いろいろな色

緒結

ともだち

 3月1日。暦のうえではもうとっくに春になったはずなのに、「春」と呼ぶにはまだまだ寒い。

 今日、多くの高校では卒業式があり、3年生たちは慣れ親しんだ学び舎を卒業する。卒業生も在校生も先生も親たちも、みんな感慨深そうにしていて、なかには泣いている人もいた。

 ”卒業式”というものはどうやら、感動するものらしい。普段ワルを気取って校則をいくつも破ってきた不良も、今日はちゃんとしてる。そして、そういう奴ほど意外と涙もろかったりもする。

 3年間振り回されてきた教師や親も、「あいつもちゃんと卒業してくれた」という顔で見守っている。

 普段は放課後の部活の熱気がこもる体育館も、今日はしみじみとしたもの悲しさで満ちていた。空間全体が泣いているみたいだ。

 そんな湿った空気に、俺の噛み殺したあくびが交ざる。その場に不釣り合いな、吞気な色をした空気だった。


 ——はやく終わらないかなあ……。


 俺のなかには「感動」とか「感謝」とか、そういった明るい色の感情は一切なかった。

 帰宅部2年の俺には、先輩との胸が熱くなるような思い出なんてものはないし、思い入れのある先輩というのもいない。だから、俺にとってこの卒業式は、完全に”蚊帳の外”の出来事だった。

 そんなことを考えていると2回目のあくびが出た。今度は噛み殺すことに失敗した。周りの人たちとは違う種類の涙目になると、横から肘で軽く小突かれた。

 ふと隣を見ると、あきれたような顔をしている”ゆう”がいた。

 ゆうは俺の幼馴染だ。親同士も仲がよくて、俺とゆうは生まれる前からそばにいた。だから、「友達」というよりは「兄弟」といったほうがしっくりくるような間柄だった。真面目でなにかと人の世話を焼きたがる、オカン気質のいいやつ。

 俺が「ごめんごめん」と笑うと、ゆうは軽くため息を吐いて前を向いた。あいつも帰宅部だから俺と同じ”蚊帳の外”にいるはずなのに、よく真面目に校長やら教育委員長やらの話を聞いていられるよなあ。


******


 「しゅん、あくびが出るのはしかたないにしても、せめてこらえるとか隠すとかしろよ」

 「ごめんごめん。2回目は俺も油断してたわ」

 「……2回もするなよ」

 「だって退屈だろ?世話になった先輩とかいないし~?在校生は希望する人だけ、出るようにすればいいのにな~。そしたら丸一日休みになったのになっ!」

 「はあ……俺たちも来年はああやって卒業するんだからさあ」

 「ゆう、お前今からそんな未来のことまで考えてたらハゲるぞ?」

 俺はゆうの頭頂部を指さし、「この辺りから」とちゃかした。ゆうはそっけなく俺をあしらった。 

 「……お前が考えなさすぎなだけだよ」

 「まあまあ、そんなことよりさっ!この前借りたマンガの続き見せて!あれめっちゃ笑った!」

 「もう読んだんだ。いいよ、じゃあ今日うち来る?」

 「行く行く!……あっ、ひろ!お前もしゅんのうち行くよな?」

 俺は少し離れたところに”ひろ”を見つけて、手を挙げて言った。

 ひろは高校に入ってからできた友達。背が高くて運動神経抜群のバスケ部エース、おそらく校内で一番モテている。この前のバレンタインデーには、「食べきれないだろそれ!」と思うほど多くのチョコをもらっているのを見た。

 俺はひろのもとに駆け寄った。

 「ごめん、俺はパス。今日は先約が入っててな」

 ひろの「先約」という言葉を聞いた瞬間、俺は察した。デートか。

 ひろは俺たち、3人のなかで一番モテていて、そして唯一の彼女持ちだった。

 「なーんだ、そりゃ残念だなー!……ちっ」

 「ごめんて。春休みは暇だからさ、また別の日に」

 「いいよ…俺より彼女を選んでもっ……お前が幸せなら、俺はっ……!」

 俺はわざとらしく涙をぬぐう仕草をする。するとゆうが後ろから声をかけた。

 「ごめんひろくん。しゅんのことは気にしなくていいから先約を優先してね。しゅんもうざ絡みやめな。そろそろホームルーム始まるし、教室戻んないと」

 ゆうはいつも場を上手くおさめる。さすがオカン。

 隣のクラスのひろは「ごめんな」というそぶりを見せて、教室へ入っていった。


******


 俺たちはたいてい3人でいた。いつもバカみたいに、どうでもいい話しかしていなかったけど、俺はそんな日常に満足していた。

 だから、卒業した後のことなんて考えたこともなかったし、考えようともしなかった。いや、考えないようにしていただけかもしれないけど。

 でも、たとえ卒業して離れ離れになったとしても、俺たちの関係はずっとこのまま続いていくと、根拠のない確信が俺にはあった。

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