第131話:最強の勇者

勇者の強さは圧倒的だった・・。


ついつい目を奪われて、呼吸するのも忘れてしまいそうになる程に。


これが、勇者の頂点に立つ人物の強さなのか・・。

バッタバッタと斬り伏せていく。

あまりの強さに途中から戦意をなくした者が大半、逃げ出す始末だ。


レベルは俺の方が10は上だけど、たぶん恐らく、いや絶対勝てないだろうな。


勇者レインは、誰一人殺す事なく全員峰打にしていた。

その動きには一切の無駄がなく、観る者の視線を釘付けにする鮮やかさすら感じた。


「ミュレイ、ミュライ、全員を拘束しろ」


誰に対して発した言葉なのか分からなかったが、すぐにその声に反応した二人が言葉通り、反逆者を次から次へと拘束していく。


魔王封印の解除を行なっていた少女達だった。

勇者レインの仲間なのだろうか?


俺の心の中の声が聞こえたのか、聖女様が口を開く。


「彼の名前は、レイン。勇者の里始まって以来の天才と言われています。あの二人の少女は、彼の専用使役ドールです」

「使役ドール?」

「はい、魔導具の力です。自身の魔力によって、人形を作り出しているのだそうです。詳しいことは私にも分かりません」


人形を作る魔導具か。

しかも、特殊効果を持った人形。

実に興味深いな。

機会があったら是非話をしてみたいけど、嫌な予感しか感じないのでやめておく。


なんというか、一目見たときから、近寄りづらいというか、俺に対して完全に敵意を向けられている気がする。

いつだかの様に聖女様に対する嫉妬心とは、また違う気がするし。


魔族側の方は、やはりフランさんがあっという間に鎮圧したようだ。

既に、反逆者達を魔界へと強制転移させた後だった。

そっちは、魔王の技のようだけど。



「今回の件は双方痛み分けじゃの。協定違反にはあたらないという事でよいか?」

「ええ、こちら側もそれでお願いしたい」


相手側に危害が出る前にそれぞれで対処したので協定違反にはあたらないという事だろう。


(ユウよ)


⁉︎


(この声は魔王様?)

(改まらずともよい。バルサと呼ぶがいい)

(念話ですか?)

(うむ。軽はずみな行動は慎んでくれと元老院共がうるさいのでな)


軽はずみなって、さっきのキスの事だよな・・。


(落ち着いたら魔界へ来い。お主とは色々と話したい事もあるのでな)

(それはいいんですけど、魔界へ行く手段が・・)

(案ずるな、時が来たら此方から使者を送る)

(分かりました)

(当面は、皆からの説教を受ける羽目になろう。まったくもって停戦協定など受けるんじゃなかったわ)

(えっと・・何かすいません・・)

(そう思うなら土産物を準備しておくのじゃぞ)

(分かりました。準備しておきます。何か好物でもありますか?)

(そうじゃな、お前が欲しいな)

(・・・ご冗談を)

(期待せずに待っておるぞ)


魔王との念話が終了した。



''念話テレパシースキルを獲得しました''


何だかスキルを獲得してしまった。この感覚久しぶりな気がする。

確か俺の場合、実際に体験、体感し仕組みを理解する事でスキルや魔術を場合によっては初見で取得することが出来るチート仕様だった。


念話については、後で実験してみるとして、

ジラと合流し、俺達はモルトトまで戻って来た。


聖女様は、軍騎会での後処理があるので、ミラギールに残っている。

というのも俺の身代わりで残ってくれている。


(私が差し支えないように説明しておきます!)


