと向ける。

しかし、マスク越しの為他者がその表情を伺い知る術はない。


「ご名答。これは、とある災害指定されたモンスターの皮から作られた代物でな。そいつが生前持っていた特殊能力、絶対防御を常時発動させる事が出来るのさ。どうやら貴様は剣を主に使うようだが、剣士じゃ俺様には到底勝てねえぜ」


剣士にとってはまさに絶望の底に落とされる衝撃にもアルザスの余裕の表情は崩れない。


なるほどね、物理攻撃が通用しないって事は・・・


右手の刀身が赤く光り出し、左手の刀身が青く光り出す。


「物理的に斬れないのであれば、魔術で焼き切るだけさ」


再びアルザスが消え、先程と同じように首筋を斬り付ける。


しかし、結果は先程と全く同じ。


甲高い音を辺りに木霊させるだけで、傷一つ入らない。


刀身に目をやると、先程の光は何処に行ったのか、掻き消えている。

更に異変はもう一つあった。


先程は確かになかったはずのガイエスの足元に魔法陣が展開されていた。


アルザスはすぐに次の手を講じる。


《聖なる矢砲》


身の丈程もある巨大な黄金に光り輝く矢がガイエスに向い飛んでいく。

しかし、結果は変わらない。

魔術はガイエスに当たる瞬間に掻き消えてしまう。

放たれた魔術の威力を物語るように、掻き消えなかった魔力の残滓がガイエスの周りの大地を焦土化させていた。


「やはり、魔術を霧散化させてしまうようだね」


アルザスは確認の為に敢えて今放てる最も威力のある魔術を行使した。

それですら効かないとなると魔術で押し切る事は無理だと結論付ける他ない。


物理攻撃も魔術でさえも奴には通じない。


「そうだ。主人様にこの力を頂いた俺様はまさに無敵。何人たりとも傷一つつける事は叶わぬわ!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ガイエスは、狼人ルーヴの小さな集落で生を受けた。

元々武力に秀でていたガイエスは幼少の頃からすぐに頭角を現し、成人するまでには村一番の実利者となっていた。

元々喧嘩っ早い性格で血の気も多かったガイエスは、周りの意見にすらも耳を傾けず、近隣種族達に喧嘩を売り、力で屈服させ領土を広げた。

数年の歳月を掛け、獣人連合などという大きな組織にまでのし上がり、獣人の王として君臨した。

向かう所敵なしだったガイエスは、次に狙いを定めたのは人族達だった。


ガイエスの存在は、既に人族にまで知れ渡っていた事もあり、こうなる事は容易に推察出来た。

故に人族側も対策を講じており、結果的に人族と獣人族による戦争が勃発する事はなかった。


ガイエスは、人族側から送り込まれた刺客によって暗殺されたのだ。


確かにガイエスの強さは凄まじいものがあった。

だが、まともに人族と戦争をしても勝率は高くはなかっただろう。

その当時、彼より強い勇者など、何人もいたのだから。

夢半ばにしてガイエスは死んだ。

しかし、ラドルーチの手によって再びこの世界へと舞い戻った。

前世にはなかった力も与えられ、その脅威は前世の数倍にまで膨らんでいた。



だが、今回に限っても相手が悪かったの一言に尽きる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アルザスは考えていた。

目の前の此奴の相手が他の誰でもない。自分自身で良かったと。


「改めて、この場に誰もいなくて良かったですね」

「あぁ?何か言ったか?」

「ええ、キミの相手がボクで良かったとね」


そして、アルザスの姿が変貌する。

その体躯は大柄なガイエスをも凌駕する程だった。


「なっ、お前・・・剣士じゃないのか!」

「もう喋るな。俺をこの姿にした貴様は万死に値する」


姿形が変わり、口調すらも変わってしまった。


アルザスは、天賦の才を持った天才だった。


剣士としての実力も魔界ではトップクラスであり、魔術の腕も上位に食い込むだろう。

しかし、アルザスが最も秀でていたのは、剣の腕でも魔術の才でもない。

パワーだ。


その華奢な身体からは想像も尽かない純粋なる力を隠していた。


「お前は一体・・・」


以降、ガイエスが二度と口を開く事はなかった。


ガイエスの体躯並みに太く膨れ上がった二の腕がベチャリといとも簡単にガイエスを押し潰したのだ。

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