第37話: 討伐任務

どうにか、アクアリウムまで戻ってきた頃には、陽も沈み、辺りはすっかりと夜になっていた。


宿屋の自室に入るな否や、2人の妹たちに説教をされてしまったのは言うまでもない。

後で何か償わないとな。


翌朝、俺だけが城に呼ばれていた。

と言うのも、この都市の長が呼んでいるから「すぐに来るように」と、言われたからなのだ。

上からの物言いに、少し反抗したくなったのをグッとこらえる。

俺が言えた義理じゃないな。


おもてを挙げてくれ」


今俺は、長の眼前で頭を下げている。

長の隣にはサナの姿が見える。

何故だか、申し訳なさそうな顔をしている事から、どうしても嫌な予感を感じてしまう。


「自己紹介がまだだったな。私はこの水上都市アクアリウムで長役をしている、ベルグドだ」

「初めまして。冒険者のユウです」

「うむ。そなたの事は、娘のサナから色々と聞いておる。今回そなたに来てもらったのは他でもない。モンスター討伐依頼を頼みたいのだ」


暫く話を聞いていたが、どうやらこの水上都市近くで危険指定種のモンスターが発見されたそうだ。

これまで2度に渡り、各ギルドで討伐隊を結成して派遣したが、あまりの強さに手も足も出なかったそうだ。その度に犠牲者も多数出たという。


話は分かったけど、なぜ俺なんだろうか?

サナに目を向ける。

相変わらずサナは、尚も申し訳なさそうにしていて、何故だか頭を下げていた。


「えっと、話は分かりました。しかし、何故私なのでしょうか?」


この人とは、面識もないし、ましてや俺の強さを知っているはずも無かったからだ。

知っているとすれば、世間話するうちに仲良くなった、隣にいるサナくらいなのだが⋯。


もしかして?


「ユウさん、ごめんなさい。私が、その⋯もしかしたらユウさんなら何とかしてくれるかもしれないなんて、呟いてしまったものだから⋯」


サナは出会った頃からいつも謝っている気がするな。


「勿論無理強いするつもりはない。この都市の者ではない旅の者に、この都市の為に命を懸けて欲しいなど、断られて当然だと思っている。しかし、そなたは武人と聞いている。その場合、助力だけでも願えればと思い、呼ばせてもらったのだ」


