第95話: 帰還

今俺達は、100名を超える魔族との戦いを強いられようとしていた。


こっちの戦力は、ジラ、クロ、イスと俺の4人だけだ。

さすがに多勢に無勢な気がするが、どうしたものだろうか。


こちらに引く気がないことを確認し、ゲルザーク卿は後方の自陣へと戻って行った。


開戦は避けられないようだ。


「ユウ、手加減はいらないよ、全員倒しちゃっていいからね」


いくらなんでも、全員がレベル40を超えている相手にそう簡単に行くはずもない・・。


俺達はまだしも、問題は後ろの王女たちだ。

障壁を張り、その中に居てもらう他ないが・・。


そうこう考えていると、魔族達が攻めて来る音が聞こえてきた。


後には引けない、やるしかない。


隠れているジラ、クロに姿を現わすように指示を出そうとした時だった。


「双方!退きなさい!!」


何処から聞こえてきたのか、辺りに響き渡る程の声量だった。

いや違うな。直接頭の中に語り掛けているのか。


俺の範囲探索エリアサーチにはそれらしい反応はない。


いや、たった今新たな反応が現れた。


「上だ!」


俺の声で皆が天を仰ぐ。


上を見上げた瞬間、一瞬だけクラッと蹌踉よろめく。

なんだ、錯覚か?


隣のイスは、膝をついていた。

ジラとクロも透明化を解除し、膝をついて辛そうにしていた。というより、眠いのをグッと堪えている感じだろうか?


「何が起こった?」


そう思うのも束の間。

遥か上空から高速で地面へ何が降り立った。


竜だ!

それに竜の上に誰か一人乗っていた。


地面への着地時に舞い上がった土煙りで竜の姿をかき消した。


「この気配は・・」


イスは、辛そうにしながらも少し怯えたようにしていた。


土煙りが次第に晴れていき、目の前の正体が露わになった。

竜の姿は何処にもなく、目の前には魔族の女の子が二人だけだった。一人は少女のようだ。


あれ?


俺は二人に見覚えがあった。


「メルシー・・・なのか?」


「久しぶりね、ユウ」


以前、俺はメルシーとプラーク王国にて出会い、竜族に捕まってしまったメルシーの姉を一緒に救出した経緯があった。


「後ろにいるのはフランさん?」


メルシーの姉のフランさんだ。


「ご無沙汰しております。ユウ様」

「お久しぶりです」

「さっきの竜はお姉ちゃんよ」


え?


どうやら、フランさんは竜に変身する能力を持っているようだ。


「ここら一体に強力な催眠魔術を使ったんだけど、さすがねユウね」

「それでか、一瞬クラッとしたのは・・仲間が苦しそうなんで解いてくれないか」


俺は少し違和感がある程度だったが、他の三人は意識を保つのに必死な感じだった。


「お姉ちゃん、四人だけ解除してあげて」


催眠をかけたのはメルシーではなく、フランさんのようだった。


後ろを振り向くと、王女とそのパートナーは全員寝ていた。

メルシーが言うように、眠っているだけならば取り敢えず大丈夫だろう。


遠視で確認したが、相対していた魔族達は、全員倒れていた。


「この方が都合が良いでしょ?お互いに」


お互いにの意味は分からなかったが、助かった事には変わりないので、感謝しておく。


「ああ、助かったよ。ありがとう」

「そうそう、私に感謝するがいい!」


感謝するのは、メルシーにじゃなくて、フランさんにだけどね。


良く見ると、ジラとイスは何故だか片膝をついて頭を下げている。

まだ苦しいのだろうか?

いや、クロはピンピンしている。


「まず、今回のようになってしまった事を詫びるわ」

「ええと、俺達が魔界に連れて来られた事だよね」

「ええ、アイツらは魔王様の復活にこじ付けて無闇な殺生をしようとしていたの。魔族の代表として、詫びるわ」

「やけに礼儀正しいな。メルシーは、もっとこう、無邪気で自由奔放で、エラぶってる方が似合ってるぞ」


それを聞いて笑い出すメルシー。


「ちょ、ちょっとユウ!目の前の方が誰なのか分かってるの?」


何故だか、イスがすごい剣幕で聞いてくる。


「え?魔族のメルシーでしょ?」

「はぁ・・・」


呆れられてしまったようだ。


「あの方は、魔王様の堕とし子よ」


堕とし子?


