証明の時間

「……おい」

 少し遠くにある夕陽が綺麗に見える河川敷で彼女を見つけた。

 俺の声に彼女は振り返って呟く

「どうして……」

「お前、何故行こうとした」

「何故って……」

「何故だ」

「書いてたじゃないですか、私がいるとあなたは変人に思われる」

 俺は溜息をつく

「俺はもう変人だ、俺を理解してくれる人なんか少ないよ」

「その少ない人もいなくなるんですよ? 私がいると迷惑をかけるだけです」

「確かに」

 俺は大きく声を上げる。

「確かにお前がいると俺の数少ない理解者が減る」

「だから……」

 彼女の弱々しい声を遮るように俺は声を強める

「でも! お前がいなくなってもそれは同じだ!」

「え……?」

 彼女が固まる。意味が理解出来ないのだろう。

 仕方ない、記憶喪失なのだから。

「じゃあ……始めようか」

「な、何をですか?」

「最初から俺がしている事は変わらない」

 先延ばしに、遠回しにしていた……証明の始まりだ。

 証明への手がかりは揃っている。


 手袋を使い擬似的に触れ合う実験では彼女が左利きだという事を求めた。

 人間以外の動物に触れるかという実験では彼女がネズミ嫌いだという事を求めた。

 テーマパークでは彼女の好きなアトラクションがスパイダー男だと。

 熱いココアとドライアイスでは彼女が熱い方が苦手だという事を。

 さっきの手紙では彼女が特徴的な丸文字だという事が求められた。


 どの実験も……最初に出た俺の予想を裏切りはしなかった。

 最初から分かっていた事なのだ。ただ……認めたく無かっただけだったのだ。だが、これだけの条件が揃えば認めざるを得ない。

 それでも俺は、少しの望みをかけて、彼女に解を問う。

「お前の名前は……相川 梨花か?」

 彼女は目を大きく見開いて呟く

「あいかわ……りか」

 その後彼女は俺を、俺の目を見て呟く

「翔太……くん?」

 俺は俺の名を呼ばれて頷く。


 俺の証明は……正解だった。

 彼女、相川梨花は俺の彼女……交際相手だったのだ。

「お前……死んじまったのか?」

 自分でも声が震えているのが分かる。止めようとするが涙は止まらない。

「まだだけど……もうダメみたい……ごめんね」

「ごめんねじゃねぇよ……」

 俺は上着を彼女にかけて、上着越しに抱きしめる。

「……何をしに来たんだよ」

「死んじゃうみたいだから……最後に会いに来たんだよ」

「記憶はどうしたんだよ」

「事故で消えちゃってたみたい……今はあるよ」

「そうか……」


 しばらくそのまま抱き合っていると、彼女の目から涙が落ちた。

「そろそろ時間みたい」

「梨花……」

「翔太くん……ごめんね」

「もう謝るな」

 彼女が目を閉じたのを確認して俺も目を閉じる。

「俺はお前に消えて欲しいと思った事は一度も無い……また会おう」

 唇に冷たさでは無く暖かさを感じた。

 そのまま少しの間お互いに熱を感じあって……梨花は消えた。

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