その時、扉が開く音がしたかと思えば、小綺麗な格好をした秘書と思しき女性が入ってくる。


「失礼します。ベルグド様、急ぎお耳に入れたい内容が御座います」


ベルグドさんは「申し訳ない、すぐに戻る」とだけ言い残し、部屋を出てしまった。

サナが2人っきりになったのを確認し、再度俺に謝ってくる。


「本当にごめんなさい。断って下さい。父には私の方から話しておきますので」


余りにも申し訳なさそうにしているので、逆にこちらの方が申し訳ない気分になってくるんだよね。


「そのモンスターの情報を教えてくれないか?」

「え?まさか討伐に行かれるのですか?」

「情報を聞いてからかな」

「ダメです!危険です!ユウさんにもしもの事があったら、私はどうしたら⋯」

「その時は、枕元で化けて出てくるよ」


冗談で言ったつもりがサナが涙目になってしまった。

どうやら言い過ぎたらしい。


「ごめん、冗談だから」


俺はいつものクセで、サナの頭を撫でる。


サナは「むぅー」と唸っていた。

そのまま撫でながら、


「サナ、約束する。危険だと判断したら、すぐに帰ってくるから」

「本当ですよ?約束ですからね」


そういえば、まだ何も説明を聞いてなかったな。


その後、ベルグドさんが戻ってきて、正式に依頼を受ける事になった。

そして、詳細な依頼の説明を受けた。


ここから、2日ほど南東に行った先に、太古の森と呼ばれる場所がある。

そこは、資源が豊富にあり、ギルドが資源回収クエストを頻繁に発行している場所でもあった。

2週間ほど前にそのクエストを受けた者が、危険指定種モンスターを発見したそうだ。


その後、2度に渡って討伐隊を結成し、討伐を試みたが、失敗に終わったらしい。

その際、多大な犠牲が出たそうだ。

モンスターの名前はクーガーと言う。手が10本あるスカルナイトだ。体長は3mはあり、レベルは71と言う。


レベルだけならば、昨日倒した龍と同程度のようだ。

イメージを聞いた限りだと、近付かずに遠距離から攻撃してれば、恐らく大丈夫だろう。


宿に戻った俺は仲間に依頼を受けた事を説明し、早速明日出発する事を告げた。

もちろん1人で行くつもり⋯だったのだが、2人の猛反発にあい、とてもじゃないが、2人を「うん」と言わせる事が出来なかった。



水上都市アクアリウムを出発し、1日掛けて目的地へと到着した。


不自然なまでに辺りの木々がなぎ倒されている。

異様な光景だった。まるで、小規模なトルネードでも通過していったかのような悲惨な状態だった。

恐らくは今回のターゲットの仕業だろう。

範囲探索エリアサーチに反応はないので、まだこの近くにはいない。


「いいか、2人とも。敵を見つけても、無闇に突っ込まない事!俺の指示をちゃんと聞く事!」

「はーい!」

「ん」


まったく、返事だけはいいんだから⋯


道中何度かモンスターが襲ってきたが、この辺りには、不思議とモンスターの気配がない。


無残に切り刻まれた残骸を頼りに、クーガーの後を追って行く。


「いた!」


奴は小高い丘の上に立っていた。


名前:クーガー

レベル:71

種族:骸骨

弱点属性:聖

スキル:呪怨Lv2、疾風斬撃Lv5、火焔斬撃Lv5、氷結斬撃Lv5、瞬撃Lv3、地割れLv5、10撃雷砲斬、ビックバン

称号:骸骨族の王


俺達のターゲットで間違いないな。

事前に聞いていた通りの容姿。

体長3m弱、手が10本の骸骨剣士スカルナイトだった。

しかし、一番気になるのは称号だった。

こりゃ、まともに正面から行ってもキツそうだな。


奴のスキル名を覚えて、名前から予想される攻撃モーションをイメージしておく。


仲間に支援魔術を施す。


事前に作戦会議をしていた。

それは、3人で連携して倒す事。


俺は正面、ユイは右側面。クロは左側面から攻撃だ。

まず俺が奴の注意を引く。俺に注目している隙を狙い、2人が滅多刺しする作戦だ。


よし、作戦開始だ。

2人がゆっくりと息を殺して散会する。


互いに配置に着いたことを確認する。


「やるぞ!」


まず挨拶がてら、エレメンタルボムをおみまいする。

着弾した先で、凄まじい衝撃が発生し、骸骨剣士スカルナイトは爆炎に包まれている⋯はずだった。


見誤っていたようだ。相手の力量を。

自分の力に慢心していたのかもしれない。


相手との距離は10m程あり、俺のエレメンタルボムは、秒速20m程の速度がある。

故に相手への着弾まで単純計算0.5秒程だったにも関わらず、尚且つ、不意を突いたにも関わらず、躱されてしまったのだ。

しかも、俺の攻撃を躱した奴は、俺の目の前まで一瞬で移動しやがった。

転移系のスキルを所持していないのは、事前に確認していた為、自分の目を疑った。


「クッ⋯」


そのまま振り落とされた無数の剣撃に、咄嗟に後ろへ回避するが、降り注がれた10もの斬撃を全て躱す事が出来ず、結果4太刀浴びてしまった。


そのまま後ろへ飛ばされ、岩に激突する。


「お兄ちゃんっ!」

「ユウっ!」


「くそっ⋯油断した⋯」


恐る恐るHPを確認するが、10分の1程度減っていた。

まともに喰らえばかなりヤバイな。


俺が飛ばされる前にいた場所を確認すると、2人の妹達が奴に向かって攻撃している光景が映った。

見ると、2人ともHPが半分程度減っている。

驚くべき反射神経で奴の攻撃を全て躱している。

直撃は貰わないにしても、かすったり、斬撃の余波でダメージを追っているようだった。

2人は俺が攻撃を喰らった事で頭に血が上っているようだ。

いや、クロは冷静に見えた。

普段から表情を顔に出さない性格なので、怒っているのか外見からでは判断がつかない。


今、この場で俺の行動はどうあるべきだろうか。

このまま全員で撤退か?

いや、奴の速さは異常だ。集まる事すら容易ではないだろう。

ならば、このまま攻撃を続ける以外選択肢はない。

俺は瞬時に考え、実行する。


「俺は大丈夫だ!このまま3人で畳み掛るぞ!」


2人は一瞬で俺の考えに賛同し、頷く。

しかし、喋る余裕は無いのだろう。


すぐさま2人を治癒ヒールで回復する。

2人の攻撃を10本の腕に持っている剣が凌いでいる。

剣同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響いている。

2人に当たらないように風刃ウィンドカッターで応戦する。

少しでもHPが減ると瞬時に回復させる事を忘れない。


その時だった。

一瞬、奴の体全体が光った。

恐らくスキル攻撃だろう。


「何か来るぞ!一旦離れろ!」


俺の声に反応して2人が後ろへと飛び退く。


奴が地面に向かって攻撃している。

地割れだ!