「魔王様が封印前に残されたご子息の一人です」

「そうなのか。魔王様のね・・・え、魔王って、あの魔王?」


ジラが顔を右手で覆っていた。


「メルシーが魔王の?だって、そんなの一言も言ってくれなかったじゃないか」

「別に隠す事でもないけど、自慢する事でもないわ」

「えっと、跪いた方がいいのかな・・」


またメルシーが笑い出してしまった。


「アンタがそんな事したら、可笑しくて吹いちゃうわ。今まで通りでいいわよ。貴女達も顔を上げて頂戴」


小声でフランさんの事をイスが教えてくれた。


「メルシー様の付き人をしているフラン様は、この魔界でもトップクラスの実力を持っているのよ」


なるほど・・。

って、出会った時は竜達に拘束されていたよな・・。

いや、あれは個人の力でどうにかなるレベルではないか。


そういえば、見た事がなかった気がしたので俺はフランさんの情報を確認してみる。


名前「フラン・ルクソール」

レベル:80

種族:魔族

弱点属性:なし

スキル:時限転移、竜化、アイアンクローLv3、スラッシュLv3、麟Lv3、スリーピングLv5、治癒ヒールLv3、堅牢瞬身フルスロットル


中々の強さだ。

魔王の堕とし子という重要なポジションにいるメルシーの世話係兼護衛役も務めているのだろう。


色々と話を聞いてみたいのだが、今は優先すべき事がある。


「眠っているうちに運び出しましょう」

「ああ、そうだな」


後ろを振り向くと、シャロンを含め全員が眠っている。

むしろ都合が良い。今の内に魔法陣まで運び、元の世界に戻ろう。


「手伝うわ」


そう言い、イスがヒョイっと眠っている全員を宙に持ち上げたのだ。


「チョロいチョロい」


そのまま、魔法陣の場所まで足早に移動する。

途中、ゲルザーク卿と配下の魔族約100人が全員眠っている横を通り抜けた。


「フランさん、こっちの陣は本気でやったでしょ」


眠気に耐えるとかのレベルではなく、一瞬の内に意識を失ってしまった感じに見えたからだ。


「そうですね。あと、すみません。実はユウ様にも本気で術をかけました。以前私たちを救って頂き、実力の程はメルシー様から聞き及んではいましたが、測るような真似をして申し訳ございません」


