第129話: クオーツ序列1の男

ジラ視点


今、私とイスは絶体絶命のピンチに立たされていた。


「私達に勝てると思ってるのジラ?」


威圧的な眼差しを私達に向けるのは、同じクオーツに所属していたマリエラとスメラだった。

彼女達は、魔王様の意思を知って尚、私達の前に立ち塞がる。


「お願い、マリエラ通して!私はあなたと戦いたくないの!」

「ジラ、裏切り者の分際でよく私の前に顔を出せたわね!」


マリエラの実力は良く知っている。

同じ一桁台の序列を競い合った仲だったからだ。

実力はほぼ互角。いや、実戦を離れていた私の方が不利かもしれない。

スメラは、私がいた頃はまだ候補生だったので、その実力の程は知れない。


「ジラお姉様、スメラは私が相手をします」

「イス・・気を付けて、無茶はしないでね・・あなたにもしもの事があったら・・」

「ありがとうございます。その言葉だけで、私は頑張れますから」


二人だけならばまだ対処出来たかも知れない。

しかし、相手には元老院のビャッコ様がいる。

ビャッコ様は、元老院という肩書きだけではなく魔族の最高戦力としても広く知られていた。

強くなければ元老院たる資格はないのだ。

その強さはクオーツのトップクラスにも引けを取らないだろうとさえ言われていた。


相手が悪すぎる。


ビャッコ様が参戦する前に、マリエラとスメラだけは何とかしておきたい。


互いが互いの対戦相手を理解し、それぞれが邪魔にならない程度に移動し、戦闘が始まる。


私の推察は正しかった。

マリエラは強かった・・。

元々序列は私の方が2つ先行していたけど、今では彼女との差は殆どない。

しかし、私も負ける訳には行かない。


次の戦闘のことを考えている余裕はない。

僅か数分の攻防だったが、互いに魔力も温存する事なく使い切っていた。


「やるわねジラ・・」

「あなたもねマリエラ・・」


互いが目の前の対戦相手に心の中でエールを送っていた、その時だった。


辺り一帯に膨大な魔力の奔流を感じたかと思えば、直後、身体にズッシリとした重みが襲ってきた。

それは、立っていられない程に・・・

思わず膝をついてしまった。


「こ、これはまさか・・重力!?」


いつの間にか私の足元には巨大な魔法陣が展開されていた。


「ビャッコ様!これは、どういうことですか!」


同じく膝をついていた仲間であるはずのマリエラの抗議だった。

魔法陣の中には、私、マリエラ、イス、スメラの4人が入っている。


「お前達では、少々役不足と判断したのでな、手伝ってやっているのだ」

「く・・なんて重力なの・・」


4人とも膝だけではなく、地面に完全に伏せた格好にさせられてしまった。


「・・ビャッコ様!私だけではなく、マリエラ達まで巻き込むなんて・・」

「ふん、黙れ裏切り者が!任務の遂行のためには多少の犠牲は仕方がないことだ」


時間とともに次第に重力が増していく。


ついには顔を上げることすら出来なくなってしまった。


くっ・・こ、呼吸が・・出来な・・い・・。


ここまで・・なの・・・・ユ・・ウ・・様・・。


意識が飛びそうになったまさにその瞬間だった。


青白い光が辺りを包み込む。

その光は、薄れかけていた意識を急速に呼び戻してくれた。


この優しい光は・・・


今の今まで展開されていた魔法陣が消えている。


「皆さん!助けに来ました」


重力からは解放されたが、今までの疲労とダメージで起き上がる事が出来ない。

辛うじて、うつ伏せの状態から身体を起こし、仰向けへと姿勢を変える事が出来た。


今の声の主が私の前に立っている。


「フ、フラン様⁉︎」


フラン様は、メルシーの護衛役を務めている魔族だ。

その実力は元老院同様に魔界でもトップクラスの実力と言われていた。


気が付けば、私達とビャッコ様以外は全員眠っている。

フラン様の得意とする範囲睡眠の魔術のようね。


「ジラさん、イスさん、貴女達に感謝します。後は私達に任せて下さい」

「ど、どうしてここに?」

「ユライハム様から全て聞きました。私はこの塔の下層に幽閉されていたのですけど、先程ユライハム様に助けて頂きました」


なるほど、さすが兄さんね・・。

フラン様とは別に新たに2人の人物の姿が見えた。


「おいイス!無事か?」


同じクオーツに所属しているザガンとスイセンだった。

そう、イスと共にメルシー様を守ろうと戦ったが捕まってしまった2人だった。

フラン様と同じ場所に幽閉されていたようね。


「何とかね・・。アンタらも無事で良かった」


「元老院ビャッコ様、貴方の行いには眼に余るものがあります。例えどんな理由があろうと、同族を手にかけるとは何事ですか!」

「魔王様のお気に入りだからと言って調子に乗るでないわ!小娘が!」


このままでは、フラン様とビャッコ様の戦闘が始まってしまう。

いくらフラン様が強くても、元老院相手では流石に分が悪すぎる。

私は、殆どの魔力を使い果たしてしまい、立っているのもやっとの状態だ。勿論千里に成り得るはずもない。

それは、マリエラやイス、スメラにも言えることだった。


現状この場に立っているのは私とフラン様以外にクオーツが5人とビャッコ様だけだ。

その他はフラン様の範囲睡眠によって眠っていた。


先に動いたのはビャッコ様だ。

といっても彼は私と同じ魔術専攻なので実際はその場に留まったまま、ありとあらゆる魔術を繰り出している。