魔王との関係や俺の経歴など質問責めにあっていたところを庇ってくれたのだ。

リンは聖女様の付き添いで一緒に残ってもらった。

あのお人好しの性格だし、悪い虫がつかないように護衛役も担っている。


自分でも気付かないうちに、聖女様の事を少しだけ意識している気がするんだよね。

でもそれは女性としてではなく寧ろ尊敬に近いと思う。

不器用なりに何事にも一生懸命の彼女に。

人を惹きつける人ってきっと聖女様のような人を言うんだと思う。


「お兄ちゃん、魔族とはもう争わなくていいの?」

「ああ、そうだな」


ユイの頭を優しく撫でながら答えた。

ユイは嬉しそうにしているが、それは魔族との争いがなくなったことに対してではなく、撫でられたことに対してなんだろうな。


「本当にこんな世界が実現するなんて、ユウ様には感謝しきれません」

「いやいや、俺は発案者であって、これが成功したのはひとえにみんなの協力があったからだよ。俺もジラにも感謝してる」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それから数日が経過した。



人族と魔族が停戦協定を結んだという声は、すぐにこの世界全土へと届けられた。


俺達は特にやることもなかった為、宿屋でまったり過ごしていたのだが、その俺の元に来訪者が現れた。


「ユウよ。会いに来てやったぞ」


聞き覚えのある声、半端ない威圧感・・


「・・・・魔王様が直々にこんな場所に訪れていいんですか!」


「ん?協定違反にはならんじゃろ?」


そんな事より、ついて来い。と俺と何故だかクロの腕を掴み強制転移した。


「ここは、魔界ですか・・」


一応尋ねたのは、見覚えのある外の景色ではなく、何処かの建物の一室だったからだ。


「そうじゃ」


人界と魔界とを一瞬のうちに転移出来るっていうのは、便利だよな。

俺も転移を使いたいのだが、さしものチートの俺でさえ、見ただけでは覚える事は出来ない。

仕組みを理解していないからだ。

原理が分からなければ、覚える事が出来ない。

だとすれば、一生覚えることは出来ない気がするな。


「妾の寝室じゃ」


えぇぇぇ!


「そ、それは流石にマズくないですか・・」

「バレなければ問題ない。そんなことよりもユウに伝えたい事があってな」

「クロも関係することなんですね」

「うむ」


魔王の話はこうだ。

今まで魔王の堕とし子として存在していたメルシーやクロ達を自分から切り離すという。


「封印されていた時には退屈じゃったからな、其方達の映像は実に有意義なものじゃった。しかし、こうして封印から解除された今とあっては、いつまでもこのままでは、逆に其方等に申し訳なくてな」