確か俺には睡眠耐性がついていた気がする。


「ユウ様の実力は底が知れません。私の全力の催眠で微動だにしない所を見ると、私よりも遥かにお強いのでしょう」

「俺はみんなが思っている程そんなに強くはないよ。睡眠に関してもたまたま耐性があっただけだしね」

「ユウって、何者なのよ」

「ただの人族だよ!」


正直今ここでフランさんと勝負しても正直勝てる気はしないね。


イスに手伝ってもらい、全員を魔法陣の中まで運ぶ事に成功した。


「元の場所に帰れるのか?」

「この魔法陣から来たのならば、元の場所のはずよ。それより、魔法陣に蓄えられていた魔力が残り僅かみない」

「無くなったらどうなるんだ?」

「魔法陣が消え、ユウ様たちが戻れなくなってしまいます。この感じならまだもう少しは大丈夫でしょう」


どちらにしてもギリギリだったようだな。


「ユウ」


今までとは違い、メルシーが真剣な眼差しをしていた。


「身勝手を言うようでごめんなさい」

「どうしたんだ?」

「今回の一件は、一部の強硬派の魔族達の仕業で、決して私達魔族全員の企みでない事は理解して欲しい」

「そんなの言われなくても分かってるよ。俺は元々魔族たち共仲良くやって行きたいと思っているしね」

「ありがとう・・・。あ、あと一つお願いがあるわ」

「お願い?」

「ここにいる者達の記憶を消したいの」


メルシーの話はこうだった。


魔界は一部の例外は除くが、本来人族が来るべき場所ではない。

魔界の情報を公にしたくないようだ。

それに今回の一件が人族側に知られれば、魔族側との全面戦争の引き金に勃発する恐れがある。

各国の王女や未来の王子達が拉致されたのだ。

どのような理由であれ、それぞれの王達が黙っているはずもない。

だから記憶を消し、何もなかった事にしたいと言う。


「本当に身勝手だと思う。だけど、了承して欲しい」


メルシーは頭を下げている。


「ちょっと、メルシー様!頭を下げるのは・・」


イスが慌てている。


「わ、私からもお願いよ!」


イスまで頭を下げている。


堕とし子という地位がいまいち不明だが、相当上には違いない。

どこぞの王様に頭を下げられているようなものか。

ん?その光景は何度か見た気もするな。


「頭を上げてくれないか。俺もこんな事がキッカケで戦争なんてのはゴメンだ。俺何かが決める権限はないんだろうけど、了承するよ」

「ありがとう。記憶を消すのは、こっちの人族達だけよ。ユウの事は信用しているし、勿論そのお仲間さん達もね」


ジラが膝をつき、頭を下げていた。

それを見たクロも同様のポーズを取った。

ただ真似をしたという訳ではなく、本能的にそうすべきだと察知したのだろう。


メルシーがジラの側に歩み寄った。

そしてジラにだけ聞こえるように耳元で告げる。


「ユウは仕えるに値する真のあるじ足る人物。どうか彼を守って上げてね」

「はい」


そしてクロの前に立った時だった。


「貴女は・・私と同じ匂いがする・・。あ、いえなんでもないわ。貴女も無茶ばかりするユウを守ってあげてね」

「無茶ばかりは聞き捨てならんぞ」

「大量の竜族に喧嘩を売っておいて、あれを無茶と言わずに何と言うのよ・・」

「あれは、ちゃんと策があったからな。結果上手くいったろ?」

「偶然のまぐれだった気もするけど?」


グッ、返す言葉がない。


「メルシー様、そろそろ・・」

「あ、そうね。じゃ、ユウを除く人族の皆さんの記憶を消去するわ」


あくまでも消去する記憶は、この魔界へ降り立ってからの記憶だ。

つまり王女達は、単純に時間だけが経過して元の場所から動いていないという事になる。

しかし、現実の時間は当然過ぎているので、この矛盾は残るのだが、記憶がないのだからどうしようもない。

タイムマシン的な力で数日先にワープしたと思うのが妥当ではないだろうか。

その線で誤魔化しきるしかない。いや無理だ。そもそもタイムマシンなんてこの世界どころか元いた世界にも存在していない。

全てを覚えている俺が頑張ってでっち上げるしかない事に変わりはなかった。


「終わりよ。じゃ、時間も無いから元の場所に戻すわね」

「ああ、何から何までありがとな。イスもね。助かったよ」

「今度はちゃんと正規なルートで来なさいよね!」

「おう、またな!」


魔界へ来た時と同じように景色が暗転したかと思うと、見覚えのある場所へと移動していた。


そう、晩餐会の会場でもあった、ガゼッタ王国の中庭だった。


どうやら無事に戻ってきたようだな。

ジラとクロには、念の為に透明化のマントを被せていた。

場所が変わったからなのか、フランさんが魔術を解いたからなのかは不明だが、眠っていた王女とそのパートナー達が一斉に目を覚ました。


「あれ、私達は一体・・」

「何故だか眠ってしまっていたのか」


戻って来て初めて分かったが、俺達が魔法陣で消えてから3日が経過していたようだ。


「王女達が戻って来たぞ!!」


3日間も行方が不明になっていたのだ。

各国の王達も躍起になって行方を捜していたようだ。

言うまでも無いが、当面の間はこの騒動が静まる事はないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る