完全に防ぐのみで防戦一方な状況になっていた。


「なによあれ!あんなの反則よ!無尽蔵の魔力だっていうの!」


マリエラが繰り出される魔術を躱しながらブツブツとボヤいている。


かくゆう私も、防ぐか避けるのみで、反撃にまわす余裕も余力もない。


「反逆者は全員皆殺しだ!」


降り注がれる魔術の半分程度は、フラン様の展開している防壁で遮断されていた。

しかし、それもいつまで持つのか分からない。

表情を見る限り、かなり苦しそうにしている。


左右からザガンとスイセンが飛び出す。

彼らは武器を得意とする前衛職だった。

ザガンは長刀を。スイセンは槍を。

一瞬にして、ビャッコ様との距離を縮めた。

しかし、次の瞬間攻撃を繰り出したはずの2人が目の前から消えた。


「え、何が起きた?」


声のする方へ振り返ると、そこには消えたはずの2人がキョロキョロしている姿があった。


「次元魔術ね・・」


吐き捨てるようにフラン様が呟いた。


その後も何度か隙をついて突進するが、相変わらず場所を変えられる。


ビャッコ様を中心とした半径3mに魔法陣が展開されている。

恐らくその中に入るとフラン様の言う次元魔術によって、飛ばされるのだろう。

小石を投擲してみたが、変わらず飛ばされてしまった。

ならば魔術だ!と一斉発動するが、同じく展開されている絶対障壁により掻き消される。

魔術もダメ。物理攻撃もダメ。まさに打つ手なしだった。


「無駄だ。何人たりとも私に近付く事は出来ん!」


ビャッコ様は、今まで以上に魔術の雨を降らしている。


「魔力切れを狙うしかないわ・・」


側にいるイスの呟きだ。


「ビャッコ様は、特殊な魔導具で別の場所に蓄えている自身の魔力を引き出す事が出来るの。だから、魔力切れはほぼ望めないわ・・」


さすがにそれは、反則ね・・


圧倒的な強者を前に絶望感さえ襲ってきそうだ。


その時だった。


何かが、この広間全体を覆う気配がした。

体感的には、冷気が走り抜けた感じに近いけど、そんな生易しいものではない。


次の瞬間、雨のように降り注いでいた魔術がピタッと止んだ。

魔力切れ?とも思ったけど、フラン様や他の人も魔術を行使していない。

どういうことかと一瞬考えたが、すぐにその答えが分かった。


「アルザスっ!貴様の仕業かぁぁぁ!!」


叫んだのはビャッコ様だった。

ビャッコ様の視界の先を見ると、神々しいまでに光り輝いた鎧を着た人物が立っていた。

気持ちドヤ顔を決め込んでいる。


「もう心配いらないぞ諸君!僕が助けに来た!」


アルザスと呼ばれた青年の特殊スキルにより、現在この空間での魔術使用が禁止されたのだ。


「ビャッコ様、我が愛しのクオーツの彼女達に一体何をしてくれたのですかね?」


火花でも散りそうな程に両者がにらみ合っていた。


「何故お前がここにいる!」

「彼女達が僕に助けを求める声が聞こえたのさ!」


何とも痛々しいこの青年は、確かな実力者だった。

クオーツの序列1位でもある。

そう、魔族の中の選ばれし精鋭戦闘集団クオーツの団長を務めている人物だ。


その後、魔術を封印されたビャッコ様は、アッサリと

フラン様に捕縛された。


「団長、何故ここに・・」

「やあ、ジラくん久し振りだね。会えて嬉しいよ。君の助けを呼ぶ声が聞こえたからさ!と言いたいところだけど、本当のところは、君のお兄さんに頼まれてね」

「ユライハム兄さんに?」


私は張り付けにされていたメルシー様たち3人を救出し、事の真相の説明をする。


「そ、それは本当なの?ジラ」


信じられないと言った表情のメルシー様。


「ジラくん!僕は信じるぞ!」


女性を疑うことを知らない団長。


「そうですね、そんな嘘をつく理由がないですからね」


流石に今まで宿敵とされてきた人族といきなり停戦協定など、にわかには信じ難いのは当たり前だった。


しかし、少なくともここにいる皆は私を信じてくれた。

こんな裏切り者の私なんかを・・


「ジラさん、魔王様の意思を伝えてくれてありがとう。メルシー様達を救うことが出来たのは、貴女のおかげです」

「フラン様、いえ、そんな私なんて・・・」


感謝されることなんて本当に私は何もしていない。

魔族からすれば、外の世界に飛び出し、魔王様以外を主と定めた私は、裏切り者以外の何者でもない。


皆に向かって深く頭を下げた。


「私なんかの言葉を信じて頂き、本当にありがとうございます・・」

「ジラお姉様、頭を上げて下さい。私はいつだってお姉様の味方ですよ!」

「ジラさんが誰よりもお優しいのは、よく分かってますよ」

「ジラくんがたとえ僕と相対したって、それはきっと意味があると、僕はいつでもどこでも君を信じてるからね!」

「皆さん、ありがとうございます・・」


私は本当にユウ様を始め周りの人々に恵まれている。

その人たちに恥じぬ生き方をしようと改めて決意をする。



その後、数日をかけて団長のアルザスの働きかけで、クオーツのほぼ全員が動いてくれた。

フラン様も魔界ではかなり顔が広い。そのせいもあって人族との停戦協定及び魔王様の解放の話は魔界全土へと広がっていった。


ビャッコ様を除く元老院達の最高議会でも、この話が取り立たされ、二つ返事とはいかなかったが、魔王様が帰還なされるまでは魔族側は行動しないと約束してくれた。

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