第102話: 海賊に占拠された国【城下町奪還編】

時間は少し遡る。


俺達が中庭にて海賊の親玉から王妃の話を聞いている頃。


「クロちゃん、私達の目的地はあそこよ」


震えながらジラにしがみついている親衛隊のスンさんが必死に目的地を指差していた。

クロが静かに頷く。


ジラとクロは、城下町を占拠している海賊達の殲滅が担当だ。


視界に数人の海賊達の姿が映る。

相手もまさか上空から敵が攻めて来ようとは思っていないだろう。

かなり至近距離まで近付いたが、誰もジラ達に気が付く者はいない。


「ジラ、私がやる」


身軽なクロが先行して降り立ち、目の前にいる5人をあっという間に行動不能にした。


「さすがね」


ジラが降り立った時には、既に戦闘は終わっていた。


スンさんは空の移動に酔ったのか、座り込んだまま立てずにいた。


「上空から見た感じだと、外に出ていたのは今の5人だけね」


ジラは残りの海賊を探す。


「いないわね。少し大きな音を出すわよ」


ジラが近くの空き地に狙いを定める。


杖を構え、威力を最大限にしぼった魔術を発動させる。

そして、小さな火の玉が狙いを定めた空き地に出現したと同時に大爆発が起こった。


威力を抑えたとはいえ、その凄まじい爆発音は城下町全土に響き渡っただろう。


「少し、やり過ぎたかしら」

「ひぃぃ・・」


スンが震えていた。


今の音を聞いて、海賊達が驚いて建物の中から出てくる。

呑気に宴会でもしていたのか、海賊達の顔が赤い。

酒瓶を持ったまま出てくる者もいた。

よっぽど慌てていたのか、仮面も被っていない始末だ。


「な、なんでここに魔族がいるんだよ・・」


魔族の特徴の一つである2本の角は、俺の形態変化メタモルフォーゼで隠している。

もう一つの特徴である漆黒の羽は個体差はあるようだが、出し入れ自由なのだ。

ジラは今、羽を出したままにしている為、海賊達に魔族と判断されたのだ。


それがジラの狙いでもあった。


「おいたをした坊や達にお姉さんが少しだけ遊んであげる」


ただの言動だけで何の効力もないはずなのだが、海賊達は金縛りに掛かったかのようにその場に立ち尽くし、微動だにしない。

動かなくなった海賊達をクロが気絶させていく。


「お疲れ様、クロちゃん」

「ジラ後ろ!!」


決定的な油断だった。

振り下ろされた刃は、ジラではなく、スンを狙っていた。

咄嗟にジラがスンを庇う。


辺りに血しぶきが舞った。


「ぐっ・・」


すぐにクロが迎撃に向かう。

相手は、素早く後方へと退いた。


「魔族が2人か、相手にとって不足はないっすね」


相手は、軽装だった。

真っ白なはかまを羽織っていて、刀を腰に1本。右手に1本。

2刀流の侍のような出で立ちをしていた。


「ジラ大丈夫?」


クロが心配そうな顔をする。


「ええ、止血は済んだから心配いらないわ」


ジラは先程の一撃で左腕を失っていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、私の為に・・」


スンは、泣き崩れている。


「俺っちの剣撃を受けて問題ないっすか。そうこなくっちゃね」

「貴方、傭兵団グリモアの方かしら?」

「お、キレイなお姉さんが俺っちの事を知ってるとは、嬉しいっすね〜」

「クロちゃん、魔術援護は任して。でも気を付けてね、たぶんクロちゃんよりも彼速いわ」

「了解」

「スンちゃんは、何処かに隠れててね。卑怯かもしれないけど、2人掛かりで行かせてもらうわ」

「構わないっすよ、その方が楽しいっすからね」


相手が喋ってる途中なんて御構い無しのクロが先制の一撃を与える。

一撃だけに留まらず、二撃、三撃と繰り返している。


クロの鉤爪と侍の剣とがぶつかり合う度に金属音が響き渡る。


「中々速いっすね〜だけど、こんな事も出来るっすよ」


侍の剣が紫色の光を帯びた。


「させないわ!」


ジラは、高速で撃ち合う侍に狙いを定め、閃光レーザービームを放つ。

正確無比な狙いに、侍が戦い辛そうだ。


「おおっ・・流石にキツイっす。なら、こっちも本気でさせてもらうっすよ!」


侍は腰に携えているもう1本の刀を取り出した。

そして何かの瓶に入っていた液体を飲み干した。


ジラの閃光レーザービームとクロの斬撃をその2本の刀で躱す侍。


なんて反射神経だ。


クロは焦っていた。

何度攻撃を繰り出しても当たらない事に・・。


侍は今のこの状況を楽しんでいるようだ。

わざとギリギリで攻撃を躱し、踏み込んで攻撃をしてこない。

それをクロは感じ取っていたのだろう。

次第にイライラを募らせていた。


「さてと、んじゃ、そろそろ時間もないっすから、一気に決めるっすよ」


侍は、クロと少しだけ距離をおく。

そして2本の刀が淡く濃く光り出した。


ジラが、させまいと、水弾アクアガンを連射する。

侍に直撃したかと思えば、侍の姿は既にそこにはなかった。


「あっ・・」


クロが短く声を発した。


侍が一瞬にしてジラの背後に回り、その刀でジラの腹部を一突きにしていた。


「えっ、いつのま・・に・・」



(ユウ様・・ごめんなさい、油断・・しまし・・た)


