第14話 滅亡と救い
アキとの生活初日。アキが寝ているオレの耳元で、フライパンにお玉を打ち付けるというベタな起こし方をして来た。
「うるせえ!」
「おはよう!」
「お玉が壊れんだろ!」
「今日もいい天気だよ!」
「別に予定もねえんだから早起きさせんなよ!」
「散歩でもしようよー」
なんだこの会話の噛み合わなさは。オレが寝ぼけているからなのか?否、アキがバカだからだ。
結局朝食を食べ終わるとアキがオレを散歩に連れ出した。確かに天気はいいが、昨日からオレは歩いてばかりな気がする。
「イギー!見て!トンボトンボ!」
アキの周りを秋茜が飛ぶ。蜻蛉独特の急停止、急発進する飛行は見てて楽しい。アキがその動きに翻弄されている姿を見るのはもっと楽しい。
「お前トンボ見たことねえのかよ」
「あるよ!でも今年は初めてみた!」
「今年のも去年のもトンボはトンボだろ」
「いまの気持ちで見るトンボはまた別なの!見てるときの気分で、見てるものも違って見えるんだよ!」
「そうかぁ?」
「イギーはきっと今も去年もその前もずっと退屈だったんだね!」
「あぁ、そうかもなぁ」
そこでオレは気づく。さっき見たトンボとアキは楽しかったな。
アキとの生活三日目。オレが読書をしてると、アキが隣でオレの読んでいる本を覗き込んでくる。
すこし鬱陶しいが、鬱陶しいと伝えて横でギャーギャー言われるのはもっと鬱陶しい。オレはアキを放っておいて何度も読んだ本を読み進める。
それは、救いがない、ただただ絶望を描いた話だ。未来を見ることのできる青年は、将来次々と訪れる破滅の未来を回避しようと奮闘する。破滅の原因となるであろうヒトを次々と殺していくのだ。
ウイルス研究をしていた恋人の父親を殺し、兵器を開発していた親友を殺し、戦争を仕掛けようとしていた某国のトップを暗殺した。青年のしていることに気づいて、止めようとした両親も葛藤の末殺してしまう。
そして最終章。次々と、機械的に殺人を冒していた青年はいつもと同じように、隕石をこの星を導いて星を壊そうとしていた研究者のもとを訪れ、殺そうとする。しかし、いざ研究所に訪れるとそこにいたのは父親を殺された昔の恋人だった。青年は恋人に謝る。君の父を殺してすまなかった。けれどこれは世界のためなんだ。僕を許してくれ。
恋人はいう。許さない。
そう言って恋人は青年をナイフで突き刺す。なんどもなんども突き刺す。
朦朧としていく意識のなか、青年は見るのだ。天窓を横切っていく巨大な隕石な姿を。
青年が意識を失うと同時に、世界は破滅した。
オレは最後のページをめくり、本を閉じると、アキが隣でため息をついた。なんてことない、下らない物語だ。人殺しには罰が下る。天網恢恢、疎にして漏らさず。在りきたりな教訓を示した、救いのないものがたり。オレがそうアキにいうと、アキは首をかしげて答えた。
「そうかな?青年は世界が滅びて救われたんじゃない?」
何を言ってるのだこのバカは。
「青年は世界を救うために大事なヒトを何度も殺してんだぞ?それなのに世界が滅びて救われるわけねえだろ」
「えー!でもさぁ!それって青年の未来予知だけが根拠でしょ?青年はきっとその予知が自分の妄想なんじゃないか、ヒトを殺さなくても世界は滅びないんじゃないかって何度も考えて、不安のなかでヒトを殺してたんだよ?
最後に自分がヒトを殺さないと世界は滅びるって証明されて青年はきっと救われたよ!」
「なんてポジティブシンキングだ」
オレは口ではそう言って呆れたが心の奥底では感心していた。オレが60年暗唱できるようになるほど何度も読んできたものがたりを、こいつはたった一回読んだだけで違うものに変えてしまった。それはスゴいことだと素直に思った。
「物語のなかにくらい救いがないとさ!」
アキはそう言って笑う。その笑顔もさっきまでとは違って見えた。
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