第6話
夜。静かに雨が降っていた。
戦いの後、リウは公衆電話から警察に「須藤さんの変死体を見た」と電話を入れた。夜が明けたら羽矢の家には大勢の野次馬が集まるのだろうなとリウは思った。
彼女たちは今、橋の下にいた。リウと羽矢、二人で寄り添い雨宿りをしていた。互いに力なく無言のまま、じっと雨を見続けていた。
何故、なんで、どうしてこうなってしまったのか。
自分たちはただいるはずだった場所へ戻りたかっただけだった。ただ、それだけだったのに、結局は目の前の辛い現実から逃れようとして淡い希望のような存在へと逃避しただけで……何も得られなかったし、何もかもが無駄足だけに過ぎなかったのか。
リウはその事ばかりを考えていた。
二人の身体の傷はほとんど治っていた。リウの胴の大きな傷も塞がっていたが貫かれた傷痕の周りには皮膚が盛り上がり、見るからに痛々しい大きな痕になっていた。
羽矢はただひたすらに、地面へと降り注ぐ雨を見ていた。服は先ほどの吐瀉物で汚れ、目は虚ろになっていた。
リウは重くなっていた口を開く。
「……あんたが、あそこで放置されていた理由がわかったと思う」
その声色からは普段とは違う弱々しい様子を見せていた。
「さっきのヤツ……『爆発』と言えばいいのかな……? ゲームに例えるとソレにステータス全振りしちゃってるんだよ。アンタの妙に敏感だったレーダーは力が目覚める前の兆候か、そもそもそういう力なのか……。きっと、その力のせいで奴等―『組織』に目を付けられた。そして予想以上の力を恐れられたか、実用出来ないと判断されて処分される事になった……そんなトコだと思う」
「なんで……」
リウの語りに羽矢が反応する。
「なんであんたはそんなに冷静なの」
羽矢は雨を見つめていたままだった。
「冷静なわけあるか。これでも……かなり堪えてるんだ」
「そう」
リウの歯噛みに羽矢はそっけなく応えた。
「私、こんな力欲しいって思った事なんてない。こんなののせいで私は捕まって……時間が経ってて……お父さんが……」
羽矢は吐き気をぶり返し、口元に手を当てる。涙がポロポロと零れ始める。
「なんでこんな事になったの? なんでこんな力があるの? アイツ等は何なの? 『組織』って何なの? もう……訳がわかんない」
「あたしだって、こんな力は望んでもいなかったし、解らないことの方が多い。少しばかり敵の事を知っているだけで、後はあんたと同じだよ」
リウと羽矢、二人の堂々巡りが続く。
「どうしようかね……これから。やっとの思いであの施設を抜け出して逃げ出せたと思ったら、結局あいつ等に遊ばれてただけで……何にも変わらなかったし、変わっちゃいなかった。ハハ、馬鹿だよなぁ。ン年ぶりに生まれ故郷へ戻ってみたら、何もかもが変わってて、何もかも無くしてて……ホンット惨めだよ。ここまで行くと笑えてくる」
リウは自嘲気味に、力なく笑った。
「あたしさ、心のどこかできっとやり直せるって思ってたんだろうな。捨てきれなかったっていうかさ、甘い希望にすがってたんだろうなって……」
それは、いつもふてぶてしく強気に笑うリウの姿からは想像出来ない自嘲に満ちた弱々しさだった。
「……羽矢は戻りなよ。あんた、まだ五年しか経ってないんでしょ? あたしと違ってまだ充分やり直せる。辛いことなんて忘れて……」
「やめてよ」
羽矢はそれを否定する。
「同情してるの? もう五年も経っちゃったんだよ。クラスのみんなは進学も就職もしてるし……結婚して赤ちゃんも出来た子に会ったし……五年前と全く変わってない私なんて見たらみんな驚くよ……。それどころか、これからもずっと変わらない私を知ったら誰だっておかしいって思うよ……。それに私、家族……お父さんだけだし。親戚もいないし」
