第42話 教官2 そしてあのひと
もう一人、忘れられない教官がいます。
この教官は私たちに食品衛生学・公衆衛生学を教えてくださいました。
あだ名は『アニサキス』。
ええ、寄生虫の名前ですね。
この教官、私たちの勉学のために自宅でいろいろなものを飼育していらっしゃいました。
コクゾウムシ、〇〇ムシ……等々、そして……『ゴキブリ』!
いやあーーっ! ありえないっ!
授業中、嬉々としてそれらペットの様子を語る教官に私たちは身の毛をよだらせていました。
『ゴキブリはね、夜行性、広食性、隅行性なんですヨ』
はい、これテストに出ました。全員正解でした。
このペットたち、ご家族の奥様、お嬢様には受け入れられず避けられてしまうと(当然だ!)時折さみしそうに語る教官。
でもこんなお茶目な教官。
お洒落さんでした。
いつもハイセンスなネクタイをしていらっしゃいました。
パッと見、気付かないけど――よく見たら、……え、ドラえもん?! 今日は……まさかタンタン?!
みたいな。
素敵でした。
私は気づいていましたヨ、教官!
さて、この教官が私たち寮生に何回も注意していたことがありまして。
当たり前ですけど、部屋を掃除しろ、ですね。
まあ公衆衛生学の先生でもありますし、宿直時の点呼で寮のみんなの部屋を見に来る際は口を酸っぱくしておっしゃっていました。
(余談ですが、私の部屋はみんなの見本とされていました。私は、整理が嫌いなので物を持たないことを以前お話したと思います。なので、いつもスッキリ。そして、寮では掃除も一番する子だったんですヨ!)
『掃除もあんまりしないと、肺炎になるんだヨ!』
教官の言葉にみんな、嘘だあ、と思いました。
『ホントだヨ! 昔、ここにいた子は、部屋があんまり汚くてホコリだらけで、肺炎で入院したんだヨ!』
掃除しなさすぎて、肺炎? そんなことがあるのでしょうか?
しかも、その子は女生徒だったといいます。
私は信じていませんでした。まさか、女子でそんな子がいるなんて……。
しかし、それから一年後、私はその子(・)と実際まみえたのでした。
ええ、おわかりですね。
A先輩です。
『うん、私、全く掃除しなかったから、肺炎になっちゃったの!』
就職先で出会い、そう語るA先輩に、私はうわあ、と若干ひいてしまいました。
『アレで懲りてね。これからは、掃除しようと思ったの』
その言葉通り、実際、船内のA先輩の部屋はいつも綺麗でした。
『教官にはホント迷惑かけちゃったなあ。悪いことしたなあ、て私思う』
入院の世話からその他もろもろ。
しかも、迷惑をかけたのはその件だけではなかったようで。
『いつだったか、私が自殺するのかと思われたことがあって』
雨が降っているある日。
傘をさして、なんとはなしに寮の屋上に出た先輩。
フンフーン、と鼻歌を歌いながら雨を楽しんでいたそうです。
さあ、それを教官室の窓から見た教官たちは。
青くなってみなさん、飛び出しました。
『やめろ! 下りてこい!』
必死で口々に叫んで手を振りまわす教官たち。
しかし、教官たちがなぜ飛び出してきたかわからなかったA先輩は。
えー? なんで、教官たち叫んでるんだろう? と思いながら
『おーい!』
と、とりあえず笑顔で手を振りかえしました。――
――――――――――
卒後、一度学校に訪れた時。
A先輩と一緒の船なんですよ、と報告した私にこの教官は。
『あいつは、もう、本当に……』
と、怒涛のようにA先輩の学校・寮生活列伝を語ってくださいました。
今、その一部始終が私の記憶にないのでここには記することができなくて残念ですが。
さすがA先輩。
船でも伝説の人物だったのですが。
学校、寮でも伝説の人、だったのですね。
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