リストラの正義 ★労働者サイド
「手書きの履歴書なんて面倒なもの、書かすなよな。効率化はできないし、仕事もできないようなジジイたちがのさばってるから、こんなくだらないことにこだわるんだ」
喫茶店で若者は、同じ年くらいの友人に熱っぽく語る。
「そうか、お前は今転職活動だったよな。ほんと、無駄が多いよ。雇用の流動化をいうなら、解雇をしやすくする分、雇いやすくすれば良いだけの話なんだ。手書きの履歴書とか無駄の極致。何なら、履歴書と職務経歴書なんて、転職先に有利なところだけを書いて“そこをごちゃごちゃ言うな”っていう法律にしたらいいんだよな」
相槌をうち、続ける。
「でもまあ、年齢制限を取っ払うみたいなバカな法律があるけど、まったく機能してないからなあ。求人サイトなんて、登録時に確実に年齢を入れる項目があって、企業側はそれで判断をしているんだぜ。ただ、確かにジジイに来られても困るけどな」
そういうと、若者同士でケラケラと笑っていた。
…彼らの言う通りだな。
聞くとは無しに、たまたま同じ喫茶店に居合わせ、話が耳に入ってしまった中年の男がつぶやく。
男はちょうどその日、彼の所属する大企業から、小規模な会社への出向命令を受けていたのだ。社内では“リストラだ”と噂されていた。長年、技術職として腕を磨き続けてきた男にとって、研究に重きを置いていた同社は彼の全てであり、人生だった。
数日後、「ようこそ来てくださいました」。
少し小太りで人の良さそうな、所長がわざわざ男を出迎えてくれた。新しい職場は、キレイで活気があった。
疑問に思った男は「…あの、誠に申し上げにくいのですが、私はお役御免になったわけじゃないんですか?」
意を決して、所長に聞いた。所長は、驚きの表情を見せ、“そういうことか”とひとりごちて、男に真実を伝える。
「あ、そう言えば企業秘密のため詳しい事情が後回しになっていたんですね。ここは、親会社の命運をかけた新製品開発に向けて、技術のみを追求する少数精鋭の研究所なんですよ。株式上場している親会社では、近視眼的な開発しかできない。株主から“すぐに結果を出せ”と言われますからね。その点、ここは別会社なので、自由に開発に専念できます。あなたのような優秀なベテラン技術者には最適の職場です」
一服おいて、続ける。
「高度な技術を、新製品開発のために活かしてください。若手はまだまだ、経験もノウハウも足りない。あなたの力が必要なんです」
男には頭を下げて乞うている所長が、涙で滲んで見えていた。
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