地面に放たれた衝撃波は、恐ろしいスピードで2人に迫ってくる。

俺は咄嗟に石壁ロックウォールを複数使用する。

衝突音が鳴り響く。

3枚張ったにも関わらず、石壁ロックウォールが砕けてしまった。

しかし、ギリギリ相殺出来たようだ。


すると、奴が次のモーションを取っていたのが見えた。

10本の剣が光っている。


「させるかっ!」


今奴の近くには2人はいない。

魔術を叩き込むならば今しかない。それに奴はスキルの溜めに入っている。

俺は自身のスキルの中で最も発動までの時間が早いスキルを選び、使用した。


「グラビティ!」


クーガーの足元に黒くて丸いサークルが現れる。

重力魔術が奴の動きを奪う。

しかし、膝を付くことは無かった。

俺は動けなくなった状態の奴に続け様にエレメンタルボムを連射でおみまいしていく。

さすがに今回は全弾命中したようだ。


爆発時の土煙で奴の姿が見えない。

どれくらいダメージを与えられたのだろうか。


土煙が舞う中、奴の全身が光ったのが確認出来た。

次の瞬間、クロの前に奴が現れた。


「クロっ!!」


先ほどの斬撃スピードとは明らかに違う。奴自身若干だが全身が紅く光っている。

恐ろしいまでの速度で攻撃を放っている。

さすがのクロも躱す事が出来ず、攻撃をまともに喰らってしまった。

俺はHPを見る間もなくクロを治癒ヒールで回復する。

そして、俺の時と同じように後ろへと飛ばされてしまった。

チラリと目をやると、奴の全身を覆っていた紅光が消えている。

恐らく、スキルの類だったのだろう。


「ユイ!フォローしてくれ!」

「うん!」


すぐにクロの元へと駆け寄る。

クロは、酷く出血しており、治癒ヒールしたにも関わらずHPも3分の1になっていた。

レベルの差はやはり大きい。

すぐに回復させる。


「大丈夫か、クロ?」


しかし、返事はない。


クロは気絶していた。


HPは全快になってるので大丈夫だろう。


「ごめんな、クロ⋯俺が頼りないばっかりに。ここで休んでてくれ、すぐに終わらせるから」


ユイの全身からも湯気のような物が立ち昇っていた。

ステータスを確認すると、バーサクの文字が見えた。

以前、魔族相手に使っていた時にも使用していたあれだろう。


ユイの攻撃速度、威力が跳ね上がり、2人がかりでも防戦一方だった相手を今は凌駕しているまでになっている。


奴のHPは、まだ半分程度残っている。

ピンポイントで魔術を奴に放ち、命中させていく。

ユイもスキルを出し惜しみする事なく使用していた。


それにしても、なんてタフなんだ。

同じレベルの龍よりも明らかに頑丈だった。

しかし、徐々にHPが削られていき、残り僅かとなった。


「これで終わりだ!」っと思った瞬間だった。


何かを感じた。

それはとても嫌な感じの何かだった。


「ユイ!そいつから離れろっ!」


俺の声に反応して、すぐに後ろへと飛び退く。

俺は逆にユイの元へと駆け寄る。

クーガーが、今まで以上に全身に光を帯びており、やがてその光が一点に収束していく。


次の瞬間だった。


光が収束した場所を中心として、まるで核ミサイルでも衝突したような、ものすごい爆発が起きたのだ。

ちょうど、俺がユイの元に辿り着いた瞬間の出来事だった。



真っ暗で何も見えない。

気を失ったのか⋯

確か俺は、戦闘中だったはずだ。

ここは何処だ?


誰かが俺を呼んでいる。


(ユ⋯さ⋯おき⋯)


何度も何度も。

最初は良く聞き取れなかったが、次第に聞き取れるようになってきた。


(ユウさん、起きて下さい!)


そして、目を開ける。


「お兄ちゃん!」


目の前には、涙でくしゃくしゃになった顔のユイがいた。

まだ思考が回復していないが、すぐに声をかける。


「大丈夫だユイ、心配ないから」


クーガーが光った瞬間、俺はユイを庇いながらロックウォールを可能な限り張りまくっていた。

しかし周りを見てみるとほぼ全てが見るも無残に朽ち果てている。


「奴は?」

「クロが倒しちゃった⋯」

「えっ⋯」


ユイに隠れて視界に入らなかったが、少し離れたところに後ろを向いたクロがいた。

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