第206話: ダンジョンからの脱出

ユイ、エレナ、ルー、ミラは、狭いダンジョン内を逃げるように走り回っていた。


「うぅーまだ死にたくないよぉ〜」

「ミラは小さく屈んでて。エレナさん、キツかったら言ってね」

「はぁ・・・はぁ・・・まだ何とか大丈夫です・・」



現在4人は、忙しなく走り回っている。


その4人のすぐ後ろから巨大な影が追っている。

ダンジョンの通路を全て覆い尽く程の影が水飛沫を上げながら追ってきていた。


「ごめんね・・・私がぁ変なスイッチを押しちゃったばっかしにぃ・・」

「ルーちゃん喋ってたら舌を噛むよ!」

「はぁ・・・はぁ・・・私、そろそろ限界かもしれないです・・」

「私もぉ、ヤバいかも・・お腹が空いて力が出ないよぉ」


無理もない。

冒険者でもあり普段から鍛えているユイやルーとは違い、エレナは、エルフの里の姫であり、運動とは無縁の存在だった。

ミラは、ユイが抱えて走っている。

ルーは、空腹も相まってもう走れないと駄々をこねている。


ダンジョンに閉じ込められた4人は、あてもなく彷徨っていた。

そんな折、行き止まりの小部屋で何気なく休んでいると、ルーの不注意で不可解なトラップを発動させてしまった。


遠くからザーザーと聞こえる不可解な音に最初こそは何の音だろうとあまり気にする様子ではなかったが、ミラの一言により皆が一様に青ざめた。


「水の匂い」


お互いが顔を見合わせる。


「ヤバいよね?」

「ヤバい」

「ヤバいです」



突如として、大量の水が押し寄せて来たのだ。


「に、にげろぉー!!」


必死に逃げるが、追いつかれるのは時間の問題だった。


「だめ!前からも水が迫って来てるよ!」


ユイの指差す前方からも大量の水が押し寄せてきている。

完全に囲まれてしまった。

運悪く、この場所は左右は壁に阻まれており、前後しか道がない。

その前後からは大量の水が今にも押し寄せてくる。


追いつかれれば、抵抗など許されず流され、やがて水位が上がる。天井まで水位が達すると窒息は免れない。

まさに絶体絶命の局面だった。


「助けに来ました」


声と共に天井の岸壁が音を立てて崩れ落ちる。


ユイ達は周りの壁の厚さまでは事前に確認して壊せないと判断していた。

しかし、天井は周りの外壁とは違い、その厚さは半分も無かった。


崩れ落ちた箇所から日の光が差し込むと同時に現れたのはユイ達の居所をピンポイントで探し当てたアリスとアニだった。

アニは、グリフォンに跨っていた。


「早く掴まって下さい!」


ユイとミラはアニと一緒にグリフォンに跨る。

ルーとエレナは、アリスの手に捕まる。


水と水とが衝突するまさに間一髪にダンジョンから脱出する事に成功した。



そのまま地上に降り立つ。


「ねね!どうして、この場所が分かったの?」

「アニの能力」

「みんなの帰りが遅かったので調べてみたんです。そしたら、閉じ込められてて大変だ!って言うのが分かってので助けに来ました」


スキル夢見によって、仲間のピンチを知ったアニは、アリスにピンポイントで場所を割り出してもらって助けに来たという筋書きだった。


「ね、ねえ、食べる物とか持ってないよね?」


アニとアリスは、顔を見合す。


そしてルーに向き直し、首を横に降る。


「だよね〜 はぁ・・・」


項垂れるルー。


その後自分達の身に起こった事を二人に説明するエレナに笑顔で答えるアニ。


「そのダンジョン危険ですね。他に犠牲者が出る前に破壊しますか?」

「そうですね、道中だけでも何組かの冒険者パーティの亡骸を見ましたし、これ以上犠牲者を出さないようにしないといけないですね」

「そうだよ!あの入り口の案内人をとっちめようよ!許さないからね絶対!」


そのまますぐにダンジョンの入り口まで移動する。



「ちょっと!!一体あのダンジョンは何なの!私達死にかけたんですけど!」


仮面の人物は、ボロボロのルーたちに一通り視線を送ると、


「あらら、無事に脱出に成功しちゃったんですね。

いつまで経っても養分値が増えないからおかしいとは思ってたんですよ」


その言葉に皆が反応し武器を構える。


「一体どういうつもりなのか説明してもらえますか?」


エレナが相手を睨みつける。


「ククク、本当はダンジョン内で生き絶えてくれた方が良いのですが、こうなってしまったからには仕方ありませんね」


得意げにその理由をベラベラと喋り出す。


「僕はね、このダンジョンの管理者でね。あるお方を復活させる為に、動いている。そのお方は、ダンジョン内に封印されているんだ。その封印を解く為には、生贄が必要でね。それも純血の女冒険者のね」