「なるほど、でもそれは俺が判断することじゃなくてクロ達堕とし子でしょう」

「うむ。メルシーにも問うたのだが、むしろ妾を近くに感じれて、このままが良いのだそうじゃ」


メルシーらしいな。


「それで、クロ自身にも聞いてみようと思い、連れて来たんじゃ」

「どうするクロ?」


クロは、良く分からないと言った表情だった。


「・・今までと一緒でいい」

「ふむ、そうか、本人がそう言うのであれば無理にとは言うまい」


魔王は、そう言うとクロに視線を向けながら何やら考えにふけっていた。


「時にユウ。この子を暫く妾のとこに置いてはくれぬか」

「えっと、目的を聞いても?」

「思うところがあってな。それに見た所、妾の、いや、魔族の血と抗う道を選んだのじゃろう。精神がかなりボロボロの状態じゃ」


その言葉に俺は思い当たる節があった。


以前、クロに魔族としての覚醒現象が起きた際に、抵抗してその覚醒をなんとか押さえ込んだ事があった。

それ以外にも、感情が高ぶった時、あの時は仲間が傷付き倒れた時にも覚醒しかけた事があった。


「妾も実際に見ていたから分かるが、いつまたあのような暴走が起きてもおかしくはない」

「解決する術があるんですか?」

「妾は魔王だぞ?出来ぬ事といえば、神を殺す事くらいじゃ」


今、恐ろしいことをサラッと言ったぞ。

でも魔王でも神は殺せないんだな。


「しかし、時間はそれなりに掛かる。徐々に身体を慣らしていかんといけんのでな」


確かに、またあんな事が起こったら危険だ。

今まではなんとか抑えて来たが、次起きても抑えられるとも限らない。

しかし、これは俺自身の判断では決めれない。


「クロ、お前が決めるんだ。どうしたい?」


クロは目を瞑り、自分の胸に手を当てて、何やら考え込んでいる。


まるで心の中のもう一人の自分と会話しているように。


「この衝動抑えたい。その方法があるならクロは何でもする」


クロの頭を優しく撫でる。


「決まりじゃな。なるべく早く完治するように最善を尽くそう。善は急げじゃ。早速行くぞ」

「ありがとうございます。寂しくなるけど暫くお別れだな。俺だけじゃなくみんな心配するから、早く治して戻って来てくれよな」


クロはコクリと小さく頷いた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

という訳で、クロは魔王の所で療養中なんだ。


魔界から戻った俺は、皆に説明した。


「寂しくなるね・・」


ユイが俺の隣でションボリと頭を寄せている。

優しくその頭を撫でる。


「そういえばユウ様がおられない間に、聖女様が来られましたよ」

「こっちに戻って来てたんだな」


戻ってきてからまだ話も聞いてなかったし、大聖堂に顔出してみるか。


「ユイ達はお留守番してるね」

「ああ、良い子でいるんだぞ」


大聖堂へは、俺とジラの二人で向かう事になった。


聖女の仕事は、今日は休みみたいだな。

大聖堂の前の人集りが見えない。


中に入ると、聖女様とリンの姿があった。

俺たちの姿が見えたのか、駆け寄ってくる。


「聖女様もリンも戻って来てたんですね」

「はい、今朝方です。取り敢えず現地での仕事も終わったので軍騎会は解散しました。しかし、当面は今回の協定の件で、各地を転々としなければなりません。軍騎会だけではとても周りきれないようなので、お手伝いですね」


連絡の届かない地方の村や町などへの伝令が主な目的だそうだ。

間違っても知らなかったからと言って魔族と事を構えると人族側が協定違反になってしまうからだ。


「俺にもできる事があれば、協力させて下さい」


元はと言えば、停戦協定の話は俺の方から持ちかけた話なのだから、どうしてもその責任を感じてしまう。


「ユウ様は、これまで通り冒険を続けて下さい。こちらの事は任せて下さい。今回の一件で軍騎会の皆様や勇者の里までもがユウ様のことを重要人物として認識してしまいました」


そういえば、そうだった・・。

今までは何だかんだと言っても、なるべく表に出ないように活動していたからね。

だけど、自分の強さを知られた訳ではないから、まだ大丈夫だと、、いや、魔王と親しい間柄にあるって知られただけで、色々ともう詰んでる気はする。


「それと、ユウ様にお願いがあります」

「あ、それは、私の方から言わせてくれ」


リンが真剣な顔立ちになっている。


「ご主人様にお願いがあります」

「どうした?改まって」


「私はご主人様との真剣勝負に敗れ、死を覚悟していた時に、ご主人様は生きろと言って下さいました。行き場のない私に生きる場所を与えて下さいました。そのことにはとても感謝しています」

「新たなる目的を見つけたんだな」


リンの言いたいことは、何となく今ので伝わってきた。


「はい。見つけました。私は聖女であるサーシャを守りたい。彼女は、停戦協定の折、これから各地へと赴く必要があります。当然この行為を良く思わない輩も居ます。その彼女を私は守りたい!」


元々リンとは、やりたいことが見つかるまで旅を共にするってことだったからね。

俺に止める権利はない。寂しいことには変わりないけど。


「リンの想いは分かったよ。聖女様のことは確かに心配だったんだ。優しすぎるその性格は時に自身の身を危険に晒すことだってある。でも、側にリンが居てくれるなら俺も安心して離れられる」


「ありがとうございます」


今まで一緒に旅をしてきて、そういえば、別れという経験ってあんましなかったよな。

これも慣れていかないといけないんだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る