第60話 ぎっくり腰3
救急隊員の方が三名、来てくださいました。
うつ伏せで動けない私に
「きついでしょうが、うつぶせの姿勢は腰によくないんでゆっくり仰向けになりましょう」
真横に担架を置いてくださって、隊員のみなさんの力をお借りしてせーの、でゆっくりと仰向けになります。
そんなに痛くなかった! 助かった!
担架に乗れてホッとした私に母が憐れむような目をして一言。
「はやく救急車呼べば良かったなあ」
ほんまやね!
長女のジャイ子は見知らぬ隊員の方の姿に固まって目を見開いています。
長男は救急車にテンション急上昇! そのへんをウロウロ、ウロウロ挙動不審に歩き回っていました。
私をのせた担架は、玄関へと移動しました。が、ここからが難関!
私の住む家は玄関が二階にあるのです。階段を下りなければならない。
折しもその日は、極寒の氷点下。階段は凍っています。気をつけないとつるっと滑りそう。
重い私を乗せたまま、そろそろと隊員の皆さんは無事に階段を下り、救急車に乗せてくれました。
ちょっと怖かったです。本当に隊員の皆さん、ありがとうございます!
さて。それからですが。
家の前で救急車は停車したまま。
……40分間、動きませんでした。
なぜか?!
搬送先が決まらなかったからですね!
ずっと家の前で救急車が動かないものですから、近所の方々は、間に合わなかったんじゃないか(年齢的にみても何かあったのは私の祖母だと思われたようです)と思っていたそうです。
そうです。
私は妊娠中!
受け入れてくれる病院がない!
最初、隊員の方は私のかかりつけの産婦人科がある病院へ聞いてみてくれました。
産婦人科は。
『いや、そりゃ整形の分野でしょ』
その病院の整形外科は。
『初診の患者は受け付けられません。妊婦やし。産婦人科やろ』
ということです。お互いに投げ合い。
隊員の方はタブレット?のようなものを駆使して、次々に別の病院を探してくださいました。(主に整形外科)
「やっぱり、〇〇さん、今妊娠してはるからね。レントゲン、とれないでしょ。レントゲンがとれないと診断ができないから受け入れられない、てどこもいうてはるんやわ」
隊員さんの言葉に、そんな気が少ししていた私はショックをうけました。
そうなんですよ。運ばれても、痛み止めの注射をしてもらうとか、薬を飲むなんてどうせできないんじゃないの? と、ちらりと思っていたんですよ。で、でも弱い薬が飲めるならそれでもいいですから、お願いです! と藁をもつかむ心境だったんです。
ある病院ではすぱっと一言。
『妊婦なんだからどうしようもない。あきらめて家でじっとして自力で痛みが治まるまで大人しくしているしかないと思います』
うわーん! やっぱり!?
不安を感じ始めた私に、隊員の方は力強く励ますように言ってくださいました。
「大丈夫です。絶対に病院、見つけますからね。大丈夫ですよ」
マスクをされてましたが、見えている部分のお顔立ちは誰が見てもイケメンのお兄さんでした。
……ほ、惚れてまうやろ……。
じいんと、泣きそうになっちゃいました。
「こんな状態でほっとくの可哀想やわ。……県外も聞いてみる?」
県外? そこまでしてくれはるん?!
そしてそれからもあきらめずに一生懸命あちこちの病院に電話してかけあってくれた隊員のお兄さん。
もう一度、最初のかかりつけの病院に聞いてくださいました。
「……はは、冷たいわ。かかりつけの病院に診てもらうのが一番ええんやけどな」
苦笑いして電話を切るお兄さん。
後で父から話を聞くと、そのとき『何度言うたらわかんねん! アカンもんはアカンいうてるやろ!』と、病院の方に怒鳴られたんだそうで。
救急隊員の方はそんな中、日々必死に搬送先を探してくださっているんですね。
本当にありがたいです。
そしてもう一度かけた別の病院の産婦人科がこんな答えをしてくれました。
(この産婦人科はその日の県内の産婦人科分野救急担当の病院)
『気休めにもならない弱い薬とか湿布ぐらいしか出せないかもしれませんが、それでも良かったら』
ありがたいです! お願いします!
そして四十分後にやっと救急車は動き出しました。
氷点下の夜。寒さに震える私の身体を毛布で何重にもくるんでくださる隊員の方々。
「トイレとか、病院まで我慢できますか?」
「実はずっと、行ってないんです」
「!? 朝から? ずっと!?」
「……もっと早く、救急車呼んだ方が良かったですかね……」
「うん、そうやね。苦しいだけやったね」
ほんまに、そうですね!
病院に二十分後、到着しました。
救急車から下り、ガーと院内に運ばれる私。
入り口に入る瞬間、ガクンっ!
寝台が揺れて、振動が身体に伝わりました。
「あ、あああっっ!」
(なにやら色っぽい声を出してしまいましたが、内心の声は『うんぎゃああああーー』! です)
いたいいいいいいいいっっっ!!
「ああ、ごめんごめん、ごめんなさい! 痛かったな!」
「小さい段差があったわ」
謝ってくださる隊員のお兄さん。
そして産婦人科病棟に運ばれ、診察を受けることになりました。(診察台に移乗するのもまた、一苦労)
とりあえず診察台に移れた私に、では、お大事に。と去る救急隊員の方々。
「ありがとうございました!」
ほんまにほんまにほんまにありがとうございましたあああああ!
さて、女医さんに診ていただきました。とりあえず、赤ちゃんの様子を診るためにエコーで。
(もしや膣内エコー?! この状態で無理やで!? と一瞬、心配したんですがおなかの上からエコーで診てくださいました。ほっ。そりゃそうですよね)
「赤ちゃん元気ですよ。……かなり、尿がたまっていますね」
そうなんですよ!
「導尿しましょう。それから、病室に行きましょうか」
入院、決定しました。
そしてようやく待ちに待った導尿タイム!
試行錯誤して時間をかけながらズボンと下着を脱ぎ、やっとこさ尿道口に管を入れてもらいましたー。
ほー。
十三時間ぶりのトイレ!
助かった! あたし、助かった!
「まだまだ出るんだよね。……いつ、ギックリ腰になったの?」
いつまでたっても終わらない尿の量に聞いてくださる看護師さん。
「朝の七時です」
「そんなに?! よく、がんばった!」
ほんまにね!
それから決死の思いで今度は病室のベッドに移動し、落ち着くことができました。
本当に安心しました。
処方されたのは妊婦にも使える弱い鎮痛剤と弱い湿布だけですけれども。
そんなのはどうでもいいんです。
それよりも。なによりも。
導尿していただけたことと(トイレの心配が消えた!)、暖かいベッドに寝かせてくださったこと!
それだけで、御の字! めちゃくちゃありがたいです! 嬉しいです!
私を受け入れてくださって、本当にありがとうございます!
……やっぱり、仕方がないことだったとしても現在通院していたかかりつけの病院に受け入れを断られたことはショックでした。(ジャイ子を産んでお世話になった病院さんだったのですが)
そして、受け入れてくださった病院は断られた病院との距離はそう変わらず、車で五分、遠くなるくらい。
ですから。
ここの病院で三人目は産ませてもらおう、と即決しました。
(今後、またギックリ腰をおこした場合も診てもらえるだろうから安心ですしね)
そうして、ギックリ腰の一日目は終わりを迎えたのです。
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