足して2で割る

 バージリカは「現代のプロメーテウス」と美しい文字で書かれためくりをじっと眺めていた。明日昼の舞台に先駆け、道具や照明の確認の為、二人は仕事を全てキャンセルした。もちろん、その分の代金は舞台を命じた客に上乗せして支払わせるつもりでいる。薄暗い壇上には場見バミの蛍光シールが薄く光り、本番に向けた、二人の憂鬱な気分を代弁するようだった。


「ノラエ」


「どうしたの、バージリカ」


頬をぷっぷくと膨らませながらバージリカはノラエの方へ向いた。


「いつか二人で逃げましょう」


「またそういう事言って、こないだだって、本気にしたに聞かれて、たくさん怒られたじゃない。覚えてないの?」


「ノラエはここから出たくないの?私たち、いつかお互いの区別がつかなくなっちゃうわ」


ノラエは袖口から伸びる、黒と白のバーコードの様な腕を撫でた。


「お互いの区別なんて、そもそも大したことないじゃない。私はあなたのコピーだもの」


バージリカの顔が曇る。


「それとも、バージリカ、あなたは自分が人間である事がそんなに誇らしいの?」


ノラエは己の左肩口に彫られた麻の葉をとん、と指差し、その指でバージリカの同じ場所を強く突いた。


 大昔、再生医療の名の下に、人間は人間を造り始めた。神の領域を越えたのである。今では、心の治療だとかそういう大義名分の下、〈フリードール〉と呼ばれる人擬ひともどきがガラスの容器から産まれ、人間と同じように生き、時には、軍事利用されているとか、宗教団体を取り仕切っているだとか、嘘か本当かわからないような事が、まことしやかに噂されていた。

 ノラエはバージリカの太客が、バージリカのをオーダーし、座敷屋へ寄付をした個体であった。フリードール純正の証である弥奔国章の麻の葉が一つ、左の肩口に彫り込まれている以外には、見た目における人間との違いは一つもない。爪の先ほどの小さな印だが、人とそうでないものを大きく隔てる印だった。


「ノラエ……」


「まかり間違って、この麻の葉が、バージリカ、あなたの身体にくっ付いたら、私も逃げる気になるかもしれないわ」



 翌日。壇上の大きな手術台に並べられたバージリカとノラエは、恋人つなぎをしてその時を待っていた。二人の横には馬の覆面を被った男と、猪の覆面の男が立っている。各々の傍らには大工道具のようなものが整然と並び、鈍く光っていた。


「現代医学の勝利!白黒娘の体は均等に混じり、人とそうでないものの別なく、彼女らは新たな架け橋となりますでしょう!」


口上垂れが大きく手を振り上げ視線を手術台へと送ると、覆面の男らは手に刃物を握り、予め書かれていた印に沿って挿し入れた。麻酔を施され痛みこそないものの、己の足が切られていく様子を眺めている事が、果たして出来るものだろうか。金属製の器具が身体の中を通る度に、ひっ、ひっと嗚咽し、ノラエに至っては、しきりに手術の中断を懇願し続けた。ぎこぎこと骨が鋸で削られ、がくん、と二人同時に身体に衝撃が走ると、いよいよ二人は声を揃えて泣き叫んだ。

 手術は2時間足らずで完了し、挿げ替えられた部分は縫合糸を境にして、パッチワークの様に繋がっていた。腕の施術はバーコードを形成するまで3年ほど掛かったが、足は恐らくそれ以上の期間が必要だろう。バージリカとノラエが白目を剥いて動かなくなった頃合いに、観客達は次々に席を立ち、会場は片付けをする助手らの声がぼそぼそと響く程度になった。


「悪趣味だな」


「ああ、客も見世も」


馬と猪は顔を見合わせそう呟くと、さして興味がなくなったかの様に、その日の晩飯について話し始めた。

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