第92話 ロマンを壊す男

 4月のある休日に子供二人を連れて、高原に出かけました。

 少年自然の家がある、自然満載のキャンプ場です。小学校のキャンプでここに来たときのことを思い出します。日本の美しい村百選にも選ばれていますので、素晴らしいところです。(私の実家付近も負けてないと思いますが)


 伊豆高原にある窪地に似たところをぐるっとまわりました。

 私は重くなりだしたおなかでふうふういいながら。主人はジャイ子をだっこして階段を上り。

 元気なのは長男だけ。

 秋には一面のススキ野原の絶景が広がるところです。今は、その準備のためところどころ黒く焼いた地面が見えますが、それでもだだっぴろい草原。春のそよかぜに吹かれて素敵です。

 私は眼下に広がる草原を見渡して言いました。


 ――ええなあ。……ウチ、死ぬ前に一度、モンゴルに行ってみたいわ。


 とめどなく地平線まで広がる大草原とか。昔から私の憧れです。


 ――はあ? なんで? あんなとこに行きたいの?


 主人がいいました。


 ――ええやん。みわたすかぎりの大草原とかさあ。草千里、やん。遊牧民とかゲルとか。それを見てモンゴル帝国を築いたチンギス・ハーンに思いをはせんねん。


 馬にのってどこまでも。夜空とか、きっとめちゃくちゃ綺麗でしょう。

そんな私にこう返す主人。


 ――はあ? 今、全然違うよ。遊牧してる人なんかほとんどいないよ。みんな、最新機器すごいの持ってるよ。草原は家電ゴミだらけだし。アレ、世界三大がっかりのひとつだよ。しかも世界で一番、実は空気が悪いところだよ。


 ……まあ、そんな気がしてましたけどね。この現代ですし。


 さらに主人は続けました。


 ――チンギス・ハーン、あのひと略奪者だよ。犯罪者だよ。バイキングと同じだよ。そんな人がいいの?

 ――……。


 ……ええ、知っておりますよ。

 ということもね。(でもワンピースのあのおヒトらも、海賊で略奪者やろ?)


 それでも私はこりずに、しばらくしてから弧を描いていたトンビが窪地に舞い降りる姿を見て言いました。


 ――ええなあ。鳥葬、ってウチ憧れるわあ。なんか、かっこよくない? 大空を舞うコンドルに食べてもらうねん。(私)

 ――ええ? スプラッタだよ。残骸汚いよ。そんなのがいいの?(主人)


 ことごとく盛り下げる男やな!


 ――……プ、プロの葬儀屋さんがちゃんと骨まで鳥が食べれるように小さくしてくれる、て聞いたで?(私)

 ――ぶった切って粉砕骨折だろ。(主人)

 ――……。(私)

 ――あいつら美味いところ知ってるからさあ、とりあえず目玉つつくところから始めるんだよ。(主人)

 ――……。(私)

 ――(聞いていた長男)目玉? ☆☆ー、目玉好きやで! めっちゃ美味しいもん。


 息子は鯛のかぶと煮が出ると、真っ先に目玉をほじくりだして食べています。あと、ほほ肉も。



 どうやら、残念なことに主人は私の浪漫を理解してくれないようです。

 この先も当分、無理でしょう。

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