第32話 届くさ。
「なんだってお前いきなり家に戻ろうなんて思ったんだよ。」
淳をバイクに乗せた俺は質問してしまう。
「とりあえず考えろって。自分が為すべきことを。そう言われたんです。」
ほぉ・・・・。と俺は妙な納得をしてしまう。そんなことを言いそうなのは誰なのかは判っている。
「編集長だろ?言ったの。」
「はい」
俺の声に先ほどよりも柔らかい声になって返す淳。偶然だが編集長に会わせて良かったのかもしれない。
「俺にとって為すべきと思ったことか・・・・。」
少しだけ自分にも問いかけてみる。俺にはそういう大義があるのだろうか。少なくとも今のバイクを走らせる俺はただの保護者でしかなかった。
俺のバイクは淳の家、もといsignal研究所へと向かう。そこにはあと10分ほどバイクを走らせなくてはいけなかった。
景色は近代的でモダンなものから田んぼや畑が広がる田園風景へと変わっていく。
「悪い、少しそこのガソリンスタンドに寄らせてくれ。少しばかりガソリンが切れちまいそうなんだ。」
乗っているバイクのメーターは確かにemptyと表示されるところへと針が動いていた。
別に構いませんよ。と淳から承諾を頂く。
ガソリンスタンドに入るといらっしゃいませー!と元気良く声が店をかけめぐる。
バイクをとめ、店員がバイクにガソリンを注入していく。
「ガソリン入れてるあいだにそこの売店でガムを2つほど買ってきてくれねえか?」
俺は淳に小銭を渡し、走らせる。
2分もしないうちに帰ってきた。
「ミントで良かったですかね?」
「ああ。ありがとよ。」
淳からレジ袋を渡され、俺は中身を確認する。勿論の事ながらガムが2つ入っている。
「片方あげるよ。」
袋から1つガムを取り出し手渡す。
「考えるときにガムを噛むのはいいらしいぜ。」
俺なりの心配りでもあった。自分は何も出来ない。その歯がゆさからきたものでもあった。
じゃあいただきます・・・・。パッケージを開き、ガムを口にいれる淳。噛んだ瞬間に口いっぱいミントの風味が広がる。
ガソリンスタンドを出て、一行はまたsignalへ向かう。
少ししたところで信号に捕まってしまう。
「美智子ちゃんのことなんだけどさ・・・・、」
俺は申し訳なさそうに口を開く。もちろん美智子のことは淳の落ち度ではない。だがこの言葉が淳にとって希望をもつかもしれないと思ったからだ。
「ええ・・・・。」
淳の語調も重くなった気がする。
「美智子ちゃん、記憶戻るかもしれない。」
俺のその言葉に淳は目を大きくする。
「聞いた話なんだけどよ、編集長がまだ記者として駆け出しの時によ、とある記憶喪失になった男の子を取材した事があったらしくてよ、」
信号機が青に変わり、バイクは走り出す。
「その少年は編集長のカメラを見た途端に頭を抱えだしたんだ。」
バイクはカーブを曲がる。
「そしてしばらく寝込んだ後に何も無かったかのように記憶が復活していたんだ。」
バイクはまた信号に捕まってしまう。
「記憶が復活した理由は編集長が持ってたペンなんだそうな。」
「ペン・・・・ですか?」
しばらく一人で話していた隆に淳が言葉を挟む。
「ああ。そのペンは少年が記憶が消える前にずっと愛用していたものらしいんだ。それが目に入って・・・・という事らしい。」
俺はコホンと咳をする。
「奇跡的な話だったらしい。でもよ、いや、だからさ、そんな簡単に希望を捨てるなよ。世の中頑張ってりゃいいことあるよ。」
淳は隆の言葉が胸に染み渡っていく。今まで悲観的になりすぎてきたせいか、隆の言葉は一筋の蜘蛛の糸が降りてきたようにも思えた。
「美智子ちゃんはきっとよくなる。記憶だって元に治るさ。」
またバイクが信号に引っかかる。
「今日はやけに信号に止まるな・・・・。」
トントン。俺の肩に何かが当たる。
「どうした?何かあったか?」
首を右に回して淳の方向に振り向く。淳は首をふって、自分の横を指さす。
指が指された方向を向くと
「風香さん・・・・。」
端正のとれたあまりにも美しい顔に腰まで伸びた髪。まるで神の作り出した最高傑作と言っても過言ではない美しさであった。ガードレールで間は空いてるがその端正な顔立ちの美しさは変わらなかった。
「こんなところで何をされてるの?」
風香の喋る言葉には品があった。
「ちょっとこいつを送ろうと思ってまして・・・・。」
ははは、と俺は少し作り笑いをする。後ろにいた淳を親指で指すと淳も笑顔で会釈する。
「淳くん久しぶりね。美智子ちゃんは体調はいかが?」
風香のこの一言がまた淳の胸を締め付けた。
俺が話題を変えようと口を挟もうとしたが
「美智子はですね・・・・」
淳が口を開く。俺には何も言わせない気なのだろう。
「元気過ぎて少し怪我をしちゃいまして・・・・、病院にいまして・・・・。なんて言うのかな、ちょっとおっちょこちょいしちゃったと言いますか・・・・。」
ははは、と照れ笑いをする淳。だがその表情は嘘であった。本当は誰よりも泣きたかった。
「あらそうなの?なら彼女にこれを持っていってくれない?」
風香の右手に持っていた袋から一輪の花が淳に手渡された。
「また花屋に行ってたんですか?」
俺が袋を見つめながら言う。
「ええ。私はやっぱり花が好きですから。」
風香は満面の笑みで答える。
「そう言えば隆さん、私達付き合ってるのにいつになったらデートするんです?」
え?と俺は驚いた。何か飲み物を口に含んでいたのならブーッと吐き出していただろう。
が空いてる日が1日あった。明日だ。
「えっと・・・・、とりあえず明日で。」
俺の苦笑いがなんとなくだが空気をよくした。そんな風に思えた。
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