羽矢は雨を見続けたままだ。今にも折れてしまいそうなか細い声を出している。
「私……もう疲れちゃった……消えてなくなるのもいいかな……」
直後、羽矢の目元から大粒の涙が溢れだした。総てを奪われた者の叫びのようにも思えた。
それにリウはただ一言だけ答える。
「やめろよ」
その言葉は力強い断言だった。
「……あんたに何が解るっていうの」
「あんたの気持ちが解らない訳じゃない。さっきも言ったけど、あたしだって身の上はあんたと同じだよ。家族も友達もいなくなった。昔と全く変わらない姿で変身能力まで持ったバケモノだ。この力を普通の人にでも見られた日にゃあ、恐ろしいモノでも見るような目であたしを見るだろうね……もしかしたら、大勢の人に追い回されあ挙句、殺されるかもしれない。八方塞がりでお先真っ暗な状況だ。こうも追い込まれたんじゃ死にたくもなる」
「……そうでしょう。だったらいっそ二人で」
それを遮るようにリウは力を込めて言う。雨は徐々に止んでいく。
「そういうのをやめろって言ってるんだ」
「……どうしてよ」
「生きてりゃそのうちイイ事あるなんて、よくある綺麗事だけど……綺麗事でもいいじゃない。馬鹿にされようが、泥にまみれようが、みっともなく足掻いて足掻いて足掻き倒す。その方が何もしないで野垂れ死にするよりはマシ。あたしはそう決めている」
「……何それ。死ぬのが怖いって事?」
リウは一瞬口を閉じる。
「そういう事になるかな。何も感じなくなるってのも正直怖いし。ま、死ぬよりは生きた方が楽しそうというのが一番大きいかな」
羽矢は呆れたような口調で言う。
「……行き当たりばったり」
「そういう事言うな!!」
リウの顔が赤くなった。
しかし、羽矢の張り詰めた表情は少し緩んだ。
「でも、羨ましい。そういう前向きな考え方、良いと思うよ。私もそういう割り切りの出来る人になりたかったな……」
羽矢は寂しそうではあるが、先ほどと異なり笑みも含まれた表情となっている。
「それで……リウはこれからどうするの?」
「そうだな……具体的にどうするかは決めてないけどさ、どこか静かに暮らしていける場所でも探しに行ってみて、見つけたら静かに余生でも過ごそうかな」
「……おじいさんみたい」
「うるさいな、今更社会に出られるとも思ってないよ。それに案外退屈しないかもよ? 命狙われてるだろうから」
「笑えないよソレ」
「そりゃそうだな、うん」
二人は会話をしていくうちに、笑い声が少しづつ漏れるようになっていった。
悲惨な境遇なのに、諦めない。諦めが悪い。でも、羨ましい。
羽矢はリウにそんな感情を抱き始める。
「……決めた」
羽矢の眼は輝きを戻していく。
「私……リウにずっと付いてく。無くなっちゃったモノが多いし、これからの事もどうなるか正直わからない……。もう私にはリウ、貴方しかいないの。だから……貴方から離れない。ずっと傍にいるから」
「ずっと……傍に?」
告白を聞いたリウは少し顔をキョトンとさせた。
程なくして、顔を引き締め改めて誓いの言葉を述べる。
「解ったよ。今日からずっとコンビだ」
「コンビだったのはもう始まってるでしょ?」
「それもそうか」
リウの顔から小さい笑みが漏れる。
「もしかして、もう忘れたの?」
「ちょっとね」
「……バカ」
羽矢はそう言いながら笑った。リウもそれにつられて笑った。
二人の笑い声は徐々に大きくなっていった。
笑って泣いて、ひたすらに笑い続け、夜を明かしていった。
雨の中、橋の下一帯に二人の少女の笑い声が木霊していった。
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