二の段其の幕間 仙丹改造と果された約束
二の段其の幕間 仙丹改造と果された約束
魔法。幻術。魔術に仙術。 妖術。呪術に陰陽術。
そんなものなどありゃしない。それがこの世の常識だ。
科学の発展や技術の進歩と共に、かつては信じられていた神秘や怪異は唯物論と機械文明の下に当然のごとく否定されていった。
今では子供まで、そんなものを信じる人間を馬鹿よばわりする始末だ。
だが、そういった人間達は科学を信仰するに過ぎず、神秘を信仰する人間とベクトルは変われど同次元の存在にすぎない。
真に科学的思考をする人間は神秘を否定せず研究するものだ。
それは魔術や仙術といった神秘を追求する者とベクトルは違えど同次元の存在だ。
科学や魔術に仙術を融合して新たな知識体系を創りだした久遠は、人類には未知の知識分野を切り開く立場から常々、親交のある魔術師達にそう語っていた。
それは自分で考え結論を出すというあたりまえの事を、常識や真理といったものにも当て嵌めただけの事だ。
だが魔術師達とは特別である事に誇りを持ち、世俗と己を分かち、真理を求めた者達だった。
誰もかもが特別で誰もかもが掛け替えのない者だと識る久遠には、特別さとはありふれた真実で、そのありふれたものこそが真理だと解っていたが。
特別さに価値を求める人間や何かを神聖視したがる者は、そう考える事を
その数少ない人々の中で、最初の理解者であり友であり師であり弟子であり、恋人でもあった一人の女性の魂が久遠と同じ場所に誕生したのは偶然か。
そう問われて、久遠は不明だと答えた。
その問いを発したのは、その本人、大魔女メイア──の操る使い魔である。
いきなり現れて運命の存在を問う使い魔に驚きもせずに応えたのは、久遠が久遠だからだろう。
メイアが使い魔を創っていることは久遠には既知の事だったが、そうでなくてもこの仙人なら同じ態度でそう応えたはずだ。
「まったく、変わらないわね」
ふうとため息をついて人間臭い仕草で首を振るのは一匹の黒猫。
魂の宿る肉体が低い思考能力しか持たない為に、半ば生霊として魔術を使い、使い魔化した猫を操るという離れ業を行ってまで逢いに来たというのに、感動を表そうともしない久遠に皮肉るが。
「変わるのならば仙人ではないからね」
解っているくせに久遠はただ淡々と事実を語るように応える。
しかも、仙丹の作成をしながらだった。
仙丹。
人を仙人と化し獣を妖怪と化す仙術の奥義だ。
何故また仙丹を創っているのかといえば、メイアを仙人化するため──ではなく、ナノマシン増産の為である。
先日、妖怪討伐の後にその体に残った大量のナノマシンを有効利用しようと、妖怪に襲われた村の防衛設備を造ったことがあったのだが。
そのことで作物を妖怪化してナノマシン増産を図る計画が建てられたのだ。
ただ仙丹で妖怪を創るなら簡単だが、それでは危険性や効率性などの問題がある。
安全性とナノマシンの増殖量を考えた仙丹の改造。
それが今、久遠のやっていることだった。
確かにそれは必要なことなのだろう。
だがメイアと久遠が現世で会話をするのは、これが最初なのだ。
赤子のままでは話す事もできないと必死に使い魔を創ってやっと逢いに来たというのに。
メイアのためにというのでも大概な話だが、そうですらなくマイペースに仕事をこなしているだけというのは朴念仁の鑑としかいいようがない。
いや、それとも久遠にとって自分との再会は大した価値が無いのだろうか。
ふと、そんな想いがメイアの心によぎった。
「わたしとの最後の約束、まさか忘れたわけじゃないわよね」
少し不安げな美しい女の声で喋る猫に重なって、一瞬、半透明の西洋美女の姿が浮かぶ。
それと同時にラップ音とよばれる不協和音がどこからともなく聞こえてくる。
トリックとしてのラップ音は足の骨を鳴らすものだが、今のメイアに足はない。
それは感情を素直に表しやすい霊体ならではの感情表現だった。
「ああ、もちろん覚えている再会できて嬉しいよ」
普通の人間なら怯える超常現象を前に、久遠は気にした様子も無く微かに笑みを浮かべてメイアの影を見やる。
あいかわらずの久遠なのだが、その笑みを見てなぜかメイアはストンと心が落ち着いてしまった。
そう久遠があいかわらずの最期に別れた時のままの久遠であることに心が納得したのだ。
「まったく、変わらないわね。あなたは」
再び口にしたその言葉は、しかしさっきのものとは違い、穏やかな喜びに満ちたやさしげなものだ。
瀕死の状態で来世での再会を誓った相手との会話とは思えぬ淡白さにメイアは、いつかどこかでしたような懐かしさを感じ、かつて確かにあったいつもの場所に自分が戻ってきた事を実感した。
「おかえり。メイア」
今更ながらにそう言った久遠に。
「ただいま。久遠」
メイアの幻像が初めて笑って応えた。
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