テーマパークと称して、生贄となる冒険者を集めていた理由は、まさにこれだった。

隙を伺い、狙いを定めた冒険者にビラを配り生贄を集めていたそうだ。


「・・・悪趣味ですね」


エレナがドン引きと言わんばかりに後退りしている。


「女の敵です。即刻倒しましょう」


ユイ同様に相手を睨みつけるアニ。

その傍らには、今にも相手を襲い出しそうなグリフォンのグリ。それをアニが制している。


突如、仮面の人物が淡く光出す。


「みんな!下がって!」


ユイが素早く指示を出し、仮面の人物から距離を置く。


やがて、光が晴れるとそこから現れたのは、3mを超える大男だった。

見上げると、その顔には目が一つしかない。

右手には巨大な木の棍棒を持っていた。


「驚きました。どうやら正体はサイクロプスみたいですね」


アニは怪訝生ざしを相手に送る。


サイクロプスは、本来モンスターの部類なのだが、会話が出来、更には人族の姿に変身する事が出来る個体は、それだけで希少種だった。

同様にそれだけに力を持った存在という事に皆に緊張が走る。


サイクロプスの大きな目が光り輝く。


それを戦闘開始の合図として、ユイとグリがサイクロプスに向かって飛び出した。


はずだった・・・


「身体が動かない!?」

「えっ、なんで?」

「・・・・どうやら既に動きを封じる魔術を使用されてしまったようですね・・」


ユイ達が身動きが取れない状態でいる中、サイクロプスの頭上からレーザービームの雨が降り注ぐ。


「さっすが!アリスちゃん!」


この世界には既に失われた技術で作られた魔導兵器のアリスには、サイクロプスが放った身封じの魔眼は効果を示さなかった。


邪眼は、元々相手の五感に直接働き掛ける技で、その対象はあくまでも、生物限定だった。

故に魔導兵器であるアリスには効力を発揮しない。


サイクロプスは、最初こそ驚愕の表情をしていたが、素早くレーザーを回避し、巨大とは思えない俊敏な動きを見せていた。


「まさか、私の邪眼が効かないとはね」

「皆を傷付けさせない。あなたを排除します」


体躯に似合わない俊敏な動きに対して、遠距離から仕留めるのは無理だと判断したアリスは近接戦闘に切り替える。


元々アリスは、近接格闘にも秀でている。

高速で繰り出される刃状に変形した手刀のラッシュにサイクロプスが強化した自らの鋼の肉体もなす術なく切り刻まれて行く。

サイクロプスは、その巨体から繰り出される強力な棍棒こそ定評はあるが、肝心の攻撃も当たらなければ意味がない。

頼みの魔眼も生物ではないアリスには、効果を発揮しない。

まさにサイクロプスにとって、アリスは天敵と呼べる存在だった。


実際、アリスがいなければサイクロプスに勝つことは難しかっただろう。

現にユイたちは、魔眼効果により指一本動かせない状態だったのだから。


「魔眼も使えぬようでは、もはやこれまでか・・・斯くなる上は・・」


アリスに勝てないと悟ったサイクロプスは、アリスに背を向け、逃亡をはかった。

すぐにアリスが追従する。


サイクロプスの向かった先は、ダンジョンだった。

誰もが、入り組んだダンジョンに入り逃げるのだろうと思いきや、それとは正反対の結末を迎えた。


「私自らがあの方の贄となろう。魔力を媒介にすれば、かなりの養分値となるはずだ」


その言葉の後、サイクロプスは、自らの首を切り落とし自害する。


その巨大な頭が地面に落ちるのと身体が倒れるのはほぼ同時だった。


ダンジョン内に地響きが響き渡る。


サイクロプスが死に、ユイたちへ掛けられた魔眼が解けた。


「追い詰められて、死を選ぶなんて、潔いやつだったね」


サイクロプスの亡骸にルーが手を合わせている。


「腑に落ちないよ」

「ユイちゃんもそう思いますか?私もなんだか不可解なんです。ダンジョン内までわざわざ移動した理由も・・・あっ!」

「エレナさんそうだよ!もしかしたらさっきあいつが言ってた養分値がどうたらってやつの為じゃないかな?」

「自分を犠牲にしたって事ぉ?でも、そこまでして復活させたい人って一体どんな人なんだろうねぇ」


次の瞬間、凄まじい地響きがダンジョン内に響き渡る。

立っていられず、地面へと手をつく。


「え、ちょっと何ぃ?何が起こったの?」

「もしかして、また水が襲って来るのかな?」

「と、取り敢えずダンジョンの外に出ましょう!」


グリが警戒の咆哮をあげた。


「グリちゃんどうしたの?」

「何かに怯えているみたいです。早くここから離れましょう」


ダンジョンの外へ出た一行は、ありえない事が今まさに目の前で起こった事により、ただ黙ってジッとその行く末を見る事しか出来なかった。


先程まで自分達がいたダンジョンが忽然と姿を消したのだ。

この場所からだと入り口しか視認する事は出来ない。

しかし、先程まであった入り口が確かに綺麗さっぱりと消失していた。


「ふぇぇ、一体、な、何が起こったの?」

「ダンジョンの管理者が亡くなったのでダンジョンが消えたのでしょうか?」


「違う」


皆の視線が今まで静かに事の成り行きを見守っていたミラに向く。


「物凄く嫌な気配感じる・・・・復活した?」


一瞬、閃光が駆け抜ける。


皆、何が起こったのか必死に理解しようとしている最中、先に動いたのはアリスとグリフォンのグリだった。


閃光が放たれた先に向かって、グリが跳躍し、アリスが前に立ちふさがる。


「グリちゃん!!」「アリスちゃん!!」

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