「スカウト」〜その3〜

 「篠宮くん! 」その声に奏志は振り向いた。


 「原嶋さん……一体どうしたの? こんなところまで来るなんて」息を切らし、呻くようにして声を絞り出す奏志、その様子を宮田と大木はコンテナの陰から覗いていた。


 「大ちゃん、これは面白そうだゾ、他の奴らには黙っておこうぜ」


 「当たり前だろぉ、こんな楽しいこと他の奴に言ってたまるかよ」


 そんな二人のことを知る由もない明希は、奏志に話をした。


 「今日来たのはね、こないだ助けてもらった時のお礼をしっかりとしておきたかったのと……」明希は俯いた。


 「それと……? 」


 「私のところにも珠樹さんが来て、テスト・パイロットの話をしていったんです、それで……その……篠宮くんはどうするのかなぁ……って」


 「ああ、そのことなら俺も原嶋さんにその事を聞こう聞こうと思ってたんだけど、聞きそびれちゃってたんだ」


 「や、野郎! あんな可愛い娘と複座機に乗ろうってのか、生かしちゃあおけねぇ! 」突然、宮田が飛び出そうとするのを大木は組み付いて制止した。


 「そう慌てなさんな、見てみろよ奏志アイツの顔、ゆでダコみたいに真っ赤にしちゃってよぉ、可笑しいったらありゃしない」大木が指差した先には文字通りに顔を紅潮させてしどろもどろになりながらも話を続けようとしている奏志の姿があった。


 「アイツ、純粋だからな」しばらくもがいていた宮田もおとなしくその様子を眺めた。




 「あっ……すいません、座ってお話した方が良かったですよね……」腰をしきりに捻っていた奏志の様子を見かねて明希は言った。


 「あ、うん、助かるよ」二人は現場の入口近くにある小さな階段に座った。吹き抜ける風が明希の長い髪を揺らし、仄かな甘い香りが奏志の鼻腔をくすぐった。


 「お昼の時間に呼び出したりしてすいません、きっとお昼はまだですよね? これ、良かったら食べてください」そう言って明希は横に置いていたバスケットからおにぎりを取り出した。


 「ありがとう! 俺、丁度お腹空いてたんだ」嘘です……本当はさっきご飯を食べてお腹いっぱいです、だけど、ここで「食べない」なんて選択肢は僕にはありません……奏志は意気揚々と返事をした。




 「おい、アイツさっき昼飯かきこんでただろ、二五式ん中で」宮田が額を拭った。


 「そうなの? じゃあもう腹いっぱいなんじゃないの? 」大木はニヤついた。


 「いや食うだろ、馬鹿だから」宮田の予想通り、奏志は二人の下ゲスの視線の向こうで満面の笑みを浮かべながらおにぎりを受け取り、頬ばった。


 「やっぱりな、多分惚れてんだろ、あの娘に」


 「そりゃあ面白いが、おもしろくねぇな……」宮田は俯いた。


 「アイツが行っちまうかもしれないからだろ? 」


 「ああ、その通りだ、って奴かも知れねぇが、なんだかんだ言っても可愛がってきた後輩ってのがどこかに行っちまうってのは寂しいのよ」宮田はしみじみとそう呟いた。

 

 「まぁ、どうやったって、俺らにそれを止めることは出来ないけどな、ただ黙って、とは言わないが、出来るだけ明るく新たな旅立ちを見送ってやるのが俺らに出来ることだろうな」大木も、遠くでおにぎりを食んでいる奏志を、どこか遠くを見るような目で見ていた。




 「どうですか……? 全然味に自信は無いんですけど……」しおらしげにそう聞いた明希に、奏志はそんな事はないよ、すごく美味しい、と笑顔で答えた。


 「そうだ、テスト・パイロットを受けるかどうかの話をしに来たんだったね」奏志は口の端についたご飯粒を器用に舌でとりながら言った。


 「そうでしたね……どうしますか? 」


 「う~ん、やってもいいかな? とは思うんだけどねぇ……いかんせんこの職場も気に入ってるし……悩むところだね、原嶋さんは? 」


 「私も、やってもいいかなぁ、とは思ったんですけど、一人で全く知らない所に行くのは少し気が引けると言うか……」


 「そっかぁ……」

  




 「馬鹿め! ここで、じゃあ俺と一緒に行こう! って言うんだよ! しっかりしろ、クソ童貞め! 」大木は思わず叫び、今度は逆に宮田に押さえつけられてしまった。しかし、その声は薄っすらと奏志の耳に入っていた。


 「良かったら、なんだけど一緒に行かない? 」


 「僧します」明希も同調する。物陰で漢の涙を流す二人、皐月の空は突き抜けるように蒼かった。


 こうして二人はテスト・パイロッ卜を受けることにした。




 金曜日の夕方、神妙な面持ちで菱井建設の事務所に入ってきた奏志、彼はドアノブをゆっくりと掴んでドアを開いた。中を見回すも、そこには誰もいなかった。


 「挨拶に来たってのに、誰もいないのかぁ……まぁ、俺が辞めるって言ったのが急だったのがいけないんだよな」奏志は自身の行動に多少の責任を感じつつ、ぼやいてみたものの、言葉は事務所の無機質な壁に飲み込まれていくだけだった。ぼんやりと立っていても仕方が無いので、彼は手近にあった椅子に腰をかけた。

 


  




 


 


 


 


 


 

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