ジラはその場に力なく倒れ込む。


「ごめんね〜キレイなお姉さん」


クロは、ジラが倒れていく姿を瞬き一つせずに直視していた。


「ジラ・・?」


その直後、クロが赤い蒸気に包まれた。


「怒っちゃったっすか?」

「許さない・・。貴方だけは・・絶対に・・殺す」

「キミみたいな子供に出来るっすかね〜」


依然、ユイが深傷を追った時のように、クロは怒りでその意識を潜在的に眠っていた魔族に乗っ取られそうになっていた。

しかし、意識を取られまいと必死に抗うクロ。


「あれ〜隙だらけっすよ?」


己と葛藤していたクロに向かい、容赦なく侍の刀が振り下ろされる。

クロは何とか鉤爪でガードの姿勢を取っていた。

御構い無しと侍の無数の千撃で、次第にボロボロになっていくクロ。

既に半分以上の鉤爪が折られた。

致命傷こそはないが、出血も酷い。


「ばいばい、これで終わりっす」


侍が刀を高々と刀を構えた。


クロはもう満身創痍で動けない。


その時だった。

侍が何かを感じ、咄嗟に後ろに退いた。


上空からクロの前に降り立つ。

クロが苦しみながら上を見上げる。


「ユウ・・?」


ジラの危険を感じ取った精霊のノアが緊急連絡をしてきたのだ。


「クロ、良く頑張ったな」

「ジラが、ジラが・・」


自分こそ苦しいだろうに、他人の心配をしているクロが泣いていた。

あまり感情表現を表に出さないあのクロが涙を零していた。


「誰だい、キミは?」


先程侍に向かって俺は拘束を兼ねた威圧を飛ばした。

しかし、本能的に感じ取ったのか、侍は後ろに退いた。

その一つの仕草だけでも、この侍が相当の強者である事が伺える。


名前「ザン・キ」

レベル:58

種族:人族

スキル:縮地Lv4、双刀覇斬Lv3、剣壊ソードクラッシュLv3、雷撃斬Lv3、炎撃斬Lv3、水撃斬Lv3、閃Lv3、速度増強アジリティアップLv3、筋力増強パワーアップLv3

状態:ドーピング


「アリス、殺さない程度に相手を拘束しろ。腕の1、2本は構わない」

「マスターの命令を受諾」


我ながら自分でも理解している。

今、相当頭にきてるよな、

大事な仲間が傷付けられたんだから無理もないか。


「今度は嬢ちゃんが相手っすか?」


アリスが右手を前に出す。


侍はその行動の意味が分からなかった。

次の瞬間、侍の右手が吹き飛んだのだ。


「な、何が起きたっすか!」


アリスの技の一つに空間を指定して、爆発させる能力がある。

若干の溜めが必要だが、理解していないと避けるのは無理だ。

しかし、一度使ってしまうと簡単に対策されてしまう。


誰もがこれで決着が着いたと思った。

しかし次の瞬間、侍は袴の懐から何かの瓶のような物を取り出し、一気に飲み干した。


すると、消し飛んだ腕が元通りに戻ってしまった。


ありえないだろ・・。

あれは恐らく治癒ヒールLv5相当の回復効果のある薬だ。


そんな物が存在するなど、俺は聞いたことも見た事もない。


「危ない危ない、まさかこんなとこで使う羽目になるとはね」


俺はアリスが戦っている隙にクロの傷を癒す。

クロはまだ己の中の魔族の因子と意志の奪い合いで奮闘していた。


「負けるなよ、クロ。ジラは大丈夫だからな」


クロを抱えたまま、ジラの元に向かう。

ジラは確かに重傷だったが、ここに来た時点で真っ先にジラの状態を確認していた。


ジラのHPはまだ3分の1程残っていた。

驚いたのは、ジラが現在治癒モードに移行していたのだ。

恐らく、致命傷を負ってしまった場合に身体を守る為に、身体の中の免疫組織が勝手に修復活動を始めるみたいな、そんな感じなんだろうと勝手に解釈する。


ジラに治癒ヒールを施す。

切られた腕も元通りになった。

取り敢えずは一安心だが、依然として治癒モード中のジラはまだ気を失ったままだ。


アリスと侍の戦いもまだ決着はついていない。

というか、あの侍、めちゃくちゃ強くないか。

レベルも高いのだが、何というか戦闘のプロといった感じだ。

無駄な動きがない。

状態部分のドーピングというのが気になるが、そのままの意味だろう。

しかし、圧倒的な戦力差の前にはなす術はない。


というか、アリスの遠距離攻撃のオンパレードに侍は近付く事が出来ていない。

縮地を持っているようだが、あれは地面を蹴る瞬間かなりの溜めが必要だ。直線運動しかないのも欠点だしね。

そんな時間を与えなければ、恐れる事はない。


結果、避けるのがやっとの状態だ。

いや、あの攻撃を避け続けるだけでも凄い事なんだが。


あ、侍の足が飛んだ。


しかし、またすぐに再生する。


先程再度ステータスを確認したが、状態の部分に再生が追加されていた。


さっき飲んだ薬だろうか?

だとすれば、1回コッキリの薬ではなく、飲めば効果時間内に負った傷は問答無用で全回復なんて、自分がいうのも何だが、チートにも程がある。


出来る事ならば、侍は是非捕獲してその辺りのタネを教えてもらいたいね。


「参ったっす!」


侍が2本の刀を地面に置き、両手を上げていた。


アリスが両手を上げた侍に対して、尚も攻撃を繰り出そうとしていた。


「アリス、終わりだ」

「了解マスター。ですが、この者は危険です。動けないように拘束する事を提案します」


俺は捕縛を使用した。


「もう戦意はないさ。俺っちじゃ勝てる気がしないっすわ。それに、キミはもっと強いんでしょ?」


手も足も出ないアリスにマスターと言われている俺、確かに強そうに見えるだろうけど、実際はアリスのが強いんだよね。

勘違いしてくれてるのでそのままにしておこう。

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